第33話 俺の運命
広場にはたくさんの人がいた。大人から子供まで、皆楽しそうに笑っている。その中には、シシグマさんの料理を食べている人もいた。まだ王族が来る時間ではないので、中央の机や椅子には市民の人々がたむろしている。
王食祭は、王族の評価と共に市民の評価も重要になるらしい。市民から得たお金が、市民の評価に繋がる。要はお客さんが払ったお金が、市民の評価になるってわけだ。
だから、この時点でもう勝負は始まってる。どの店が一番売り上げを伸ばすか……午前中はそこが勝負の鍵だ。
――まあ、今俺は戦線離脱しているわけだけども。
「あ~~~! あの野郎、何処行きやがったんだよおおお!」
「リルンちゃん、お客さんの前だからそういう発言控えてね」
「文句も言いたくなるだろ! トウマの奴、バックレやがったんだぜ!?」
「……まあ、腹立つ気持ちもわかるけどね。ほんと、何処に行っちゃったんだか」
リルンとネトムは、お客さんの対応に追われている。
そう、二人が言うように俺はバックレた。仕事のエスケープである。いや、この場合サボったと言うのが正しいか。
俺は広場の様子を、黒い水晶玉から見ていた。この水晶玉は、どんな所も映し出すという優れものである。是非手元に置いておきたい一品だが、生憎借り物なので私物にすることは出来ない。
俺の周りには誰もいない。だってここは森の中だ。誰も俺を見つけることは出来ない。
「トウマにはトウマなりの、事情があったのかもしれない。だからそう責めるな。トウマが帰ったら、本人に理由を聞けばいい」
シシグマさんは、調理場からそう声をかけた。
……なんか、シシグマさんに申し訳ないな。そんな風に言ってくれるなんて、本当にシシグマさんはいい人だ。それなのに俺は……
なんだか涙が出てきそうだ。水晶玉を持つ手が震える。俺は、こんなにもいい人を裏切ってしまったんだ……
「……ネトム、ちょっといいか」
「? なんすか、親方」
「調理場を手伝ってほしい」
「……え!? いいんすか!? え!? マジで!?」
「力が必要なんだ、頼む」
「……はい! 喜んで! 指示をください!」
「じゃあまず……」
弾んだ声で調理場へ入るネトム。なんと。ネトムが料理するだと? あいつ料理作れるのか? いや、ずっと近くでシシグマさんの料理の腕を見てきたから、まるっきり出来ないってことはないか……
それにしても……よかったな。厨房、入りたいって言ってたもんな。お前、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してるな。その現場に俺も居合わせたかったな……なんて。
「無理だよなあ……」
今の俺には、無理なんだ。
俺は目を覆い、じっと水晶から聞こえてくる声に耳を傾けていた。忙しそうな三人の声は、ずっと耳にこびりついた。
すると突然、
「!? なんの騒ぎだ……?」
リルンがそんな声を上げ、店を離れる。
水晶を凝らして見てみると、フルールの店主が倒れていた。人々は悲鳴を上げている。そのうち、フルールの店の一人が店主を運んでいった。
「……? なんか変なものでも食ったのか……?」
「リルン! こっちを頼む!」
「わーったよ!」
シシグマさんの元へ、リルンは駆けていく。
……多分、あれは「あいつ」の仕業だろう。
午後になると、いよいよ王族がやって来た。
パレードかよってくらい盛大な登場をし、人々は皆歓声を上げる。なるほどな、馬に乗ってくるのか! そりゃあ、王族に歩かせるわけにもいかないしな!? うん、納得だけど納得出来ねえや!
なんなんだよこの登場の仕方は。それに、なんで周りの人も神を崇めるようなポージングしてるの? なんで跪くの? そんなに王族って偉いの? マジで腹立つんだが。何様だよ。
馬は広場の前で止まり、男が馬から下りて高らかにこう言った。
「皆の者、今日は国王のためにご苦労であった。これから国王が、皆の料理をお召しになる。各々、店が誇る一品を用意せよ」
あ、馬に乗ってたのは王様じゃないんだ。つーことはあれ、従者か? へえ、鎧とかまるで騎士みたいだな。実際、本物の騎士なのか? うーん、よくわからないからとりあえず従者ってことにしておこう。
よく見ると、馬の後ろには馬車がある。なるほどな、馬車移動か。いいご身分なこった。
……俺、さっきから見たこともない王族に対してずっと悪態をついている気がする。でもこれはしょうがないと思う、めちゃくちゃ羨ましいんだから。
馬車から、一人の髭を生やした男が現れる。
「朕は
こ、これが国王……!? 明らかに周りと着ているものが違う。全体的にキラキラしてるし、水晶越しにでも金持ちだってことがわかる……!
「ふざけんじゃねえ! これが格差かよ!」
別の意味で泣きたくなってくるわ!
そして次に現れたのは王妃。こちらも随分とまあ綺麗に着飾っており、格の違いを思い知らされる。そして次に出てきたのは……
「ヒールさん……?」
現れたのはドレスを着たヒールさん。今日は杖を持っていない。元々の気高さがドレスでさらに強調され、いつもより綺麗に見えた。
「ヒールさん……王族だったの……?」
確かヒールさんって、弟の仇を討つために悪魔の調査に乗り出したって言ってたよな……? 自ら国王に志願とか……え!? じゃあ国王ってお父さんのこと!? お父さんに頼んだの!?
でも考えてみれば腑に落ちる。一介の庶民が、そう簡単に国王に謁見とか出来ないもんな。なるほどなあ……よくよく考えてみれば、ヒールさんが普通の生まれじゃないってわかるもんだよな。
俺は全くわからなかったが。
「……皆さん、王食祭の前に一つよろしいでしょうか」
真面目な顔をしてそう言うヒールさん。その目は仄暗く、なんだか怖い印象を抱かせる。
「この王食祭には『不届き者』が潜んでいます。王食祭の前に、その者を『始末』せねばなりません」
不届き者……? 始末……? さっきから物騒なことばかり……何を言っているんだ?
俺の心臓は鼓動を早めていく。
「そいつは人間のふりをした、『悪魔』です」
その言葉を聞いた瞬間、俺はぞっとした。そして慌てて辺りを見渡す。大丈夫だ、絶対に大丈夫だ。絶対に見つからない。
心臓はもうこれ以上ないくらい脈打っていて、思わず水晶を落としそうになる。汗がどっと噴き出して、さっきから暑い。
水晶の中からは、人々のざわつく声が聞こえる。それが俺を焦らせる。悪魔とかやめてくれよ、ヒールさん。
「悪魔の名は『トウマ』。この者の『始末』を行ってから、料理の審査を行います」
ヌヴェルは俺に、取引を持ちかけてきた。
なんでも今の主人が気に入らないらしく、代わりに俺に自分の主人になってくれと言うのだ。
「今の主人は全くもってつまらない。こちらが何もしなくても、あれはきっと破滅するでしょう。それではつまらないのです。展開がわかっている物語を読むのは、面白くないでしょう?」
……こんな理由で俺に主人になれと持ちかけてきたのだ。ふざけんなって話だけど。
今の話から考えると、俺が主人になれば「こいつに破滅させられる」のだ。そんなの冗談じゃない。
「破滅するか、破滅を回避出来るか……それは貴方次第ですよ。それに、何も悪い話じゃありません。貴方が私の主人でいる間は、どんな望みも叶えて差し上げましょう。もちろん限度はありますが……どうです?」
どうです? じゃねえよ。ニヤニヤすんなよ。
もちろん俺は断った。しかしなかなか引き下がってくれず、奴はこう持ちかけたのだ。
「ならば、こういうのはどうでしょう。私は少し先の未来を視ることが出来ます。貴方の未来を視たところ……貴方、明日死にますよ?」
「は?」
「悪魔に間違われて処刑されてしまうんです。ふふふ、劇的な最期ですね」
「なんだよそれ……そんなの、信じられるわけ……」
「そこで提案です。貴方が明日、処刑されなかったら私は手を引きましょう。しかし、処刑されそうになったら私が助ける代わりに、貴方は私の主人となる。これでどうでしょうか」
「どうって言われても……そもそも、俺が悪魔に間違われるわけねえだろ!」
「それはどうでしょうね。自分の髪色をお忘れで?」
「……俺は処刑なんてされないし、お前の主人にもならない」
「貴方にとって悪い話じゃないですよ。いいじゃありませんか。一度死んだ身になるんですから、私の主人になっても」
「俺が処刑される前提で話を進めるな」
……とまあ、こんなやり取りがあったわけで。
あいつの言ってることを完全に信じたわけじゃないが、念には念を、ということでこうやって森に潜んでいたのだ。
大丈夫だと思っていた。そう思っていたのに。
――なんでこうなるんだよ。
「こいつは人の形を纏い、人々を騙し続けた悪魔。今ここに於いて、この悪魔の『始末』を……」
俺はあっさり捕らえられ、広場に連行された。両手を縛られ、人々の見世物にされる。涙は出なかった。
リルン、シシグマさん、ネトムは、何処かでこの俺を見ているのだろうか。人が大勢いるし、騒がしいから何処にいるのかわからない。
剣を持った従者が何やら変な呪文を唱える。俺は強制的に跪かされた。何を言っているのかわからない。けど、あれはきっと俺を殺すための呪文なのだろう。
ヒールさん、なんであんなこと言ったんだ。どうして俺を殺そうとするんだ。何か言ってくれ。目の前で、無言のまま立ってるのを見るのは辛いんだ。
――そして、従者が剣を俺の首に向かって振り落とし……
「……ほら、私の言った通りになったじゃないですか」
悪魔の囁きが、聞こえてきた。
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