第71話 夕食の準備中でも……
私とクラーナは、しばらくじゃれ合った後、夕食の準備をしていた。
あまり戦力にならない私だが、今日も手伝っている。
「……」
私は今、野菜を切っていた。
不揃いで、見た目が悪かった以前よりは、よく切れている気がする。
ただ、クラーナのような域にまでは達していないので、そこまで誇れることでもないだろう。
「アノン、野菜は切れた?」
「あ、うん……」
そんなことを考えている私に、クラーナが近づいてきた。
クラーナは野菜を見て、ゆっくりと口を開く。
「アノンも、だんだんと上手くなっているわね」
「そ、そうかな?」
「ええ、最初に比べたら、今のアノンはかなりいいわ。まあ、最初が少し悪すぎたのもあるけれど……」
「うっ……」
私の料理能力は、ほぼ皆無だった。
それがここまでなったのは、それなりの進歩なのである。
ただ、クラーナの言う通り、元が酷過ぎたため、これでやっと並くらいなのだろう。
「あ、ごめんなさい。少し、言い過ぎたわね……」
「あ、いや、いいよ。だって、事実だし……」
「まあ、それでも、短期間でここまで慣れたのだから、大したものだと思うわよ?」
「それは……先生が良かったからじゃないかな?」
「あら? 嬉しいことを言ってくれるわね」
私とクラーナは、そう言いながら笑い合った。
こういう穏やかな時間が、何よりも楽しい。クラーナといるだけで、日常が楽しくなるなんて、とてもすごいことだ。
「さて、頑張っているアノンには、ご褒美が必要よね?」
「え? ご褒美?」
「ええ、少し、動かないで……」
「う、うん……」
そこで、クラーナがそんなことを言ってきた。
少し疑問に思ったが、クラーナの動きですぐにわかる。
クラーナは、私に顔を近づけてきたのだ。
それが意味するのは、一つだろう。
「ん……」
「ん……」
唇が触れるだけの優しいキス。
これは、確かにご褒美だ。少し、豪華すぎる気もするが、それはいいだろう。
数秒そうした後、クラーナが離れていく。
「ふう」
「……ありがとう、クラーナ」
「ふふ、どういたしまして」
私がお礼を言うと、クラーナは笑ってくれた。
いつ見ても、かわいい。
そんなことをしながら、私達は料理の準備を続けるのだった。
◇◇◇
料理の準備が終わり、私達は夕食にしていた。
「それじゃあ、いただきます」
「ええ、いただきます」
二人で手を合わせ、食事を始める。
「ねえ、アノン……」
「え?」
そこで、クラーナが私に話しかけてきた。
手にはスプーンを持ち、私に向けてきている。
スプーンには、スープが入っているようだ。
「あーん……」
「あっ……」
その言葉で、私はクラーナの意図を理解した。
要するに、私が手を怪我していた時と、同じなのだ。
最も、今回は恋人的な意味なのだと思う。なんだか、嬉し恥ずかしい。
「あーん」
口を開けると、クラーナがスプーンを運んできてくれた。
私は、ゆっくりとそれを口にする。
「うん、おいしいね……」
「ええ、ありがとう」
私の言葉に、クラーナは笑ってくれた。
流れ的に、次は私の番だろう。
スプーンでスープをすくい、クラーナに近づけていく。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
私にしたことなので、クラーナはすぐに意図を理解してくれた。
「うん、おいしいわね」
「えへへ」
クラーナがスープを飲んで、笑ってくれる。
やっぱり、少し嬉し恥ずかしい。
「さて……」
そこで、クラーナは自分のスプーンに目を向ける。
それは、私が口にしたスプーンだ。
今更、クラーナが間接キスを躊躇うとは思えないが、どうしたのだろう。
「ペロ……」
「え?」
そんなことを考えていると、クラーナがスプーンを舐め始めた。
もちろん、スプーンには何も入っていない。
つまり、クラーナは私口に入っただけのスプーンを舐めたのだ。
「あっ……」
「クラーナ?」
「あ、ごめんなさい。つい……」
クラーナも、自分の行動に驚いたようで、そう言ってきた。
どうやら、無意識での行動だったらしい。
「べ、別にいいよ。それくらい……」
「そ、そう? それなら、よかったけど……」
クラーナの行動は少し驚いたが、考えてみれば別に嫌ではない。
むしろ、私を求めてくれて、嬉しいくらいだ。
そんなことを考えている私の目に、あるものが入る。
それは、先程クラーナの口に入っていたスプーンだ。
「いや……」
一瞬迷ったが、舐めるのはやめておく。
流石に、クラーナが無意識でやったことを、故意にやるのはまずいだろう。クラーナは引かないかもしれないが、私が駄目だと思ってしまうのだ。
そんなことを考えながら、私達の食事は続くのだった。
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