第53話 今日のベッドは?

 私とクラーナは、犬の獣人達が暮らす隠れ里に迷い込んでいた。

 ここには、ある一定の時間しか出入りすることができないらしい。そのため、私達はサトラさんという人間にも理解がある人の家に、泊めてもらうことになったのだ。


 昼食の片付けも終わり、私とクラーナは、とりあえず休憩していた。

 すると、出かけていたサトラさんが帰ってくる。


「二人とも、留守番に片付け、ありがとう」

「あ、いえ、泊めてもらうんですから、これくらい当然です」

「まあ、そうね」


 サトラさんは椅子に座り、そう言ってきた。

 私もクラーナも、泊めてもらう身なので、これくらいするのは当然だ。


「用事のついでに、外の様子を見てきたけど、中々大変そうだったよ」

「え? そうなんですか……?」

「うん、なんだか、皆ピリピリしていてさ。言い争いが絶えなかったよ」

「そ、それって……」


 サトラさんの言葉に、私は困惑する。

 サトラさんが言う外の様子は、明らかに私がここに入ってきたことが原因だ。

 私にはどうすることもできない問題だが、なんだか、責任を感じてしまう。


「アノン、そんなの放っておけばいいのよ」

「クラーナ……」

「あんな奴らがどうなっていても、関係ないわ。どうせ明日には出ていくのだから、問題ないのよ」


 私がそう思っていると、クラーナがフォローしてくれた。

 その言葉で、私の心が少しだけ軽くなる。


「あ、君を責めるつもりで言ったんじゃないよ。ただ、危険だから外に出ないように言おうと思っただけなんだ。ごめんね、勘違いさせちゃったみたいで……」


 クラーナの言葉で気づいたのか、サトラさんが謝ってきた。

 サトラさんの意図は、危険だから外に出ないようにして欲しいという注意だったようだ。


「大丈夫ですよ、サトラさん。私が勝手に勘違いしてしまっただけなので……」

「ありがとう、君は優しいんだね……」


 私の言葉に、サトラさんは感謝してくれた。

 しかし、その表情は笑っているが、少し落ち込んでいるようにも見える。

 私が自分で勘違いしただけなので、そんなに責任を感じなくてもいいというのに、かなり悔いているようだ。


 サトラさんも、かなり優しい人であるようだ。


「それにしても、なんであんな風になるのかな……」


 そこで、サトラさんがそんなことを呟く。

 それは、私達に話しかけているというより、独り言のようなものであった。


「やっぱり、別の種族と分かり合うのって、難しいんだろうなあ……」

「サトラさん……」


 サトラさんの呟きは、私にも響いてくる。

 確かに、人間と犬の獣人との間にある溝は大きい。

 違う種族を受け入れられないから、クラーナは外の世界で差別されるのだ。


 私はクラーナと仲良くしているが、他の人はそうではない。

 もしかして、クラーナは外の世界にいる時、ここで私が抱いているような気持ちを、ずっと抱いているのかもしれない。

 だとしたら、それはとても辛いことだ。




◇◇◇




 サトラさんの家では、特にやることもなく時間は過ぎ、夜になっていた。


 サトラさんに聞いたが、この家には、お風呂などはないらしい。そのため、私達はそのまま寝ることになったのだが、そこで一つ問題があるのだ。


「ク、クラーナ、その……」

「何? アノン?」


 私とクラーナは、一つの部屋に案内された。

 そこには、ベッドが二つある。いつもは、同じベッドで寝る私達だが、今日は少し事情が違う。


「今日は、別々で寝ようか?」

「……他人の家だから?」

「そ、それもあるけど……」


 私の提案に、クラーナが目を細める。

 なんだか、とても不服そうだ。

 しかし、今日は私にも譲れない理由がある。


「今日は、お風呂に入っていないから……匂いが気になって……」

「ああ、そのことね……」


 私が気にしているのは、匂いのことだ。

 今日は色々あって、汗もいっぱいかいたので、正直あまりいい匂いではないはずである。

 そんな状態で、匂いに敏感なクラーナの隣で寝るのは、少し恥ずかしい。


 汗をかいている時に、じゃれ合ったこともある気がするが、今日はお風呂に入れていないという事実が、私の認識をそうさせているのだ。


「アノンは、何か勘違いしているようね」

「え? 勘違い?」


 そう思っている私に対して、クラーナはとても涼しい顔をしている。

 勘違いとはどういうことだろう。


「ええ、私は汗の匂いなんて、気にならないわ。むしろ、好きね。大好きと言っても、過言ではないわ」

「え?」

「正確には、アノンの汗が、かしら。なんというか、匂いが濃くなって、すごくいいのよ」


 疑問に感じていた私に、クラーナから放たれたのはそんな言葉だった。

 なんだか、とてもすごいことを言われている気がする。


 だが私も、そう簡単に引き下がれることではない。


「で、でも……」

「最も、アノンが私の匂いが嫌というなら、それも仕方ないわね」

「え?」


 反論しようと思っていた私だったが、クラーナの一声で思考が一変した。

 例えクラーナが汗をかいていたとしても、その匂いが嫌なはずはない。むしろ、興味があるくらいだ。

 今までも、嗅いだことはあるのかもしれないが、そこまで意識していなかった。これは、この機会に、匂ってみるのもいいのかもしれない。


 何にせよ、クラーナの匂いを嗅ぎたいと思っている私が嗅がれたくないと言うのは駄目だろう。

 それなら、結論は一つだ。


「……クラーナ、やっぱり、一緒に寝ようか」

「ええ、それでいいのよ」


 こうして、私とクラーナは一緒のベッドで眠ることにするのだった。

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