世界最強の男がクラス最強になれないわけが
「リ・ハオはね、あなたに気があるのよ。」オリガは髪を指に巻き付けている。
「ぶっ・・・」私は飲んでいた豆茶を吹き出す。「ねえオリガ、ハオに失礼だよ。」
「私の情報網が間違っていたことがある?」
彼女は数々の男たちから情報を得て来る。はっきり言って目的は分からない。有益無益は問わず、何でも知らなければ気が澄まないらしい。確実性は高いが・・・
「現にさっきだって、アーシャを守ったでしょう。」
「それはそうだけど」私は少々考え込み、「まあ議論してもしゃーないよ。仮にそうだったとして、私に何が出来るってこともないんだからさ。」そう答えておいた。これ以上会話を盛り上がらせるのは本意ではない。
「それもそうね」オリガは頷く。「ついでにもうひとつ情報を得たのだけど。」
「聞かないって言っても言うんでしょ?」私は手のひらを差し出した。落ち着こうとしてもう一度豆茶を口に運ぶ。
「カオルくん、昨日アーシャの家に泊まったんでしょう?」
そしてまた吹き出すことになってしまった。
「うわうわうわ~、なんで知ってんの? コっワ・・・」
「うーん、それを見た人が居るんだけど・・・まあ良いわ。あなただから教える。どうもハオがあなたとカオルくんを見たらしいの。」
「偶然?」
「うーん・・・いや・・・」
「ってか、誰に聞いたの?」私は身を乗り出す。
「それはちょっと・・・女の勘とでも思ってもらおうかしら。」と、オリガ。
女の勘ってこういうシーンで使う言葉だっけ? 私は混乱した。
なにはともあれ、いつものグラウンド。
事情の分からない肉弾戦が繰り広げられている。サッカーボールが秒速三百メートルで左右に飛び回っている。校舎に目をやると、窓から黒煙が上がっている。科学者が失敗でもしたのだろう。
カオルとハオが三メートルの距離を開けて立っている。ハオが言った。
「クラスメイトとして忠告しておきましょう。この学校では常に危険を察知し、外部からの攻撃に身を守って下さい。死んでしまいますよ。最も、そんなこともままならないようでは、成熟した武闘家になどなれませんが。」
「そうか、親切にありがとう。」
余裕たっぷりといった様子で、カオルは笑みを返している。
「線はこんな感じで~。」
ガラガラと、武闘家の男子生徒が石灰で境界線を引いていく。試合中は境界線から出てはならない。
境界線から少し離れて、私やオリガ含む女生徒たちが観覧席を設け、群がっている。グラウンドの日差しはきつい。事情が事情だから一応観覧するが、こんなところには滅多に来ない。下手すると肌が火傷状態になってしまう。私は日傘に保護眼鏡という万全の態勢で座っていた。
はっきり言って五年間の成果には非常に興味がある。カオルが父親と共にタブリスタンを去る時、恥ずかしながら私は大泣きした。今でも覚えている。
仲の良い幼馴染だったカオル。極東の地へ旅立つと言い始めれば、幼い私が寂しがるのも当然だ。
「武闘家は科学者を守らなきゃ、武闘家じゃないのよ! 私から離れちゃうの?」
幼い私はしゃくり上げながら怒った。
「アーシャはまだ科学者じゃないだろ。俺もまだ武闘家とは言えねえんだって、親父が言ってんだ。五年で、武闘家って呼べるくらいになるからさ。アーシャも勉強頑張れよな。」
少し大人になった私たちに感動の再開劇は無かったが、代わりに私の成長ぶりを披露することは出来た。次はカオルの番だ。
武闘家の男子生徒が始めの合図を出した。
間髪入れずカオルが間合いを詰め、一撃を繰り出す。ハオは避けずに手で受けとめた。
思いがけず突風が巻き起こる。カオルとハオを中心に、グラウンドの砂が四方に舞い上がる。私は思わず目をつむった。
ハイレベルな試合に気付いた上級生たちが集まって来た。
「おい、こっち面白えぞ!」
「あれ? アーシャちゃんが居るじゃん。ということは、二年生?」
馴れ馴れしい雰囲気で上級生が話し掛けて来た。
「アーシャちゃん、あいつら同じクラス?」
私は立ち上がって日傘をたたみ、うやうやしく頭を垂れた。上級生は神みたいなものだから仕方がない。この学校では常にそうだ。
「そうです。二年のクラス委員長ハオと、本日より当クラスに転入したカオルです。」
「ってことは委員長争奪戦?」
私は頷く。
「へー、珍しいな。見て行かせてもらうよ。」
私たちは空気を読んで上級生に椅子を譲った。
カオルがチラチラとこちらを見ている。炎天下で立っている私に気を遣っているのだろう。いいからハオを見なさいよ、と、身振り手振りで促す。
「おい、ハオ、ちょっと・・・」ああ、カオルは馬鹿だ。試合中に相手に話しかけるなんて。カオルが何か言っている間に、ハオの重い蹴りが腹に入り、体ごと右に2メートルほど滑る。
「無駄口を叩いている余裕はありませんよ。」ハオは冷たく言い放つ。
カオルは苦悶の表情を浮かべている。今は試合以外のことに気を取られている場合では無い。身をもって分かったことだろう。ハオはクラス一の強者なのだ。さすがに甘くはない。
「おまえ・・・おい委員長、俺たちの役目は・・・」
カオルはハオをギリギリと睨みつけている。途中で話すのをやめたようだ。
オリガが私の肩をたたく。椅子を持ってきてくれた。有難い。
「いや、いいよ。分かった。本気だぞ俺は。」カオルは構えなおす。
「何を今さら。行きますよ。」ハオは相変わらずだ。
ハオは曲芸のような身のこなしで、カオルの繰り出す拳をよけ続ける。大きな袖や装飾品がひらひらとゆらめき、東方の踊り子のように華麗に舞った。
「ハオ! よけてばかりで打ってこないのか? それじゃ俺は倒せないぞ!」
カオルが挑発すると、ハオは表情一つ変えずに最初の拳を繰り出してきた。
「遅い!」
難なく後ろにかわしたカオルだったが、次の瞬間、またもや激痛を、今度は顔面に食らうこととなった。向き直ったカオルの口内は血で真っ赤に染まっていた。
ホワイトアウトしたのだろうか。頭を抱えている。
程なく視界が明解になったのか、すぐに持ち直す。
「それ、何だよ。」カオルは唇を尖らせている。
「ひゃー、カオルくん痛そー。アーシャ、見てらんないんじゃないの。」科学者の女子が目を覆っている。
「・・・別に。」この程度は、カオルも慣れていることと思う。
「私も最初ハオのあれ受けちゃってね・・・女にも容赦無いんだから、彼。」オリガはもう思い出したくないといった様子で首を振っている。
ハオの大きな袖の中から、長い鎖が垂れている。その先には人の頭程の大きさの鉄球がぶらさがっている。わが校の生徒なら誰でも知っているが、初見なら一度はぶち当たるだろう。ご愁傷様だ。
カオルは滝のように鼻血を吹き出している。体調不良にならなければ良いが・・・。
「あなたはカラテの使い手でしたね。」ハオは腕を組んでいる。「かつて僕の国から、隣りの小国へ伝わった技だ。僕の国ではもう古い。誰も使っていませんよ、カオルくん。戦い方は日々進化している。」
「・・・ハオ。タブリスタンへ来る途中に、あんたの国なら通ったよ。卑怯なやつらばかりだったな、あんたによく似てるよ。」
「そんなことを負ける理由にしないでくださいね。同じクラスというだけで虫唾が走りますから。」
「勝ってから言ってくれ。」
なにやら穏やかでない会話を繰り広げてから、再び二人は動き始めた。
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