第106話 あの人の元へ?

 私とクラーナは、依頼に行く準備をしていた。

 昨日は色々とあったが、今日からは全部切り替えて、出発だ。


「うん?」

「あら?」


 そんな私達の耳に、戸を叩く音が聞こえてきた。

 こんな早い時間にお客さんとは、珍しい。


「クラーナ、ちょっと行ってくるね」

「ええ、お願いするわ」


 私の方が近かったので、戸の近くまで行く。

 そして、ゆっくりとその戸を開ける。


「あっ! お、お嬢ですか?」

「え? あっ……」


 戸を開けて、そう声をかけられて、私はすぐに戸を閉めた。

 これは、関わってはいけない類の人だ。


 私のことをお嬢などと呼ぶのは一部の人間に限られる。

 その人達は、私にとってできるだけ関わりたくない人達だ。


「アノン、なんだったの?」

「え? あ、なんか押し売りとかかな?」

「押し売り?」


 そんな私に、クラーナが話しかけてきた。

 戸を閉める音が聞こえたので、来たのだろう。


「お嬢、開けてください!」

「何か言っているけど……」


 誤魔化そうとしている私だったが、外にいる人がさらに戸を叩いてきた。

 しかも、余計な言葉までついて来ている。

 これでは、誤魔化せなくなってしまう。


「はあ……」

「あ、お嬢……」


 仕方ないので、私は戸を開けた。

 そこには、少しガラの悪い人が立っている。


「アノン? この人は?」


 クラーナは、瞬時に私の前に出てきた。

 恐らく、相手の見た目で危険な人物であると判断したのだろう。実際、その判断は間違っていない。

 ただ、この人が私に危害を加えることはないだろう。


「あ、いえ、何もしません。だから、警戒しないでください」

「え?」


 私の予想通り、ガラの悪い人は手をあげて敵意がないことを示してきた。

 クラーナは、その降伏具合に驚いているようだ。


「自分は、ガランさんの部下です。あなた方に危害を加えることはありません」

「ガラン……って、まさか!」

「うん、私の父親……」


 このガラの悪い人物は、私の父親の部下である。

 そのため、私達に危害を加えるはずはないのだ。一応、あの人は、娘に手を出せばただではおかないとしているらしい。


「それで、なんの用なの?」

「はい。ガランさんが、娘を連れてきて欲しいということで……」

「はあ……」


 どうやら、私の父親は、私を呼んでいるようだ。

 だが、それに答える義務も義理もない。


「断る。あんな人に会いたくはない」

「そ、そんなことを言わないでください。ガランさん、今大変なんです」

「大変?」


 その言葉が、少しだけ引っかかった。

 あの人が大変とは、どういうことだろうか。

 誰かと争っているなら、私を呼ぶわけはない。

 もしかして、どこかの国で裁かれているのだろうか。それだったら、とても喜ばしいことだ。


「その……病気で」

「病気……」


 しかし、私の予想に反し、あの人は病気であるらしい。

 それが、ただの病気ではないことは理解できる。ただの病気なら、私を呼んだりしないからだ。


「……少々、まずい病気でして……」

「……」

「だから、娘の顔が見たいって言ってきたんです」


 ガラの悪い人は、かなり悲痛な顔をしていた。

 ただ、私の気持ちは、そんなに変わっていない。

 確かに、重い病気であるのことは大変だ。それで、私に会いたいという望みを叶えたいというこの人の気持ちも分かる。


 だが、私はあの人に会いたくない。

 私とお母さんを捨てたということもあるが、そもそも大悪人だ。

 そんな人に会いたいと思う方が、おかしいだろう。


「行きましょう、アノン」

「え?」


 そんなことを考えている私に、クラーナがそう言ってきた。

 その言葉に、私は驚いてしまう。


「な、何を言っているの?」

「どんな人でも、父親でしょう? その人が……死ぬ前に、あなたに会いたいと言っているのよ?」

「そ、それは……」


 クラーナの言っていることも、理解できる。

 ただ、それでも私は躊躇ってしまう。


「後から後悔しても、遅いのよ?」

「クラーナ……」


 クラーナは、私の手を握り、目を見てくる。

 その目から、色々な感情が読み取れた。

 その感情に、私はゆっくりと首を縦に振る。


「わかった、行くよ」

「アノン……」

「お嬢、ありがとうございます」


 こうして、私は父親の元に向かうことになるのだった。

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