第29話 キスしたくなったから

 私とクラーナは、入浴を終えて寝室に来ていた。

 今日はもう寝るのである。


 ちなみに、自然に一緒に寝ることになった。

 これはそもそも、ベッドが一つだけなのは変わらないからである。


「アノン、もっと近づいても……いい?」

「うん、いいよ」


 布団に入って向き合い、私達は身を寄せた。


 互いの体温が、感じられるくらいの距離。

 その距離がとても心地良くて、安心できる。


「クラーナ……」

「何かしら?」

「明日は、色々しなくちゃ駄目だね」

「そうね……」


 明日は、依頼をこなしたり、引っ越しの手続きをしたり、引っ越ししたりと色々忙しい。

 そんな明日をクラーナと迎えられることが嬉しくて、私は思わずそう言っていた。


「ええ、そうね……」


 私の言葉に、クラーナは笑ってくれる。


「でも、あなたと一緒なら、きっと楽しいんでしょうね」

「クラーナ……」


 クラーナの言葉は、私にとってとても嬉しいものだ。

 そして、私も同じ気持ちである。


「私も、クラーナと一緒なら、楽しいと思うよ」

「ふふ、ありがとう……」


 私は、クラーナの体に手を回す。

 その体を引き寄せて、もっとくっつくためだ。

 クラーナとできる限り近づきたかった。


「アノン……」

「クラーナ……」


 お互いに名前を呼ぶ。

 クラーナの顔が、すぐ近くにある。

 それが、愛おしくて仕方ない。


 私は、ゆっくりとクラーナに近づいていく。


「ん……」

「ん……?」


 そして、私はクラーナにキスをしていた。

 唇と唇が触れるだけのキス。

 獣人の本能があるクラーナではなく、人間の私がそうしたかっただけのキス。


「あっ……」

「……」


 それは、自分でも無意識のキスだった。

 もし、クラーナに意図を聞かれたら、答えられない。


「アノン……」

「ク、クラーナ?」


 そこで、クラーナは笑った。

 それが、なんの意図を持っていたのかはわからない。


「ありがとう……お休みなさい」

「え、あ、お休み……」


 なぜなら、その後お礼を言って、クラーナが目を瞑ってしまったからだ。

 とりあえず、私も挨拶を返したが、どうしようか。


 私は、どうしてキスしたくなったのだろう。


 思えば、今日は色々なことがあった。

 クラーナに顔を舐められ、クラーナを撫でて、クラーナに食べさせられて食べさせて。


 会ってそれ程経っていないクラーナと、こんなに濃い時間を過ごしたなんて、なんだかすごいことだ。

 だけど、私はそれが嫌ではなくて、むしろ嬉しかった。


 やはり、私はクラーナのことが好きなのだろうか。それとも、これは友達に向ける気持ちなのだろうか。

 答えの出ない心に、私は戸惑うことしかできないのだ。


 やがて眠気が襲ってきて、答えは有耶無耶になっていくのだった。

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