第一話 初対面だよ!新入りさん その3
「ううう、う~ん?」
ふわふわした感触を全身に覚え、レミンは目を覚ました。
視界に広がる規則正しく並べられた板細工。
それがどこかの部屋の天井で、自分はベッドに横たわっているのだと気付くまで時間は掛からなかった。
眠い目をこすりつつ上半身を起こすと、体のあちこちに痛みが走ったが叫ぶ程ではなかった。
「結構、ケガしたはずじゃ…?」
両手を開くと、細かい擦過傷と軽い火傷の痕はあるものの血は出ておらず、殆どが治りかけているようだった。
首をかしげるレミンだが、
「あらぁ、起きたのね!良かったわぁ~!」
扉を開ける音と同時に快活な女性の声が響き、驚いて顔を上げる。
目の前には緑のワンピースにエプロンを付けた女性が、洗濯物の入った籠を抱えてニコニコと笑っていた。
「あれ?」
戸惑うレミンに構うことなく女性は部屋に入り、籠を床に置くとベッド脇の椅子に腰かけた。
「何だいあんた、変な顔しちゃって。自分の宿の主人の顔も忘れたのかい?」
「い、いえ。ペチュラさん、ですよね?」
『そうだよ~』と能天気な声を上げる女主人、ペチュラはてきぱきとレミンの手や首などの怪我を確認していく。
「僕、洞窟で倒れちゃって、でも何でここに?」
「シギアさんがあんたを担いできたのさ。相当弱ってたけど調子はどうだい?」
ペチュラはレミンの額に手を添えて、反対側の手を自分の額に当てて、
「ん~、まだちょっと熱いかな」
と少し難しい顔をしつつ、きょろきょろと見回して『ああ、あったあった』と床に手を伸ばすと白いタオルを拾い上げた。
「あんたドラゴンの炎を受けたんだってね?あれは体に熱が残り続けるから、ほっとくと大変な事になっちゃうんだよ」
女主人は慣れた手つきで籠にあった新しい白いタオルをひょいと掴み、備え付けのデスクの上にあった桶の水に浸した。
「た、大変なこと…?」
「そうさ。噂じゃロクな治療が出来なかったヤツは体中に燃えるような痛みが走って最後にゃ悶え苦しみながら命を落とすそうだよ…」
「うえぇっ!?」
怯えるレミンを見て、けらけらと笑いながらペチュラは絞ったタオルを持って椅子に座り直した。
「ってのはまあ、昔の話で今じゃ装備も治療法も進歩したからそこまで脅威じゃないって話さ。それでも油断したら痛い目見るよ、特にあんたみたいな若いのはね」
そう言ってレミンの前髪を掻き揚げて濡れタオルを彼の額にあてがう。
冷たさに『ひゃっ』と呻く少年剣士の様子を女主人は楽しそうに眺めた。
「鎧にも感謝しないとね。あれだけボロボロになっても自分のご主人様の命を守ったんだからさ」
ペチュラの呟きでレミンはようやく自分の鎧が全て外されて、焦げ付いた布の服だけを身に纏っていることに気付いた。
「あ、あの僕の鎧って」
「ん、ああ。一応、知り合いの鍛冶屋に見て貰ったけど、ちょっと復元は無理そうだってさ。可哀そうだけど、よく頑張った証拠だね」
それを聞いてレミンはがっくりと肩を下ろした。
「もしかして大事なやつだったのかい?」
「あ、いえ。買ったばっかりだったので…」
「ありゃあ、そいつは災難だったねぇ」
力を無くしてうな垂れるレミンの頭を、ペチュラはタオルを持つ手とは反対の手でよしよしと撫でた。
「本当にすみません。それにベッドも汚しちゃって」
煤だらけのシーツを見てバツの悪そうな顔をするレミンにペチュラは笑って、
「構わないよ、ここは治療用の部屋だからこういうことはしょっちゅうさね。ちなみにアンタの体はお医者様がきちんと診てくれたから大丈夫だよ」
それから両手で頭を抑えながらゆっくりとレミンの体を寝かせ直した。
「さて、もう少し休んでおくんだね。時々、様子を見に来るよ。あ、諸々かかったお代ならドラゴン退治の報酬からきっちり頂いたから安心しな」
「…そこは取られるんですね」
「そりゃあね。ま、それでも格安にしといたし、あんたの部屋代も今日の分はおまけしておくから。動けるようになったら残りのお金を受け取って、また装備を整えればいいさ。それまでしっかり休むんだよ。体を労わるのも大事な戦いだからね」
「おー、流石ベテランは良い事言うねー」
開いたままの扉から間延びした声が届く。
「シギアさん!?」
オレンジベージュの髪を揺らし、手をひらひらと振りつつ、シギアは「やはー」とのんびりとした挨拶を二人に掛けた。
ところ変わってペチュラの宿屋の食堂の一角。
様々な職業、種族の冒険者たちがごった返す忙しない雰囲気の中、やや沈痛な面持ちで座っている三人の女性の姿がそこにあった。
レミンと共に戦ったシギアと同じギルドのメンバーである。
彼女たちが囲んでいる丸テーブルの中央には水晶が埋め込まれ、そこから困った顔で腕組みする青年の幻像が中空に浮かんでいる。
「うーん、取り敢えず今後はちょっと気を付けるようにね」
「面目ない、ゴルティクス殿。我らの判断力不足であった」
「でもまあ、そろそろミルネス達にも後進の育成を任せてもいいかなぁとは考えてたけどね」
ぼやくゴルティクスにブレーニャがぎょっとして身を乗り出す。
「おいっ。アタシらまだそんな歳じゃねーぞ!?もうババァ扱いしやがんのか!」
「落ち着きなよー、そりゃ君らもウチじゃあ若手も若手さ。でも在籍してそれなりに経つし、一人くらいは弟子?じゃないけど少し下のランクの子の様子を見ながら戦うってやり方も覚えて貰いたいなぁって」
「しかし今回のような有様では正直、二の舞になるだけではないでしょうか?」
「何事も初めてじゃあ仕方がないさ。それに致命的な失敗にはならなかったんだから、まずは各々の無事をお互いに労えばいい」
思い悩むロジェッタにゴルティクスはあくまで優しく諭す。
「何だったら、そのレミンくんという子をそのまま君達が面倒を見てあげてもいいんじゃないか?性格や力も把握できているなら次はもっとやれそうな気がするけど」
ゴルティクスの提案にブレーニャは『ぬぅー』と唸りながら、自慢の金髪をわしゃわしゃと掻き乱す。
「あいつの突っ込む癖が治ってくれりゃあ考えてやってもいいけどな。それを抑えつつ戦うってのは面倒で敵わねぇよ」
「うーん、その辺をフォローしながらやるのは確かに難易度が高いからねぇ。シギアさんに任せてもいいけど…ってかシギアさんは?」
「あぁ?シギおじなら宿に着くなり風呂行くって言って、そっから知らん。来ねぇみたいだし、もう寝てんじゃねぇの?」
「そっか、あの人ならなんて言うのかなぁ」
ゴルティクスの呟きにミルネスが目を閉じて嘆息し、
「分かりませぬ。そも、あの方はふざけているのか真剣なのか、いつも意図を汲むのに難儀致します。さながら猫を相手にしているかのようで」
「だよね。でも、そういう掴み所のないとこが可愛らしかったり…」
「ゴルティクス様?」
「あ、ん、何でもない。それじゃまあレミンくんのことは考えておいてよ。後は皆で飲んじゃってくれ、それじゃお疲れ様~」
ゴルティクスは早口で捲し立てると一方的に通信を切り、幻像は消失した。
「ンだよ、あいつ?急に焦りやがってワケわかんねぇ」
「ふむ、まあ忙しい方ではあるからな。我々とずっと喋っている訳にもいくまい」
訝しがるブレーニャと、目を閉じて納得したような顔をするミルネスと違い、ロジェッタは『ふふふ』と笑い、
「―そうですね、もっとお喋りしたい方がいらっしゃるなら、なおさら」
「あ?何のことだよ?」
「いいえ、何でも。さささ、早く一杯やりましょう。後はお風呂に入って寝るだけですから」
「では注文といこう。おーい、すまぬー」
堅苦しい空気から解放され、彼女達も食堂の喧騒の中に溶け込んでいった。
たすけて!補助魔法《サポマジ》おじ…にいさま! 稲荷 古丹 @Kotan_Inary
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