第35話 これから
俺は、シシ堂の部屋で寝ていた。気付いたらベッドの上だった。なんて、最初にこの世界に来たみたいなことになってるが、あの時と違うのは背中の感触と周りにいる人たちだ。
「トウマ!」
「トウマさん!」
リルン、サジェス、ヒールさん……そしてシシグマさんもネトムもいる。こうやって皆に囲まれると、看取られてるみたいでなんか変な感じだ。
「やっと目が覚めたか……全く、人にこんなに心配かけさせて……」
「し、シシグマさん……」
「あとで、色々説明してもらうからな……おい、ネトム。店の仕込みを始めるぞ」
「はいはーい」
シシグマさんとネトムは部屋から出ていってしまった。
……まさか、俺が起きるのをずっと待ってたのか?
「トウマさん……本当によかった。一時はどうなるかと……」
「ヒールさん……俺を、助けてくれたんですか……? でも、どうして……」
「トウマさんを助けるのは当然のことです! 私にとって、トウマさんは大切な人なんです!」
「そこまで言われると……なんか照れますね……」
「ごめんなさい、ごめんなさいトウマさん……私は、貴方を二度も殺そうとしてしまいました……自分で手を下すのは辛すぎたので、周りの力を使って貴方を殺そうとしました……許されることではありません……本当に、ごめんなさい……!」
ヒールさんは泣き出してしまった。俺のベッドに頭を擦り付けて、大泣きしている。
それを見ていると、なんだか胸が痛くなった。
「顔を……上げてください。俺は別に、そのことでヒールさんを恨んではいません」
「でも……! 本当に会わせる顔がなくて……! トウマさんの首の傷跡を、完全に消すことも出来ませんでしたし……!」
「いいんですよ。この傷は……自分への戒めってことで、あった方がいいんですよ」
もう馬鹿なことを考えないために、な。
リルンは、茶化すように俺の傷を指差した。
「その傷、男の勲章みてーでイカしてるじゃねえか」
「それ……お前が言うのかよ……言っとくけど、結構痛かったんだぞ? それについての謝罪はないのか?」
リルンは至っていつも通りである。リルンっぽいっちゃあ、リルンっぽい。しおらしいリルンとか、想像つかないし。
「まあ、でも正気に戻ったみたいでよかったぜ。もう勝手にどっか行ったりすんなよ?」
「俺はいつでも正気だっての……てか、お前はいいのか? 俺のせいでお前は不幸に……」
「なーに言ってんだよ! あたしが不幸になるのも不幸にならないのも、全部あたし次第だっての! それに、あたしの不幸を勝手に決め付けんじゃねえ!」
「いって! こちとら重症なんだぞ!?」
「知らねーよ! もう治ってんだろ!? 全く、いちいちうるさい奴だな!」
顔を拳で殴ったリルンは、そのままドアに向かう。そして部屋を出ていった。いやバイオレンスすぎないか、お前。
「……ああ言ってますけど、実はものすごく心配していたんですよ」
「……え?」
耳元で、こっそりヒールさんが教えてくれた。
リルンが俺を心配? え……? じゃああれがツンデレってやつ? デレの要素さっきあった? ツンしかなかった気がするんだが……
「あ、そうだ……俺たち、どうやって帰って来れたんですか?」
「エルトが僕たちを帰してくれたんです」
そう答えたのはサジェスだった。
「そう……だったのか。でも……よく帰してくれたな」
「ええ……最初は、僕たち全員を殺すつもりで攻撃してきました」
「だよな……普通……」
「その攻撃を避ける際、僕は本を落としてしまったんです」
「本を……? 絶体絶命じゃないか……」
「僕の本はエルトの前に落ちました。その本は、あるところを開いていたんです。僕が初めてエルトに会った時、いじめられていたエルトを助けようとして特性を使おうとした部分です」
おお、奇跡じゃないか。
サジェスとエルトの間に何があったのかは知らないけど、俺がエルトだったら攻撃するのをやめるだろうな。そんな、自分のために特性を使おうとした痕跡を見せられたら、躊躇ってしまう。
「エルトはそれを見て、泣き出しました。そして『思い出した』のです。あの頃の、優しいエルトを……偶然とはいえ、この本のおかげで僕たちは無事に帰って来れました」
「俺が倒れている間に、そんなドラマチックなことがあったのか……」
「私も今初めて知ったわ……」
ヒールさんも知らなかったのか。ああ、俺の手当てをしていたからか。
「じゃあ、エルトと仲直り出来たってことか……? よかったな、サジェス」
「はい……でも、エルトは僕と一緒に来ることを拒みました。人間と悪魔……種族が違う者同士は、相容れないと言ったんです」
「人間とか悪魔とか……種族って、そんなに大事なものか?」
「人間と悪魔の間には、大きな隔たりがあります。人間は悪魔を憎んでいますし、悪魔も人間を玩具としか思っていない……僕たちの関係は、公には認められないのです。だから……エルトは身を引いたんだと思います」
「……それは世間の考えだ。サジェスたちは、憎み合ったりしてないだろ? ちゃんと相手のことも思いやってる。俺は……別に二人が一緒にいたっていいと思うけどな」
簡単に言ってるけど、でもこれ……実際すごく難しい問題なんだろうなあ。
種族とか、俺は全然わからないけどさ。
「僕もそう思いました。でも、エルトはその考えを否定しました。エルトは……僕が思っているよりも、『大人』になっていたようです」
「大人、ねえ……」
「僕に追い付くために……あの悪魔に頼んで大人にしてもらった、と本人は言っていましたが……いつの間にか、僕を追い越していたようですね」
寂しいものです。
そう伏し目がちに語るサジェスは、とても悲しそうな顔をしていた。しかしそれも束の間。サジェスはヒールさんの方に向いて、いつもの無表情でこう言った。
「ところでヒールさん、いつまでもここにいてよろしいのですか?」
「え?」
「王族がいつまでもここにいるのは、少し問題なのではないでしょうか? 急に行方を眩まして……今頃国王たちは大騒ぎしているのではないですか?」
「あ……」
少しどころの問題ではない。
ヒールさんは急ぎ足で行ってしまった。まあ、そうだよな。あんなことがあってからの、王女失踪とか……国を揺るがす大パニックじゃないか。
俺はあのあと、シシグマさんたちと話し合った。俺が姿を消した理由、そしてこれからどうするか……シシグマさんとネトムは、黙って俺の話を聞いてくれた。特にシシグマさんは、俺の黒髪を見ても物怖じしなかった。
「髪の色なんて、関係ないだろう。トウマがトウマであることに変わりはない」
男らしすぎます、シシグマさん。
聞くところによると、王食祭は中止になってしまったらしい。
そりゃあそうだよな。あんなことかあったわけだし。当然だと思う。けど、また日を改めて開催するらしい。
俺は店の窓から、街の様子を見渡していた。あんなことがあったとは思えないほど、皆普通にしていて……俺は思わず面食らってしまった。
「……」
「なーに辛気臭い顔してんだよ!」
「俺はお前と違って悩みが多いからな……はあ、これからどうすればいいんだ。この髪じゃあ、人前には出れないし……」
「トウマのやりたいようにやりゃいいだろ?」
「俺は色々考えちゃうタイプなんだよ……慎重派なの、わかる?」
「腹立つ」
まあ……これからどうするか、じっくり検討していきますか。時間はたっぷりあるんだし。これから何が起ころうとも、まあなんとかなるだろう。あれ以上のことはもう起きないだろうし……うん、起きないと信じたいわ。
ほんともう、異世界初心者にあんな仕打ちは勘弁だぜ。
僻んだ俺の、歪みまくった異世界生活。 小花井こなつ @deepsea
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