第70話 引っ張り合いから

 私とクラーナは、買い物を終えて、家に帰って来ていた。

 今はリビングのソファで、向かい合っている。


「さて、それじゃあ、早速これを試してみようか?」

「ええ……」


 私は紙袋から、ロープを取り出した。

 これは、小物屋で買った遊び道具である。

 早速、これでクラーナと遊ぶことにするのだ。


「それで、どうすればいいのかな?」

「えっと、アノンは、それを持っていてくれる?」

「あ、うん……」


 クラーナに言われ、私はロープを持っておく。

 すると、クラーナがロープの先に口を近づける。

 そして、ゆっくりとロープを噛む。

 髪をかき上げて噛みつく姿は、少し色っぽい。


「これで、引っ張ればいいの?」

「……ん」


 私の言葉に、クラーナはくわえたまま頷いた。

 という訳で、引っ張ってみる。


「ん……」


 すると、それに対抗するようにクラーナが引っ張って来た。

 意外にも、強い力だ。


「よし……」

「ん……」


 私がさらに引っ張ると、クラーナがそれに対抗してくる。

 体を低くし、尻尾を振りながら私に対抗する姿は、なんだかとてもかわいい。


 その様子が見られることもあってか、私はこの遊びをとても楽しく感じていた。

 こんなに単純なのに楽しいのは、すごいと思う。


「ん……」

「わっ……」


 そこで、クラーナが急に口を離してきた。

 そのことに、私は少し驚いてしまう。

 一体、どうしたのだろうか。顎が疲れたとかかな。


「クゥン……」

「あっ……」


 私がそんなことを考えていると、クラーナが身を乗り出してきた。

 私の膝に乗り、顔を近づけてくる。


「ク、クラーナ?」

「ペロ……ペロ……」


 そして、クラーナは私の顔を舐め始めた。

 暖かく湿った柔らかいものが、私の頬をなぞってくる。

 唾液が滴り、私の頬を伝っていく。


 結局、いつも通りのパターンということである。

 だが、それならそれで別にいい。

 私は、クラーナの体に手を回し、片方の手で背中を撫でる。


「クゥン……」

「ふふ……」


 すると、クラーナは気持ちよさそうに声をあげた。

 やはり、撫でられるのは好きなのだ。


「クゥ……」

「あっ……」


 次にクラーナは私の頬に、自分の頬を擦りつけ始めた。

 クラーナの柔らかく温かい頬が、とても心地いい。


「よし……」

「クゥン……」


 私は、もう片方の手で、クラーナの頭を撫でる。

 ふわふわな髪の毛は、いつも通りいい触り心地だ。

 クラーナは、それを受け入れてくれ、頬ずりを続けてきた。


「……」

「クゥ……」


 そこで、私は気づいた。

 そういえば、今回のクラーナが口周りに来ていないということに。


 いつもなら、顔を舐めてから、キスしてくるところが、頬ずりなっている。

 別に気にする必要があることではないかもそれないが、少し気になってしまう。


「クラーナ、キスはいいの?」

「え……?」


 そのため、私は聞いてみることにした。

 少しでも気になったら、聞くべきだと思ったからだ。


「……アノン、キスがしたいの?」

「え? あ、いや、流れがいつもと違うから、気になって……」

「ああ、別に気分の問題ね。今日は、頬ずりがしたかったのよ」

「あ、そうなんだ……」


 私の質問に、クラーナはそう答えてくれる。

 どうやら、別に気分の問題でしかなかったようだ。

 なんだか、少し恥ずかしい。


「でも、そう思ったのは、アノンと恋人になれたからかしら……」

「え?」

「前までは、ああいう流れじゃないと、キスできなかったけど、今なら別に問題ないじゃない? だから、心に余裕ができたといったところかしら?」

「な、なるほど……」


 恥ずかしがっている私に、クラーナはそんなことを言ってきた。

 キスをしなかったのは、私達の関係が変わったことによるものだったらしい。


 確かに、以前はこういう流れ以外ではキスできなかったが、今はいつでも大丈夫だ。

 その心の余裕が、クラーナに頬ずりという手段を選ばせたらしい。こちらもキスと違った良さがあるため、やってみたくなるもわかる気がする。


 以前、関係性が変わったからといって、今までの流れを変える必要はないという話はしたが、これはそれとは少し異なることのようだ。


「……でも、言われてみれば、キスもしたいわね」

「え?」

「アノンから言ってきたのだから、責任はとってもらうわよ」

「え? ……ん!?」

「んん……」


 そこで、クラーナがそう言って私にキスをしてきた。

 口の中に、クラーナの舌が入ってくる。

 なんだかんだあったが、やはりいつも通りのようだ。


 私とクラーナは、しばらくそんなことをして過ごすのだった。

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