第50話 その怒りは一体?

 私とクラーナは、犬の獣人達が暮らす隠れ里に、しばらく滞在することになった。

 今は、長老が泊まれる場所を探してくれており、私達は待機している。


「なんだか、すごいことになっちゃったね……」

「ええ、そうね……」


 待っている間、私はクラーナと話すことにした。


 クラーナは少し元気がないように見える。

 先程、怒ったことで疲れたのかもしれない。それとも、この隠れ里を知って、ショックを受けているのだろうか。


 どちらにせよ、クラーナに元気がないと、私も辛い。


「クラーナ、寄ってもいいよね?」

「え?」


 そのため、私は答えも聞かず、クラーナとの距離を詰め、さらに、その手を握る。


「アノン……ありがとう」

「……私も、色々衝撃的だったから、クラーナと引っ付きたくて……」

「そうなのね」


 クラーナに言っていることも、私が手を握った理由だった。

 正直、ここに来てから色々あって、私もそれなりに参っているのだ。


 だから、クラーナの手を握りたかった。クラーナの体温を感じて、安心したかったのだ。


「ここは、犬の獣人達にとって、楽園みたいな場所なんだね」


 私はクラーナの手を握りながら、そう呟いた。

 その言葉に、クラーナはゆっくりと頷く。


「ええ、確かに、ここに居る者達は、そう思っているでしょうね」

「そんな場所に、人間の私が来たから……」

「アノンは悪くないわ」


 自信なく言葉を放つ私に対して、クラーナははっきりと素早くそう言ってくれる。

 しかし、そもそも、ここに来る原因を作ってしまったのは私だ。私が言い出さなければ、獣人達に敵意を向けられることもなく、クラーナが怒ることもなかった。

 なんとなく、それが気になってしまったのだ。


「でも、匂いを追いかけようって言ったのも、私だし……」

「そういうことを言っているんじゃないわ」


 しかし、クラーナが言いたいことは、そういうことではないらしい。


「私が言いたいのは、あの獣人達がとった態度のことよ」

「態度……?」

「あんな態度、同じ種族として、許せないわ」


 クラーナは、犬の獣人達がとった態度に怒っているようだ。

 だが、それも元を辿れば、私がここに来たせいである。そのため、私の言ったことが間違っているようには思えなかった。


 しかし、クラーナには何か考えがあるはずだ。

 私がそう思い、口を開こうとした時だった。


「戻ったぞ」

「あ、長老さん……」


 長老が帰って来てしまったのだ。

 それにより、私とクラーナの会話は中断されてしまう。


「お主達の泊まる場所が見つかった。ついて来てくれ」

「あ、はい……」

「ええ」


 長老がそう言ったので、私とクラーナは立ち上がる。


 そして、長老とともに家の外に出ていく。


「うっ……」


 外に出た瞬間、わかってしまった。

 私に向けられてくる、敵意のような感情が。


 周りに姿は見えないが、確かにわかる。

 家の中から視線を感じるし、それは、あちこちから向けられているようだ。


 その感情に、私は思わず押しつぶされそうになってしまう。

 やはり、こういう感情は嫌なものだ。


「アノン……大丈夫よ」

「クラーナ……」


 そんな私の手を、クラーナは強く握ってくれた。

 クラーナが近くにいる。その事実が実感でき、とても心強い。


 こうして、私達は長老に連れられて、泊まれる場所に向かうのだった。

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