第一話 初対面だよ!新入りさん その2
「どっせいやーっ!」
気合いの一声と共にシギアが両手で地面を叩くと、そこから亀裂のような黒い光が猛スピードで地を這って竜に向かっていく。
光は竜の足元に辿り着くと、その巨大な爪に、指に、足首に次々と絡みついた。
両脚を地に縫い付けられた竜は驚きの悲鳴を上げ、シギアはマスクの下で満足げに笑った。
「そんじゃあ、欲しいやつ言ってー!」
「水属性付与!」
「高速移動!」
「魔力強化!」
パーティのメンバー達が目配せもせずに次々とオーダーする。
それに遅れることなくシギアは左手のみ地面に付けたまま拘束魔法を維持すると、右手を掲げて次々と黒い魔法陣を出現させては仲間達に投げていく。
弓兵ミルネスの矢じりから水が滴り落ち、
戦士ブレーニャが土煙を上げて疾走し、
魔法使いロジェッタの杖の先に巨大な雷球が発生する。
「す、すごい…」
畳みかけるような連携にレミンは呆けたように羨望の眼差しを向ける。
「…レミン!」
「はい!?」
鋭い突っ込みに我に返るとシギアが必死に拘束魔法を維持しながら、こちらに対して右手を掲げている。
「強化するから、君も来なー」
「え、うええ!?僕も!」
慌てるレミンだが、お構いなしとばかりにシギアが幾つか黒い魔法陣を投げる。
魔法陣はレミンの目の前でほどけて呪文の束となり体を覆い尽くす。
やがて全身が暖かい力で包まれているような感覚を覚えた。
(な、何か見た目は暗黒魔法っぽいけどシギアさんの魔法って優しい感じだ…)
「おーい、ぼーっとしないで早くこっちに来てくれー」
「わわっ!すみません!」
まごつきながらもレミンは剣とひしゃげた盾を構えてシギアの隣に立つと、改めて目の前で繰り広げられる激しい戦いに目を見張った。
身動きの取れない赤い竜が拘束を続けるシギアを火球で狙おうとするが、その度に他の三人が容赦なく攻撃を重ね、竜が悶える。
青い軌跡を描きながら飛翔する矢が鱗の隙間をこじ開け、白銀の煌めきが足に傷をつけ、雷光の爆発が肉を焦がす。
その合間にもシギアが次々と魔法陣を発生させて彼女達の能力を強化していく。
(これが…本当のパーティの戦い)
目の前の鮮烈な戦いにレミンの心は沈んだ
足手まといなことは自分自身が良く分かっている。
何故、自分もあんな風に慣れると思ってしまったのだろうか。
「僕に、何が出来るって言うんだ…」
思わず零れた弱音を聞き取ったのか、しゃがんだ体勢のシギアがちらりとレミンを一瞥する。
「いやいや、それが必要なのさ、君の力が。寧ろ大事なのはここからだからね」
「でも僕は皆さんみたいに素早い動きも強力な技もないんですよ!」
「今からモノを言うのはね、力と根性さ、―そら来たぞ!上だ!」
『へ?』とレミンが視線を上げると、目の前に轟々と猛る火球が落ちてくるところだった。
「わぁーっ!?」
「打ち返して!」
シギアの叫びを受けてレミンは半ば反射的に剣を奮っていた。
灼熱の炎の塊が剣に触れた瞬間、
ごうん!
という鈍い金属を叩くような音が響き、火球があさっての方向へ飛んで洞窟の天井に当たり爆散。
激しい爆発音と飛び散る岩屑に竜が驚いたところに、すかさず前線の三人が追撃をかける。
レミンはぽかんとした顔でぽっかり抉れた天井を見上げるばかりだった。
「おー、上手くいった!」
隣で相変わらず補助魔法陣を投げ続けるシギアが喜びの声を上げる。
「防御アップと瞬発力アップ、それから攻撃反射の魔法もかけといたよ。後はタイミングを見極めるセンス次第だったけど、やるじゃないかー」
「は、はぁ」
さっきまで自分を追い詰めていた攻撃を打ち返せた事実に、レミンは微妙に頭が追い付いていなかった。
「さて、ご覧の通りどれだけ攪乱しようとも数発はオレのところに飛んでくる。左手は拘束魔法を絶対に解くわけにはいかないし、右手で皆の強化を常に行わなきゃならない。そんなわけだからさ、レミン」
髪の毛から覗く色違いの目が少年戦士を見つめる
「オレを守ってくれないかい?」
「―っ!」
耳に届く優し気な声に再びレミンの心がざわついた。
竜を見据えたまま剣を握り直し、
「お、お任せを、下さい!」
気合いを入れ過ぎて変な言い回しになってしまい、シギアにケラケラと笑われた。
「まぁ、硬くなり過ぎないようにね。強化は常にしてあげるからさ」
戦闘に復帰したレミンは竜の口に集中し飛んでくる火の玉を確実に打ち返す。
(落ち着け、大丈夫だ!一個一個、確実に返していけばいい!)
やがて竜は徐々に動きが大降りになり、終わりが近いことをパーティに悟らせた。
「おっしゃあ!もう少しだ!気合い入れるぞー!」
竜の足の間を高速で往復し続けるブレーニャが叫ぶ。
体から滝のような汗が流れ、その顔には疲労の色が見えていた。
他の皆も常に走り回り、攻撃をし続けていた為、息が切れている。
レミンの隣からもシギアの荒い息が聞こえる。
(もっと…もっとボクにやれる事はないか!?)
竜の口に何度目かの炎の形成を見た時、レミンの脳裏に一つの考えが浮かんだ。
「シギアさん!もし出来たらなんですけど―」
「お、おお?何?」
炎の渦は大きさを増し火の玉に固まっていく。
その下ではレミンが必死にシギアに何かを訴えかけていた。
「いやいやいや、そら確かに出来るけど危な過ぎる!一歩間違えたら丸焦げじゃ済まないよ!?」
「でもここでとどめを刺さなきゃ!それにボクらは倒すだけじゃなくて、ここから出なきゃいけない。その力も余らせておかなきゃどっちみち行き倒れます!」
「―痛いとこつくなぁ。でも確かに君に言う通りだからねぇ」
シギアは少しだけ目を伏せていたがすぐに頷き『よし、やろう』と呟いた。
竜は既に眼下の獲物を見定めている。
「すみません、無理言って」
「いやいや。若人の勇気を全力でサポート出来るのは年長者の特権だからね!」
シギアが竜の足元で戦う三人に向かって叫んだ。
「全員散開して隠れて!竜の注意をこっちに集中する!」
「ハァッ!?バカ抜かせ、死ぬぞ!」
「どうしようって言うんですか!」
ブレーニャとロジェッタが抗議するが、
「いや!ここはシギア殿を信じよう!何か策があるはずだ!」
ミルネスは番えていた矢を放ちつつ後退し手近な岩場に身を隠した。
「ちっ、仕方ねぇ!ちゃんと生きとけよ!」
「息があれば回復できますから!」
二人も攻撃の手を止め、それぞれ別の岩場に身を潜めると、竜の視線がシギアとレミンに集中した。
瀕死の竜は眼に怒りを滲ませ口から炎を溢れさせている。
いつ放たれてもおかしくない状態でシギアは次々と補助魔法をレミンにかけていった。
「う…ぐぅっ!」
徐々に少年戦士の顔が苦悶に歪んでいった。
「強化の負荷がキツいかもしれないけど、来るよ!構えて!」
「っ!…はいっ!」
少年は盾を捨て両手で剣を握ると、竜の口に切っ先を向ける。
直後、二人に向けて渾身の火球が撃ち出された。
迫りくる炎の塊に震えそうな足を何とか踏ん張り、レミンは眼を逸らさず集中する。
そして―
ドォンっ!
火球が弾け、広がった炎の渦が辺りを包む。
だがレミンの剣がまるで木を裂くように炎を割り、二人には燃え移らなかった。
「う、あああっ!」
それでも打ち返していた時とは違い、炎に囲まれれば壊れた鎧の隙間から熱気が入り込み、焼かれるような痛みを皮膚にもたらす。
涙目になりながら絶叫するレミンの手を、シギアが包んだ。
「シ、ギアさ…」
「そらっ!踏ん張りどこだぞ!一緒に勝とうじゃないか!」
手甲越しに炎とは違う優しい温かさが流れ込む。
こんな状況でも尚も自分を信じて助けてくれる大人が隣に立ってくれる事が、レミンの心を奮い立たせた。
「押しっ!返す!ぜぇぇぇーーーっ!!!」
「うわぁーーーっ!」
シギアの叫びに呼応するかのように、半ばヤケに近い咆哮を上げてレミンは剣を力いっぱい突き出す。
直後、二人を苦しめていた炎の渦はその勢いを保ったまま真っ直ぐに剣の示す先―竜の口へと押し返され、
どごぉん!
竜は突然の奇襲に対応できる間もなく自らが吐いた力の爆発に頭を焼かれた。
「やりぃっ!」
物陰で見ていたブレーニャがガッツポーズで飛び出す。
「見たかよ!?お前ら!最後決めやがったぜアイツ!」
ミルネスとロジェッタも顔を出し、
「サポートありで一撃のみとはいえ、まさかレミンがやるとは…」
「だ、大丈夫ですか!コゲてないですか!?」
息を荒げて立ち尽くすレミンの代わりにシギアが手を振る。
「大丈夫ー、どっちも無事だ…よ?」
言葉を途切れさせて見上げたシギアの目の前に、力を無くした巨体が倒れ―
「って、オイ!避けろ!」
「シギア殿ー!」
「駄目っ!」
三人の目の前で、竜は轟音を立てて二人のいた位置に倒れ込んで動かなくなってしまった。
「お、おい、嘘だろ!?」
「ああ、嘘だねー」
ブレーニャの焦りに反するような能天気な男の声。
「竜の下敷きで終わりの人生なんて、このシギアにいさんにゃ相応しくないからね」
竜の『爪先』の辺りからひょっこりと、黒装束のシギア、と小脇に抱えられたレミンが顔を出した。
「シギア殿!」
三人がほっとした顔で駆け寄るとシギアは何事も無かったかのようにマスクの下でカラカラと笑った。
「拘束魔法を縮めてデカブツの足の方に寄ったのさ。倒れる方向が分かってたから股の下潜り抜けりゃ何とかなる。後は尻尾の落ちる動きさえ見てれば、この通りさ」
すらすらと解説するシギアの様子にロジェッタが目を丸くする。
「そんなさらっと言われましても…そういうのも、経験なのですか?」
「まあね。いつもなら死骸固定用魔法を設置してるから、こういうことは無いんだけど、うっかりしてたわぁ」
そう言って気を失っているレミンを下ろすと『あだだ、腰が』とシギアは呻いた。
「うー、急に動くとやっぱしちょっと『クる』なぁ…」
「無理すんなよシギおじ。一回痛めてんだから癖になると悪化するぞ?」
「分かってるって、オレだってやれる範囲で動いてるんだから。ていうか、君らがこの子をこんなとこに連れて来なけりゃ、折角のオフの日にこんな事する必要もなかったんだけど~?」
悪戯っぽい指摘に「うっ」と三人が言葉に詰まってそっぽを向く。
「そ、それに関してはすまないシギア殿…レミンの実力を見誤っていたというか、いや寧ろ我々が甘かった。正直に言って、こちらの落ち度だ」
「まあミルネス達だけならパターン通りにいけば余裕でいけただろうからね。けど、この子は少し背伸びをしようとする癖があるっぽいから、これからも気を付けていかないとね」
シギアがレミンの頬についた煤を拭うと、
「ふわぁ、いい…匂い、です」
レミンが消えそうな声で呟き、小さく寝息を立て始めた。
「そりゃあいい香水付けてきたからね…まったく呑気なもんだ。勇気だけは買ってあげられるけど」
それからしゃがんだまま大きく伸びをし、
「さて、帰ろっか。デカブツの回収依頼を出して、ゴルティクスに報告だな」
「げっ、まさかアイツ知ってんの!?」
「でなきゃ、オレが来るわけないでしょ。『気になるから一応行ってきて』って頼まれたの。正解だったねー。」
「ああ、またお説教でしょうか…」
ロジェッタが頭を抱え、シギアが楽しそうに微笑む。
「ま、ちょっと小言があるくらいじゃないの?後はお酒飲んで愚痴って寝るだけだよ」
が、レミンを改めて見下ろすと困った顔でため息を吐いた。
「さて、君にはどう言ったもんかなぁ…」
シギアの悩みなど露知らず、レミンはすやすやと眠り続けるのだった。
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