第52話 他人の家ではまずいと思う

 私とクラーナは、犬の獣人達が暮らす隠れ里に迷い込んでいた。

 ここには、ある一定の時間しか出入りすることができないらしい。そのため、私達はサトラさんという人間にも理解がある人の家に、泊めてもらうことになったのだ。

 今は、サトラさんが作ってくれた昼食を頂いている。色々とあったため、少し遅めの昼食だ。


「どう?」

「あ、はい。とてもおいしいです」


 サトラさんの料理は、とてもおいしかった。

 ただ、いつも食べているクラーナの料理に比べると、そうでもない気はする。もちろん、失礼なので、そんなことを口にするつもりはないが。


「この料理、皆ここでとれた食材で作っているんだよ。自給自足が、ここの基本だからね」

「そうなんですか? それは、すごいですね」

「うん、まあ、外に出る訳にもいかないからね」


 サトラさんは、料理に使われている食材について解説してくれる。

 どうやら、ここでは自給自足をしているようだ。

 あまり、いい経緯ではないようだが、それはすごいことだと思う。


「……ここの住人達はさ。皆、人間に迫害を受けてきていて、だからここに逃げて来て、外に出られなくなったんだ」

「そうなんですね……」


 サトラさんは、悲しそうな表情でそう話始めた。

 やはり、ここにいる人達は、人間から差別されてきたようだ。


「中には、かなり傷つけられていた子もいたけど……君は、大丈夫だったのかい?」

「え?」


 そこで、サトラさんはクラーナに話を振る。

 あまり、話に参加していなかったクラーナは、少し驚いているようだ。

 しかし、クラーナはすぐに落ち着き、問い掛けに答える。


「ええ、確かに、色々な差別を受けてきたけど、そこまで危害を加えられたことはないわね」

「なるほど……でも、これからどうなるかはわからないから、気をつけた方がいいよ。ここと違って、外は危ないからね」

「……心得ておくわ」


 サトラさんは、クラーナに忠告してくれていたようだ。

 確かに、クラーナは獣人であるが故、差別を受けている。もしかしたら、何かの拍子に危害を加えられるかもしれないのだ。

 そう考えると、外の世界は危険に思えてしまう。クラーナが傷つくなんて、私は嫌だ。


「……ああ、ごめん。雰囲気が暗くなってしまったね。食事中に、こんなこと話すものじゃなかったよ」

「あ、いえ、大丈夫です」

「……ええ、別に構わないわ」

「うん、ありがとう。それじゃあ、食事を続けようか」


 そんな会話をしながら、私達の食事は続くのだった。




◇◇◇




 食事の後、私とクラーナは片づけをしていた。

 食べさせてもらったので、そのお礼だ。


 サトラさんは、少し用事があると言って、家から出ている。

 よって、今はクラーナと二人きりである。


「クラーナ? 大丈夫?」

「アノン? なんのこと?」


 そこで、私はクラーナに声をかけていた。

 ここに来てから、クラーナは周囲を警戒してばかりだ。もしかしたら、疲れているかもしれない。そう思っての問い掛けだった。


「なんだか、気を張っているから……」

「ああ、これくらい平気よ。気を張るのには、慣れているもの」

「そうなんだ……」


 私の言葉に、クラーナはそう答えてくれる。

 慣れているとは、外の世界で、人間達に対してそうしていたということだろうか。

 やはり、獣人にとって、外の世界は暮らしづらいのかもしれない。


「でも、そうね。それなら、少しだけ……」

「え?」


 私がそんなことを思っていると、クラーナの顔が近づいていた。

 そして、ゆっくりと私の唇が奪われる。


「ん……」

「……ん!?」


 さらにクラーナが、私の口内に侵入してきた。

 いつものドキドキと、他人の家という状況が、私の心臓の鼓動を早くする。


「ん……ご馳走様」

「ク、クラーナ! もう……」


 クラーナは唇を離すと、嬉しそうに笑う。

 その笑顔が見られただけで、私は注意する気も失う程、安心するのだった。

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