クラス一強い委員長の弱点を次々暴いて皆に感謝される。学校生活も安泰か。

 カオルは考えているだろう。袖の中の鉄球以外に、何が仕込まれているのか。更に、ハオの民族衣装はゆったりとしており、筋肉の動きが殆ど見えない。いつ来るか分からない攻撃をよけながら、まずは仕込まれているものを全てあぶりだす必要がある。

 ハオの動きは決して速くはないと、以前オリガが言っていた。自身の体重の倍くらいの武器を抱えているせいだとか。

 カオルがしっかり注視していれば、当たることは無いはずだが・・・。


 ハオは宙返りをしながら下から突き上げるような蹴りを繰り出す。カオルが一歩後ろによけると、今度は前回転しながらの踵落としだ。カオルは腕で受け止め、見えていたハオの背中を蹴り上げた。

 次の瞬間、カオルの腕から血が噴き出した。

 ハオの靴の踵に刃が仕込まれている。当てるだけで怪我を負わせる作りになっていたのだ。ハオは背中への攻撃を予想していたのか、地面についていた手を放して大きく飛び、ダメージを軽減させていた。


「上級生のサッカーが熱を帯びてきたわねえ。」と、あまり興味の無さそうなオリガ。

 二人の戦いをよそに、上級生はグラウンドの三分の一を使いサッカーを楽しんでいる。 

 武闘家の男女が入り交じり、秒速三百メートルのボールを受け、殆どの者がが流血しながらの試合だ。私はふと、三日前に聞いた話を思い出した。

「キャプテンって特別なボールを使っているんだっけ?」と、噂好きのオリガに確認する。

「ええ。パクスンが作っているのよ。」

 パクスンは同じクラスの科学者だ。

 学校の部屋を勝手に占拠し、日夜研究に勤しんでいる。かなり太っているのは残念だが、はっきり言って天才だ。あの熱心さ。一度没頭すると百時間も寝ずに開発している。もし私が健康でも、真似出来ないと思う。

 パクスンからオリガに伝わる情報は殆ど確実と言って良い。二人が性的な関係を持っているのは誰もが知るところだ。お互い恋愛感情は無いらしい。あまり深入りしたくないので、私は常に知らないふりをしている。

「キャプテンは玉蹴りの才能が著しいとかで、すっかり特別扱いよ。ボールに武器を仕込んだり爆発したり。パクスンが作っているんですって。教師も共同開発しているそうよ。」オリガは得意げに指に髪を巻き付けている。

 私は一度キャプテンと会話をしたが、言葉がうまく伝わらないので難儀した。タブリスタン人と同じくらい浅黒い肌だが、外見はまったく違う。かなりタレ目だし、髪はカールしすぎていて、豆が頭についているのかと思ったくらいだ。

「ハオの武器もパクスンが改良しているわ。つまり二人の力が合わさっている。武器無しのカオルくんは不利ねえ。アーシャ、何かアドバイスしてあげたら?」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべるオリガに、私は、戦闘は素人だからやめておくとだけ言った。


 ハオにはまだまともな一撃は入っていない。試合開始からカオルの劣勢が続いている。様々な箇所から現れる鉄球やナイフを、もろに受けているようだ。カオルは目に見えて苛立っている。

「お前な、いい加減にしろよ! 遠いところからちまちまと攻撃しやがって! 」

 カオルは鉄球のつながった鎖をぐいと引っ張る。すると鎖は意外にも簡単に外れた。カオルは外れた鉄球をハオに投げつけたが、ひょいと避けられてしう。

「そうやって一つ一つ外しても無駄ですよ。僕の体にある武器は、あなたの想像をはるかに超える数です。体ごと引っ張られないように、簡単に外れるように出来ているのですよ。これが知恵というものです。」

「うるせえ! 全部外してやる! 」 


「あらあら」オリガが心配そうにカオルを眺めている。

「あれはアリ地獄なの。私もハオと闘った時同じことをしたわ。そのまま体力負けだった。もちろん、カオルくんはスタミナがありそうだけれど・・・既にあんなに怪我しちゃってるし、勝負あった・・・かもしれないわね。」

「まだ、分からない。」

 自分でも驚くほど早く、私はオリガの考えを訂正した。


 五分程、終わりのない作業に身を投じていたが、カオルの大絶叫が、グラウンドに響いた。サッカーをしていた者や手合わせをしていた者は二人の方を振り向き、校舎に居る科学者たちも窓から顔を出す。


「結構感情的なのね。かわいいわね、彼。」

 オリガは笑っているが、私は引いていた。付き合いは長いつもりだが、最後の記憶は子どもの頃だ。取り乱すカオルの雄叫びに、少しだけ感じるこの感覚は・・・恐怖心だろうか。

 ハオは探るような様子でカオルを眺めている。

 次の瞬間、カオルは攻撃が当たる可能性には目もくれず、ハオに向かって一直線に突進した。ハオがいくつか出した武器を避け、どこを狙うとも言えない様子で距離を詰める。

 そして、ハオの長く垂れる左袖をつかみ、右手で胸元を掴んだ。

 ハオは投げられる、と思ったが、カオルの行動は予想だにしないものだった。


「きゃあああああっ!」

「ハ、ハオくんがああああっ!」

 女生徒たちは先ほどまでの冷静さを失い、顔を手で覆った。私は目をそらす。見てはならないものを見ることは憚られる。オリガは大喜びで凝視している。


 ハオの来ていた民族衣装は一刀両断、下着一枚の姿になっていた。


 どすんと重厚な音が響き、あまりに多くの武器を伴って、民族衣装だったものは砂埃をあげた。裸のハオの体にもいくつかの武器は付いたままだったが、全て白日の元へさらされ、カオルの目を欺くことは不可能であることを告げる。

「どうだ! これでもう卑怯な真似は出来ねえからな! 正々堂々と勝負だ! 」

 ハオはむっとする。

「僕は卑怯な真似などしていませんし、最初から正々堂々と勝負しています、言いがかりはやめてください。それに、この場合卑怯なのは、どちらかと言えばあなたの方で・・・」

「戦争中に卑怯だとか言うのかよ! 」

「卑怯だなんだと言っているのはあなたでしょう。数秒前のセリフも忘れているんですか?」


 こうなってしまった以上、ハオとしては早く試合を終わらせたいところだろう。現時刻は正午過ぎ。この辺りの気候なら全裸でも寒くはない。だが照り付ける太陽が皮膚を刺す。ハオも私ほどではないが比較的色白だ。日差しは好まないと思う。神経質な性格でもある。顔面に日焼け止めを塗布しているところを見たことがある。

 ハオは背中の後ろに結び付けられているナイフに手を伸ばした。

 カオルも再び攻撃を開始する。重い武器の無くなったハオは一層速い。素人目にもわかる。どうやらカオルより上のようだ。しかし腕力は圧倒的にカオルが勝るだろう。ハオは力自慢な方ではないし、ましてや、象を持ち上げるなんてことは絶対に出来ない。

 武器が無ければハオに勝ち目は無さそうなものだが・・・しかしハオの表情は未だ自信に満ちている。


 何か隠しているはずだ。何か・・・


 カオルはナイフを持つハオの手を右手で捉えた。


 次の瞬間、ハオは急に顔を上げ、カオルの方を見た。まっすぐに凝視している。カオルは何事かと思ったが、かまっている暇は無い。左手で顔面を狙おうとした。いや、不自然だ。ハオが口を開いた。何か言おうとしている? 違う。確実な殺気。

 カオルは見逃さなかった。ハオの口元にチラリと何かが光ったのを。


 ヒュンと音がして、ハオの口から鋭利な針が放たれた。

 すんでのところでカオルは右に避ける。

 

 初めてハオが苦しい顔をした。というより、殆ど落胆している。


「ちょっと! 今の見た?」

 観戦していた生徒たちは慌ててメモ帳を取り出す。ハオが口内に針を仕込んでいることは誰も知らなかったようだ。

「助かった! アーシャのカレ、素晴らしい功績よ。」

「ハオの弱点や奥の手がこんなにも次々暴かれるなんて!」

 武闘家の生徒たちは私に「ありがとう」と口々に言った。

 いやいや、私に言われても・・・と思ったが、面倒くさいので、どういたしまして、と返事をしておく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る