たすけて!補助魔法《サポマジ》おじ…にいさま!

稲荷 古丹

第一話 初対面だよ!新入りさん その1

「うわぁっ!」

 強大な炎の爆発で少年戦士が吹き飛ぶ。

 構えた盾は殆ど役割を果たしてくれず、少年は勢いに負けて岩壁に叩き付けられてしまった。

「ぐぅっ…!」

 鎧もひしゃげ、全身の痛みが立ち上がる力を奪う。

 剣を杖代わりに何とか片膝立ちして、憎々しげに敵を睨む。


 見上げた先には、巨大地下空洞の天井際に迫る程の背丈を持つ屈強な赤い竜。

 その巨体の足元では他の仲間達が各々の武装で攻防を続けているが、見るからに戦況は芳しくない。

 その原因を少年は薄々自覚している。

自分だ。


 強力な敵とはまるっきり戦闘経験が無いくせに強がって身の丈以上のアピールをして、パーティに入れて貰えたものの現実は完全に足手まとい。

(分不相応な事するんじゃなかった…)

 後悔しても後の祭り、自前の回復薬も底を尽き、治癒魔法を頼もうにも魔法使いも戦闘に回っている。


 壁際でうずくまっているしかない少年と竜の目が合った。

「まずいっ…!」


 既に弱っている相手を始末しようと半開きの竜の口から灼熱の炎が漏れ出す。

「やばっ、レミンがっ!」

「え、ちょ間に合わねぇって!」

「いけません!」


 仲間達の叫び声を掻き消す程の轟音と共に、竜の口から高熱の塊が吐き出される。

 自らに向かってまっすぐ落ちてくる炎が視界いっぱいに広がり少年戦士―レミンは自らの死に怯え、目をぎゅっと閉じた。

(みんな、ごめんなさい!ボクのせいで皆が!)

 肌を焼くような熱が徐々に近づき、


 どおんっ


 という重たい物が激しくぶつかるような音が響き、レミンは恐る恐る目を開けた。

 目の前には赤々と燃える炎、だがその炎と少年の間にいつのまにか『誰か』が割り込んでいた。


 レミンに背を向けた誰かは真っ黒なローブに身を包み、フードで頭をすっぽり覆い、手足には、二の腕や太股の中間まで黒鉄色の鎧で固めている。

 炎に向かって伸ばした両手からは、


「これは魔法の、壁?」


 黒い幾何学模様の魔法障壁を展開され、それが炎を阻んでいた。

 レミンの呟きを意に介さず、フードの人物は手を握り締めて軽く腕を引くと、障壁を押すように両の拳を勢いよく前に突き出した。

 ぼんっという衝撃音と共に障壁が竜の炎を見る見るうちに押し返し、そのまま相手の口に戻った瞬間、竜の顔で大爆発が起こった。


「わぁっ!?」

 爆発の衝撃と音の大きさにレミンは慌てて体ごと伏せる。

 残響音が洞窟内にこだまして消えていくまで数秒。

 パラパラと石の粒が落ちる音が聞こえる。

 不意に、こつこつと壊れかけの額当てを小突かれ、レミンが顔を上げると黒い格好の人がしゃがみこんで、じっと見下ろしていた。


「……」

 顔の下半分を鎧と同じ材質の黒鉄色のマスクで隠している。

 ピンクのメッシュが入ったオレンジベージュ色の髪で目元を覆っており、殆ど顔の判別は不可能だ。

「あ、あのー?」

「…生きてる?」

「わぁっ喋った!って、あぁっ、ごめんなさい!」


 得体の知れない存在の発声に驚きつつすぐさま失礼であったことに気付きレミンは立ち上がろうとするが、

「あだだだ!」

 すぐさま激痛で悶えて地面に倒れ伏した。


「シギアさん!その子新入りだから!」

「あいよー、おっけー」

 『シギア』と呼ばれた黒衣の人が手を振って遠くの弓兵の少女に、擦れ気味の軽い声で応える。

 その間も竜は酔っぱらったようにふらふらと首をくねらせ、仲間達は体制を立て直し始めていた。


「謝ったり痛がったり、忙しい奴だなー」

 相変わらず動けないレミンに対し、シギアが両手をかざして小さな黒い紋章を発生させると彼の全身を撫でるように動かし始めた。

(あったかい、それに痛みが消えていく…治して、くれてる?)

 徐々に痛みが消えていくだけでなく、さらに体が軽くなり力が湧いてくる。

 治癒と共に強化も同時進行で行っているのだ。

(二つの魔法を同時になんて凄い使い手さんだ。けど)

 レミンは少しだけ首を傾げた。


(えっと、シギアさんって男の人だよね?)

 マスク越しでくぐもって響く擦れ気味の低い声は紛れもなく男性だが、格好にはどことなく女性の、それもの魔法使いの印象を受ける。


 魔法使いのローブは全身を覆うタイプが主流だが、シギアのは半袖で裾も太股の辺りまで短くしており、黒い半ズボンが見える。

 流線形の鎧の下にアームカバーやオーバーニーソックスを穿いているが、僅かな隙間から太股や二の腕の白い地肌が見えており、レミンに妙な緊張感を覚えさせた。


「どうかした?」

「い、いえ!何でもないです!」

 じろじろ見ていたのがバレたと思い、慌ててレミンはそっぽを向いて誤魔化した。

「んー?まあいっか。はい、終わり。さーて、どっこいしゃー」

 特に意に介さずシギアは紋章を消すと膝に両手をついて立ち上がり、ぽんぽんと腰を叩いて『あいたたたー』と呟きながら竜に向き直った。

 ようやく衝撃から回復し始めたのか、巨体が唸り声を上げて目を開閉させている。


「んもー、何で経験無さそうな子連れてんのに、こういうとこ来るかなー。普通もうちょっと軽めのとこ選ぶもんでしょ」

「おい聞こえてんぞ、シギおじ!レミンが良いっつったんだから良いじゃねぇかよ」

 竜を挟んで遠くにいる褐色金髪の女戦士がシギアの独り言に噛みついた。


「うえ。ブレーニャ、相変わらず地獄耳だな。後輩の実力を見極めるのも先輩の役目でしょー。後、おじさん扱いするな。まだ親子連れの方々からもおにいさんって呼ばれてるんだから」

「小言多いわ、腰痛めるわ、ベテラン面するわ、そもそも三十とっくに過ぎてりゃ、もう立派におじさんだろ!」


「えっ」

 ブレーニャの発言にレミンが一瞬固まった。

 その空気を察してシギアがくるりとレミンに向き直る。


「…何?」

「い、いえ。でもあのてっきり、その、もっと若い方かと…あ、いえ、じゅ、十分若いと思います、けど」

「いい歳して、こういう格好するのはイタいかね?」

 どうやら自覚はあるらしいシギアの瞳がレミンを見据える。

 髪の毛の間から覗くその瞳の色は―

(左右違う色―!!!)

 左目、赤。右目、エメラルドグリーン。

 特に謂れなどない、明らかに染色魔法で染めたものであろうことは年若いレミンでも察することが出来た。


 答えに詰まって泣きそうなレミンに業を煮やしたのか、ずかずかとシギアが近づいてくる。

「じゃ聞くけど」

「ひぃっ…」

 がしっ、と片手でレミンの顎を引っ掴み、もう片方の手で自分のマスクを取った。



「―似合ってないかね?」



 レミンは息を呑んだ。

 何らかの化粧魔法の効果はあるだろう。

 だがそれを差し引いても、その顔は―美しかった。

 少年と少女の中間のような鋭さと、子供染みた大人のような悪戯っぽさが同居した、手の届かない月光のような面貌だった。


「あ、わ…」

 さっきとはまるで違う意味で声が出ないレミンを、シギアは見つめていたが突然その顔を『くにゃり』と歪めて、素っ頓狂な声で笑い出した。

「あーっはっはっは!最っ高ー!この瞬間が一番気分いいんだよねー!」


 棒立ちのレミンに構わず、マスクを付け直し改めて竜に向かい合う。

 十分な隙があったにも関わらず炎を跳ね返された恐れからか、竜は余計な手出しをせずに人間達の動きに目を光らせていた。


「ふーん、こちらの出方を見るって感じかな?いいよ、それなら―」

 首や肩甲骨をゴリゴリと音を立てて回し、竜に向かって大きく腕を掲げるシギアの掌に黒い魔法陣が宿る。

「『おにいさん』の魔法を、たぁーっぷり味わって貰おっかぁ?」


 これが新入り少年戦士レミンと、

 サポマジおじ…おにいさん、シギアの出会いだった。

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