第31話 やばいってこれ

 俺とリルンはその後森を抜け出し、いつものパニック広原へ向かった。

 モンスター狩りは、滞りなく進んだ。さっきエルトを斬ったのをごまかすように、俺は狩って、狩って、狩った。

 モンスターには食べられる場所と食べられない場所がある。最初はそんなの全くわからなかったけど、ネトムに教えてもらったり経験を積んだりして、だんだんわかるようになってきた。

 だからこうやって、倒したモンスターから「食べられる部分」だけを取り除くことも出来る。が……


「……なんか袋でも持ってくればよかったな……」


 考えなしに飛び出したのがいけなかった。いくらたくさんモンスターを狩れても、それを持ち帰ることが出来なかったら意味がない。


「……リルン、これどうするよ……?」

「あたしに言われても……」

「とりあえず、持てる分だけ持つか……あ、そうだリルン。お前の袖、だいぶ余ってるよな? そこに狩った肉を入れれば……」

「はあ!? 冗談じゃねえ! 頭おかしいんじゃねえの!?」

「頼む! 今はこうするしか……」

「絶対嫌だ!」


 こんなやり取りもあったが、なんとか俺たちはたくさんの肉を持って帰ることが出来た。



 王食祭まで、あと二日。

 昨日俺たちが持って帰った肉のおかげか、今日は滞りなく店の営業を続けられている。

 ……まあ、昼を過ぎてみないとわからないが。


「……ぜってー殺す」


 リルンの服は結局肉の持ち運びに使ってしまったので、今は洗濯中だ。他に着れる服もなかったため、仕方なくこの前着ていたメイド服を着ている。

 俺の服も血で汚れてしまったが、すぐに洗ってリルンの特性で乾かしてもらったので、なんとか事なきを得た。しかしリルンの服には酷い臭いがついてしまったため、今日一日干しておかないといけない。

 リルンはずっと無愛想で、接客態度としては最悪だった。しかしなんか喜んでいる層もいて、改めて変態とは万国共通の文化なんだと思った。

 ネトムはそんなリルンにずっとちょっかいをかけている。


「かわいいよリルンちゃん。もうずっとこのままでいいと思うよ?」

「ふざけるな、ふざけるな。服が直ったらこんな服、すぐに燃やしてやる」

「職人の賜物なのに? そんなの俺が絶対阻止するからね!?」


 仕事をしろお前ら。

 その言葉を飲み込んで、俺は料理を運んでいく。厨房には相変わらずシシグマさんしかおらず、料理の提供スピードは変わらず遅い。

 ……にしても、待ってる方も待ってる方だよな……よく文句も言わず待てるよな。まあ、中には「遅い!」ってクレームつける人もいるけど。


「トウマ、ちょっといいか」


 シシグマさんが厨房から俺に声をかけた。その声を聞き、俺は厨房へ向かう。


「なんですか?」

「すまない。このままだと、また食材が無くなりそうだ。それで……」

「またモンスターを狩ってくればいいですか?」

「いや、足りなくなりそうなのは野菜なんだ。だから、ちょっと市場へ調達しに行ってくれないか」

「そういうことなら! わかりました。何を買ってくればいいですか?」


 俺はシシグマさんから必要な野菜を聞き、お金と籠をもらう。籠は背負うタイプの物で、それを見ただけでこれから買う野菜の量がとんでもないことが察せられる。

 籠を背負い店を出て、ダッシュで市場へ向かおうとする。そうしようとしたがしかし、無意識に隣の店の繁盛が目に入った。それが俺の足を止めてしまったのだ。


「隣の店もすごい繁盛してるな……なんか腹立つけど」


 フルールって言うんだっけ、確か。サジェスに手を上げようとした、とんでもない店主がいるところだ。

 でもこんなに繁盛してるってことは、それだけ味がいいってことなんだろう。店の在り方としては最悪だけど、それを帳消しにする味を誇っているのかもしれない。


「……やべ。行かなきゃな」


 俺は市場へ急いだ。



 籠にはどっさり野菜が入っている。無事買えたのはいいが、これを持ちながらまたダッシュするのはきつい。だってめちゃくちゃ重い。誰か人手がほしい。


(けど、店も手一杯だし……仕方ないかもな)


 よし、頑張るか。なんとかなるだろ。今までもなんとかなったし。

「ほっ……おっ……!?」

 かろうじて歩くことは出来る。でも重みでバランスを崩してしまう。これで走るのは無理じゃない? 歩くのもやっとなのにさ。


(早く帰らないといけないのに……! 俺は非力すぎる……! こんなことならもっと鍛えておけばよかった……! マジでこれ……どうすりゃいいの……!? 頼むから、そんな目で俺を見ないでくれ……!)


 籠いっぱいに野菜を背負う俺は、とても目立つ。周りの視線が痛い。そんな目をするなら助けてくれ。

 やっとの思いで市場を出て、人通りの少ない住宅街へと入る。はあ……店はまだまだ先だな……

 汗を拭いながら進むと、ふと目立たない路地に人がいるのを見かける。あれは……フルールの店主か? 店やってるのになんでこんな所に? それともう一人……


(……は!? おま、え? な、え? どういうことだよおい……)


 フルールの店主と一緒に居たのは、昨日の悪魔……ヌヴェルだった。


(あいつ……なんでこんな所にいるんだよ!)


 何やら話し込んでいて、俺が見ていることには気付いてない様子。疑問は山ほど湧いてくるが、無闇に突っ込むのもよくない。あの悪魔のことだ、最悪殺される。

 けどどうしても気になってしまう。結局俺は好奇心に負けてしまい、そっと隠れながら二人の会話を盗み聞きした。


「……聞いてない! あんなに客が来るなんて……おかげで、店の食材が尽きかけている! なんとかしろ、これ以上客が来たら店は閉めざるを得なくなる!」

「『客がたくさん来るように』願ったのは、貴方ではありせんか。願いは叶ったのに、何が不満なんです?」

「限度があるだろう! うちの従業員だけでは手が足りないんだ!」

「また新しく雇えばいいのでは?」

「雇う? 給料がもったいないではないか! そうだ、人を操ることが出来るのなら、うちの店で働かすことも出来るだろう? そうすれば……」

「それは出来ません。私が出来るのは、あくまでも人の『誘導』のみ。洗脳して店の近くまで人を集めることは出来ますが、それ以上の命令は出来ません。何せ、『洗脳』とは相手の思考力を奪うことですから。高度な命令をこなすための知力は、洗脳状態にある人には無いんですよ」


 何処か楽しそうな表情で悪魔は笑う。何がおかしい。何故そんな顔が出来るんだ。

 それにしても、今の話をまとめると……? 店にたくさん客が来たのは、あいつのせいってことか? シシ堂の客が増えたのは嬉しいけど、これは嬉しくない。

 だって客は操られていたんだ。客が増えたのは、店の手柄じゃない。


(じゃあ、昨日俺とリルンが見た変な奴らも……)


 洗脳されてた人たちってことか。

 それにしても、これはまずいことを聞いてしまった。え? これ、俺が聞いてたことバレたらマジで殺されるんじゃない? それくらいやばい案件じゃない?


(やば……さっさと帰ろ)


 野菜も早く持って帰らないといけないしな?

 俺は二人から視線を戻し、再び店を目指した。


(はあ……それにしても気付かれなくてラッキーだったな。ほんと、命がいくつあっても足りないな)


 異世界って過酷だな。

 そんなことを思いながら、俺は店に戻った。

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