第14話 あの人の最期

 私とクラーナとラノアは、いつも通りの生活を送っていた。

 家族三人になった生活は、とても楽しいものである。


「お嬢!」

「うん?」


 とある日、戸を叩く音とともに、私を呼ぶ声が聞こえてきた。

 その呼び方から、恐らくガランの部下が来たのだろう。

 何やら、少し焦っているように思える。


「どうしたの?」

「お嬢、大変なんです!」


 私が戸を開けると、部下の人がかなり焦った顔をしていた。

 もしかしたら、ガランに何かあったのかもしれない。


「ガランさんが、危ないんです……」

「ガランが……危ない!?」

「はい。恐らく、今日が山かと……」


 部下の人の言葉に、私は思わず固まってしまう。

 ガランは、確かに体調が悪かった。しかし、ここしばらくは元気にしていたはずだ。

 いや、いつその時が来ても、おかしくない状況だったことは確かではある。


「アノン、しっかりして!」

「アノン……?」

「あっ……」


 困惑する私に、クラーナとラノアが話しかけてきた。

 その言葉で、私は少しだけ正気に戻る。


「お義父様の元に、行きましょう」

「う、うん。そうだよね……」


 クラーナの言う通り、今はガランの元に行くのが先だ。

 とにかく、早く行かなければならない。


 こうして、私達はガランの隠れ家に向かうのだった。




◇◇◇




 隠れ家について、私達はガランの元に通された。

 すると、そこにはベッドで寝ているガランがいる。


「……アノンに、クラーナか?」

「うん……」

「はい。お義父様……」


 私達が来たことに、一応は気づいたようだ。

 ただ、その顔がこちらに向いたりすることはない。

 何回か会いに来たが、このようなことは初めてだ。前の時は、憎まれ口を叩く余裕もあったくらいだ。

 それ程に、限界なのだろう。私は、ガランがもう助からないのだと理解する。


「見慣れない顔がいるな……」

「あ、この子は、ラノア……私達の娘だよ」

「娘……?」


 ラノアのことにも気づいたらしく、私に疑問を投げかけてきた。

 その返答に、ガランは少しだけ驚いたようだ。だが、すぐに笑顔になる。


「顔を見せてくれないか……?」

「ラノア、お爺ちゃんに顔を見せてあげて」

「あ、うん」


 クラーナが手を引き、ラノアはガランの元に行く。

 一応、ここに来るまで、私の父親だとは話してある。


「お爺ちゃん……?」

「ああ、ラノア……」

「苦しいの……?」

「いや……」


 ラノアは、目に涙をためていた。本当に、優しい子だ。

 このようなかたちで、ラノアをお爺ちゃんに会わせることになったのは、本当に申し訳ない。

 せっかく会えた祖父が、今いなくなろうとしているのだ。これ程。悲しいことはないだろう。


「孫に会えたんだ。苦しいことなどない……」

「お爺ちゃん……」


 ガランの手が、ゆっくりとラノアの頬撫でる。

 ラノアの存在は、ガランにそれ程の力を与えたようだ。

 だが、その手はすぐに下げられる。


「クラーナ、お前さんには感謝している……これからも、アノンをよろしく頼む……」

「はい……」


 次に、ガランはクラーナに声をかけた。

 その言葉に、クラーナはゆっくりと頷く。


「アノン……」

「……うん」


 ガランに呼ばれて、私はその傍に寄る。

 恐らく、これが最期になるのだろう。

 私は、ゆっくりと呼吸を整え、ガランの手を握る。


「お前には、色々と迷惑をかけたな……」

「うん、本当にね」

「ふっ……お前は、変わらないな……」


 ガランには、本当に色々と迷惑をかけられた。

 この男が、父親というだけで、私は様々な差別を受けてきたのだ。


「だけど、感謝もしている」

「何?」

「あなたが大悪党じゃなければ、私はパーティを追い出されなかった。そしたら、クラーナにも会っていなかったと思う。今の私があるのは、あなたのおかげ。悔しいけど、感謝するよ。ありがとう」

「ふっ……」


 私は、初めてガランにそんな気持ちを打ち明けていた。

 思えば、ガランという人間がいなければ、私は生まれてこなかった。そして、ガランがこのような人間じゃなければ、私はクラーナと出会っていなかったのだ。

 それだけは、感謝できることだろう。今の私は、そう思うのである。


「向こうに行ったら、お母さんに謝ってよね。一人にして、悪かったって……」

「それは、無理だろうな。俺は地獄に行く。天国にいるあいつには、会えないだろう」

「そんなの関係ないよ。天国まで這いあがって、頭を下げればいい。今まで、散々馬鹿みたいなことやってきたんだ。それくらい、してよ」

「はは、お前には敵わないな……」


 私の言葉に、ガランは笑う。

 しかし、その声には、もう力が残っていない。


「まあ、なんというか……こんなどうしようもない俺が、孫の顔まで見られたんだ。いい人生だったな……」

「うん……」

「だから……」


 ガランは、ゆっくりと目を閉じる。

 これが、最期なのだろう。それなら、素直になってもいいのかもしれない。


「さようなら、お父さん……」

「ふ……」


 ガランの体から、力が抜けた。

 その瞬間、私の目からは涙が溢れてくる。

 そんな私を、クラーナとラノアは、そっと抱きしめてくれるのだった。

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