第60話 帰って来てから

 私とクラーナは、元の世界に帰って来ていた。


「さて、アノン。依頼のことなんだけど……」

「あ、そういえば、そうだったね」


 そこで、クラーナが依頼のことを言ってくる。

 私達は、依頼の途中で隠れ里に迷い込んだのだ。


「残しておくのもあれだから、片付けてもいいかしら? すぐに終わると思うけど」

「うん、それがいいね。そうしよう」


 クラーナの提案に、私も同意する。

 機嫌があるからといって、先延ばしにするのも、あまりよくないことだ。

 そのため、今日中にこなすというのは賛成である。


「それじゃあ、行きましょうか?」

「うん!」


 クラーナに手を引かれ、私は歩き始める。

 まずは、魔物を見つける所からだ。




◇◇◇




 私とクラーナは、家に戻って来ていた。

 魔物退治の依頼は、思っていたよりもすぐに終わり、ギルドでの換金もできたので安心だ。


「さて、どうしましょうか?」


 そこで、クラーナがそう言ってきた。

 少し考えた後、私は言葉を放つ。


「とりあえず、シャワーでも浴びたいかも……」


 私が最初に思いついたのはこれである。


 隠れ里で泊ったサトラさんの家には、お風呂がなかった。

 そのため、私の体は汚れているだろう。

 いくら、クラーナがこの状態の匂いを好きと言ってくれても、私自身が耐えられそうにない。

 つまり、単純にさっぱりしたいのである。


「シャワー……」

「うん? クラーナ?」


 私の言葉に、クラーナは妙な反応をしてきた。

 神妙な顔で、何かを考え始めたのだ。


「あっ……」


 少し遅れて、私も気づく。

 私とクラーナは、いつも一緒にお風呂に入っていた。

 そのため、シャワーも一緒に入るということになるのだろう。


 ただ、今は前までと少しだけ状況が違った。

 それは、私とクラーナが恋人になったということだ。

 その状態で一緒にシャワーは、色々とまずそうである。


「そ、その……順番に入る?」

「……嫌よ。一緒がいいわ」


 そう思い出した私の提案は、クラーナに却下されてしまった。

 こんなにはっきりと拒否されるとは思っていなかったので、少し驚いてしまう。


「で、でも……」

「アノンは、どうして嫌なの?」


 困惑する私に対して、クラーナはそんな質問をしてきた。

 それは、とても答えにくい質問である。

 しかし、答えなければならないだろう。


「だって、こ、恋人の裸だよ? 絶対、変な気持ちになっちゃうよ……」

「ええ、そうかもしれないわ。でも、恋人になったからって、今までと変えるのは嫌だわ」

「え?」

「だって、そんなのおかしいじゃない。せっかくそういう関係になれたのに、離れるなんて……」

「クラーナ……」


 確かに、クラーナの言う通りかもしれない。

 深い関係になれたのに、距離が離れる。それは、とても嫌なことだ。


「それに、変な気持ちになってもいいんじゃないかしら? だって、恋人なんだから、問題ないはずよ?」

「……で、でも、そうなったら……」

「……私は、覚悟できているわ。アノンになら、いつでも……」

「ク、クラーナ……」


 さらに、クラーナはそんなことを言ってきた。

 そんなことを言われると、こちらとしてはとても大変だ。


「アノンは嫌……?」

「い、嫌な訳じゃないよ! それは、もちろん……」


 クラーナに聞かれ、私はすぐにそう返す。

 もちろん、クラーナとそういうことをするのが嫌な訳はない。

 ただ、少し心の準備ができていないだけである。


「……ごめんなさい、アノン。そういう話ではなかったわね」

「い、いや、それはいいよ。そういう話な気もするし……」

「……シャワーは、別々にしましょう。その方が、きっといいわ」


 そこで、クラーナが考えを変えてくれたようだ。

 恐らく、私に合わせてくれたのだろう。

 ただ、その顔はとても寂しそうだ。


 私は、クラーナにこんな顔をさせたくはない。

 この問題は、私が覚悟を決めればいいだけだ。それなら、覚悟を決めよう。


「クラーナ、やっぱり一緒に入ろう」

「アノン……いいの?」

「うん。私も、クラーナと一緒がいいに決まっているもん。ただ、もし、そういうことになったら……その時は、よ、よろしくお願いします」

「え、ええ……」


 私の言葉に、クラーナは顔を赤くしながら頷いた。

 どうなるかはわからないが、とりあえず覚悟だけはしておこう。


 そんな会話をして、私達は一緒にシャワーを浴びることになるのだった。

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