第105話 過去を話して

 私とクラーナは、二人でお風呂に入っていた。

 色々とあったが、なんだかんだ元通りになったのだ。


「ふう……」

「あっ……」


 クラーナは湯船の中で、私に寄りかかってくる。

 私がその体に腕を回して、いつも通りの体勢だ。


「……そういえば、アノンに言っておきたいことがあったのよ」

「え? 何かな?」


 そこで、クラーナがそう呟いた。

 私に言いたいこととは、なんだろう。

 考えられるのは、先程までの口論のこと。だが、クラーナはもう気にしていないと言っていたので、違うかもしれない。


「あなたに言ったことで、少し訂正……でもないけど、言っておかなければならないことがあるわ」

「うん?」

「私が、誰とも一緒に暮らしてこなかったかと言われると、嘘になるのよ。昔、ある人と一緒に暮らしていた期間があるの」

「え? あっ……」


 クラーナの言葉に、私は少し驚いた。

 まさか、そのことに触れてくるとは思っていなかったからだ。


 ただ、クラーナが何を言おうとしているかはなんとなくわかる。

 恐らく、それは今まで触れてこなかったことだろう。クラーナも、私のその話に触れようとしてこなかったので、何も触れる必要がないと思っていたことだ。


「母と……暮らしていたの」

「うん……」


 クラーナが、私の手を握ってくる。

 これは、きっとクラーナにとっても言いにくいことなのだろう。


「私の犬の獣人としての知識は、母が元よ。まあ、数年前に亡くなったのだけれど……」

「……そうだったんだね」

「父も、私が生まれる前に亡くなったらしいんだけど……」

「そうなんだ……」

「ええ、まあ、些細なことよ」


 クラーナの握る力は、とても強い。

 そのため、些細なことではないのは確実だ。

 ただ、そんなことを言う必要はない。今は、握り返すだけで充分だ。


「母とは、一緒に暮らしていた。それだけは、話しておかなければならないと思ったわ」

「うん……」


 クラーナの言葉に、私は短く相槌する。

 少し、重たい話なので、そうするべきだと思ったのだ。


「それだけよ。ごめんなさいね、気を遣わせてしまって」

「大丈夫だよ、クラーナ……」


 それで、クラーナの話は終わりらしい。

 なら、次は私が話す番だろう。この機会くらいしか、きっと言えないだろうし。


「私も……」

「え?」

「私も、お母さんと暮らしていたんだ」


 そう決意したので、私は話し始める。自分自身の過去を。


「クラーナと同じで、病気で亡くなったんだ」

「そう……だったのね」

「うん……」


 母との思い出は、今でも鮮明に思い出せる。

 それは、クラーナと出会うまでは、私を支えてくれる唯一のものだった。

 もちろん、今でも、大切なことは変わらない。ただ、今の私には他に支えがあるので、問題ないだけだ。


「父親は……まあ、知っているとは思うけど」

「ええ……」

「あの人は、私とお母さんを捨てて、どこかに行ったから、何も語ることはないかな。語りたくもないし……」


 父親との思い出など、何もない。

 むしろ、その存在で迷惑をかけられてばかりだ。

 よって、あまり語りたくはないのである。


「それだけ……」

「ええ……」


 それで、私の話は終わる。

 クラーナも、何も言わずに聞いてくれたのでよかった。


 こうして、私達の話し合いは終わるのだった。

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