第32話 最悪だよ
王食祭まで、あと一日。つまり明日はもう王食祭だ。
一体どういう風に始まるのか全然わからないが、とにかく盛大なものなんだろう。店は円形の広場に露店の準備を始めた。
広場は多くの人でごった返しており、露店一つ作るのも大変な作業だった。なんとか露店っぽい露店は出来たけど……調理場はめちゃくちゃ狭いな。大丈夫かな、シシグマさん。
「あー! やっと終わったぜ……もうこんな重労働したくねー」
早くもバテているのはリルンである。円形の広場の中央には机と椅子が設置され、そこで人々は食事をするらしい。まあ、当日は王族の人専用のものになるらしいが。リルンはその机に突っ伏していた。
リルンの服は、いつもの服に戻っている。なんでも、ネトムの行き付けの仕立て屋に直してもらったとか。あいつに、行き付けの仕立て屋があったことにびっくりだ。服とか関心なさそうなのに。
「ここでバテるなよリルン……本番は明日なんだから、そのための体力は残しとけ……」
「お前が一番バテてるじゃねえか」
そして現在、俺も机に突っ伏している。
「だってさ? 昨日も俺は重労働をしたんだぜ? 野菜、頑張って運んだんだぜ? そのせいで筋肉痛だってのに、また今日も重労働だぜ? 俺、頑張ってると思わない? すげーと思わない? 少しは俺を労ってくれよ……」
「そんだけ喋れるとか、めちゃくちゃ元気じゃねえか」
「元気なわけあるか! もう俺無理! 死ぬ!」
こんなんで明日、大丈夫かな。シシグマさんには悪いけど、乗り切れる気がしないんだが。
明日の体力を心配していると、誰かが俺たちに近付いて来た。
「大丈夫ですか。お二人とも、お疲れ様です」
近付いて来たのは、本を持ったサジェスだった。
「サジェス……なんでここに」
「ちょうど近くを通りかかりまして……皆さん、忙しそうですね」
「王食祭は明日だからな。そりゃあ気合いも入るって。王族って一体どんな人たちなんだろう」
明日会えるんだよな。王族とか縁が無さすぎて、全然想像出来ない。そもそも、王食祭がどんな風に進行するのかもわからないのに。ここへ来て、本当にわからないことだらけだ。
色んな意味で、明日大丈夫だろうか。
(それに……)
やっぱり、昨日のことが引っかかる。
(あの時は店に早く戻らなきゃいけなかったし、何より関わりたくないから無視したけど……でも、あれってやっぱり見過ごすことは出来ない事態だよな? だって人を操ってるんだ。そんなの、許されていいことじゃない)
けど、俺に何が出来るっていうんだ。
エルトの時はたまたま勝っただけだ。まぐれなんだ。俺の実力じゃあ、あいつに勝てる気がしない。
(これ以上リルンを巻き込みたくもないし……どうすれば……)
サジェスと話している間、ずっとそんなことを考えていた。サジェスは、俺の反応に少し違和感を抱いた様子だったが……聞いてこようとはしなかった。
そんな時、
「そこを退きたまえ」
嫌な声がした。
こいつは昨日のフルールの店主じゃないか。今世界で、二番目くらいに関わりたくない奴に話しかけられてしまった。ちなみに一番はあの長身の悪魔である。
「そこを退きたまえ。君たちに座る権利があるとでも、思っているのかい?」
「……俺たちが最初に座ってたんだが?」
「関係ないね! 身分の高い者に席を譲るのは当然だろう?」
身分? はあ? 何を偉そうなことを。
リルンも不快感を露にしている。
「……なあ、なんだよこいつ」
「ああ……こいつは隣の店の店主で」
「シューだ。以後、お見知り置きを」
「……やな感じだな」
名前とかどうでもいいわ。てかシューってシュークリームみたいな名前だな。
いやそういうことじゃなくてさ。
「いいからそこを退きたまえ。私は疲れているのだ。さっきから店の準備で忙しくてね」
「それはこっちだって同じだ」
「君と一緒にしないでもらいたいね。大体、私は高貴な生まれなのだ。君たちとは違うんだよ」
「貴族ってことか」
「その通り」
ドヤ顔をするな。腹立つ。
でもこいつが貴族とか、なんか信じたくないな。てか、貴族ならなんで店をやってるんだよ。
「なあサジェス……あいつの言ってることは本当か?」
「ええ。あの人は『元』貴族です」
「元?」
「店を始めるために、貴族社会から抜け出したんです。まあ僕もあまり知りませんが、正直……あの店が成り立っているのは、実家の援助のおかげですね」
サジェスはこっそり教えてくれた。
へえ、貴族にも色々あるんだなあ。
「高貴な私のために、早く席を譲りたまえ!」
「いや、図々しいにも程がある! さっきからなんだよその態度! めちゃくちゃ腹立つんですけど!」
「そうだそうだ! 大して偉くもねえのに威張りやがって!」
勢い余って、俺とリルンは立ち上がる。
「私は偉い! 私は貴族の生まれだぞ!」
「貴族やめたんじゃねえのかよ! 都合のいい時だけ身分を武器に使って! 恥ずかしくないのかお前は!」
「この私に向かってなんてことを……!」
「それに汚い手で客を集めて……悪魔の力に頼るとか、お前本当に最低だな!」
俺がその言葉を発した瞬間、相手の顔色が変わる。
え。俺、なんか地雷踏んだ?
「……は……? 君は、一体何を……悪魔って、なんの話だね?」
「あ」
「トウマ……こいつ悪魔となんか関係あるのか?」
「その話、詳しく聞かせてくださいトウマさん」
やべ。墓穴掘った感じじゃないこれ?
つい口が滑ってしまった。いや、別に秘密にしていたことじゃないけどさ。なんかこう……今、悪魔ってデリケートな話題じゃん?
「なんでそういうこと言わねえんだよ!」
「何故秘密にしていたのです? こういう情報は共有しないと」
リルンとサジェスに詰め寄られる。え、なんでこれ俺が尋問されてる感じになってるの? 尋問すべき相手はあいつだろ……っていねえし! 何処行きやがったあいつ!
俺、一体どうすりゃいいの!?
「トウマ!」
「トウマさん!」
無理。
「俺には無理だ~~~~~!」
「トウマ! 待ちやがれ!」
「何処へ行くんです!」
逃亡。この雰囲気マジで無理。
そもそも何から説明したらいいのかわからないし、こういう時なんて言えばいいのかもわからない。
だから逃げてしまった。なんてめちゃくちゃ格好悪いけどさ。でも本当に、純粋に詰め寄る二人が怖かった。
広場から少し離れ、人通りが少ない住宅街へ入る。いきなり全力ダッシュはきつい。重労働に加えて色んな意味でドキドキして、俺の体力は限界が近かった。
「……俺、何やってるんだ」
なんで悪魔のことを、後ろめたく思ったのだろう。
俺が気にすることじゃないのにさ。
「それは、大事な人を巻き込みたくないからでしょう?」
突然、背後から声が降ってきた。
後ろを振り向くと、そこには……
「どうです、当たっていましたか?」
「元凶」がいた。
「なんでここに……」
「契約した主人の近くにいるのは、当然のことでしょう?」
「何を、企んでいるんだ」
「貴方には関係ないことですよ」
「関係ある! まさか、王食祭をぶっ潰すこととか考えてないよな!?」
「ふふ……まさかまさか。ふふふ……」
不気味だ。とにかく不気味で怖い。
でも恐怖を感じていることを悟られたら終わりだ。それこそ、死ぬ。なるべく毅然とした態度で臨まないと。
ヌヴェルはそんな俺を嘲笑うかのように、見下ろしている。
「トウマさん、一つ取引をしませんか」
どうして俺に、そんな話を持ちかけるんだ。
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