第30話 仇
さっそく、モンスターが居そうな所へ向かった俺たち。しかし勢いに任せて飛び出したため、だいぶ見当外れの所へ来てしまったようだ。
「こ、ここは何処だ……」
気付けば辺りには木しかない。木しかない、ということは森の中なんだろうが、生憎ここが何処の森なのかわからない。
この街に来る前に通った森とは違う。木の形もなんとなく違うし、森の雰囲気もなんとなく違う。森に詳しいわけじゃないから、なんとなくしかわからないけど。
「……リルン、実は……」
「はあ!? 迷ったとかやめろよ?」
「いや……そのまさかで迷った……」
「なんだよそれ! ふざけんなよ!?」
「いやお前もなんか着いてきてたよな!? 人のこと言えないよな!? だったらお前が案内しろや!」
「あたしが知るわけねーだろ!? この街のことをよく知ってるわけじゃねーんだからよ! あたしを当てにするな!」
「開き直るんじゃねえ! だったらお前も俺を当てにすんな! こちとら『召喚』された異世界初心者なんだぞ!?」
何をぎゃあぎゃあ騒いでいるんだろう、俺たちは。近所迷惑にならないか? いや、森の中だから関係ないか……
するとリルンは突然口を閉ざし、真剣な表情で俺を制止する。
「トウマ……」
「あ!? なんだよ!」
「ちょっと黙れ……何か聞こえないか?」
「は……? 何も聞こえねえけど?」
「いや、確かに聞こえた。ここにはあたしたち以外にも、誰か居る」
そう言われて辺りを見渡すが、人が居るような気配は無い。
「お前の気のせいじゃないか?」
「あたしの勘を舐めるな。あたしの勘は結構当たるんだぜ?」
なんかそれ、出会った時にも聞いたような……
それにしても、こんな所に人がいるなんて思えない。ここは森の中だ。こんな時間にこんな場所で、一体何をしようって言うんだ? モンスターが出るかもしれないし、危険なのに……
リルンは俺の先頭に立って、歩み始めた。リルンの意図が読めないまま、俺はその後を付いていく。リルンはその後、草が生い茂った所に入って身を屈めた。
「……! 待て。あれだ、あたしが感じたのはあいつらの気配だ」
「獣みたいに言うなって……気配を感じるとか動物かよ……どれどれ?」
俺もリルンと同じように身を屈め、リルンが指した方向を見る。草の間から見えたのは、数人の男女。しかし何処か様子がおかしい。ふらふらしてるし、虚ろな顔をしている。
「なんだよあいつら……リルン、お前の知り合いか?」
「は!? あたしをあいつらと同類にすんなよ!」
「いや見るからにあいつらやばそうだしさ……ああいうの、お前の案件だろ?」
「なんだよあたしの案件って! わけわかんねえ!」
「明らかにやばい薬とかやってないかあれ……? ほら、お前やばそうな奴とつるんでたし、ああいう人間はむしろお前の仲間なのかと」
「一緒にするんじゃねえ!」
がさっ。
と、背後から音がする。
「おや? こんな所で何をしているんですか?」
振り向くとそこには、昨日の悪魔――ヌヴェルが怪しげな笑みを浮かべ、俺たちを見下ろしていた。
「お、おま……!? なんでここに……!?」
「それはこちらの台詞です。お二人で何を?」
「か、関係ないだろお前には!」
「関係あるんですよ。とにかくこの場から早く立ち去ってください。さもなくば……命の保証はありませんよ」
「は……!?」
昨日の今日でなんだこいつは。俺とリルンは、ここに居るってだけで殺されなくちゃいけないのか? 冗談じゃねえよ。殺されるのはごめんだ。
俺が腰を上げようとすると、ヌヴェルの後ろから見覚えのある顔が現れる。
「ヌヴェルー、『操り人形』の準備は整ったけど……次に何をすればいい?」
「……! 『操り人形』……!?」
エルトだ。サジェスの友達だった、あの少年。
それにしても操り人形って? 声に出して気付く。多分あの人たちのことだ。こいつらがあの人たちを、操っていたってことか。
「……まさか、あいつらが変なのはこいつらの仕業……!?」
「そのまさかだリルン。こいつら……人間を操ることが出来るらしい」
「……余計なことを」
ため息をつき、ヌヴェルはエルトを睨んだ。その目に怯み、エルトは肩を震わせる。
「え……? ぼ、僕何か変なことしちゃった?」
「全く、俺の手を煩わすことしかしないなお前は。本当にお前は使えない」
「あ……え? ご、ごめんヌヴェル。ごめんなさい。謝るから、許して……?」
「『許す』? はあ……お前は俺に何を許してほしいんだ? 俺がこんなこと言う理由さえ、お前はわかっていないだろう。お前は何に対して謝っているんだ?」
「ご、ごめんなさ……わ、わかんないです……」
「わからないのに謝った? はっ、世界一無駄な謝罪だな」
エルトはとうとう泣き出してしまった。そんなエルトを軽蔑するかのように、ヌヴェルは顔を歪ませる。
……こ、これは? よくわからんけど、こっから逃げるチャンスでは? よし、この隙にとっととトンズラを……
「待ちなさい。知られてしまった以上、大人しく帰すわけにはいきません」
ヌヴェルが俺たちを制止する。月明かりのせいか、眼鏡が怪しく反射し、俺は恐怖でその場から動けなくなる。
これやばいやつ、じゃん?
「エルト、この二人を……」
「わかった! わかったよヌヴェル! この二人を殺しちゃえばいいんだよね?」
「……うるさい、騒ぐな。わかったならとっとと殺れ」
請うような目を向けるエルトを置いて、ヌヴェルは去ってしまった。
な、なんだあいつ……怖……! てか、この二人仲間……だよな? この二人の間に、ただならぬ主従関係というか、上下関係が見えるんだが……
ヌヴェルの姿が完全に見えなくなったあと、エルトはものすごい顔で俺たちを睨み付けてきた。
「……ああもう! お前らのせいで! ヌヴェルに怒られちゃったじゃないか!」
とんでもない逆ギレである。いや……そんなこと言われたってな……
「……こいつをどうにかしないと、まずい感じか?」
「……そうみたいだな」
リルンの問いに、俺はそう答える。これは戦わなきゃいけないパターンだ。気は進まないが、仕方ない。
俺は短剣を構え、リルンも腰の棒を鎌に変化させた。
「死ねえええええ!」
エルトはまず、俺目がけて突進してきた。武器はない。あの時と同じように、素手で戦うつもりのようだ。
俺はエルトの右ストレートを避け、右手に持つ短剣を振るう。しかしエルトの動きは素早く、いとも簡単に避けられてしまった。
「遅いんだよ!」
エルトは左足で俺の右手を蹴り上げた。その衝撃で俺は右手の剣を落としてしまう。剣は何処かへ転がっていった。
「ぐっ……!」
「この野郎!」
攻撃の機会を伺っていたリルンは、エルトが俺に気を取られている隙に鎌を振り下ろそうとする。が……
「馬鹿なの?」
いともあっさり避けられ、背後に回られる。
エルトはリルンを後ろから殴った。リルンはその衝撃で前に倒れる。
「あっ!?」
「なんでわざわざ声出してこっち来るかな? 黙って攻撃すれば、気付かれないかもしれないのに」
「この……っ!」
リルンは体勢を立て直し、大きくジャンプした。
そして、
「さっきからうぜえんだよ!」
鎌から炎が上がった。
リルンはエルト目がけて鎌を振り下ろす。しかし、エルトはそれを避けた。
「そんな攻撃当たるわけな……」
エルトが後ろの「俺の方へ」避けた瞬間、俺はすかさず右手の短剣を振るう。
「え」
エルトの真っ黒い服は、俺の一撃を受けて引き裂かれた。背中にはざっくりと斬れた痕が残る。
そこから見えるのは、赤黒い血。
「馬鹿はどっちだ」
油断した方の負けだ。そんぐらい、わかるだろ。
俺の目はエルトを真っ直ぐ捉え、そのまま奴の首元へ短剣を突き刺す。
「ぁっ……!?」
声にならない叫びを上げるそいつに構わず、一気に剣を引き抜いた。
奴の首からは血が噴き出し、辺りを赤く染める。もちろん、俺も赤く染まった。
リルンは特性を消し、俺に近付く。
「トウマ! お前……」
「……こいつは、俺の仇でもあるからな」
――悪魔になんか出会わなければ、未来の俺があんな結末を迎えることもなかったのだから。
そんなこと言っても仕方ないけど、そう思わずにはいられない。あの俺も、悪魔なんかに出会わなければ、もっと違う生き方をしたんじゃないか……そんな思いが頭の中を駆け巡るのだ。
首に手を押さえて悶え苦しむエルトは、涙目で俺たちを睨む。何かを言っているようだが、口から漏れるのは息にならない息ばかり。このまま放っておいたら死ぬだろうか。
「……リルン、行こう」
「こいつはどうするんだよ?」
「……放っておく。何もしなくても、こいつは多分……」
その先を言わずに、俺はさっき落とした剣を拾う。ああ、こんな所にあったのか。
この攻撃が当たったのはまぐれだ。半分はリルンのおかげである。鎌から出た炎に気を取られ、あいつは俺の方へ飛び込んできたのだから。
だからこれは注意を引き付けてくれた、リルンの手柄だ。まあ、本人に自覚は全く無いだろうが。だがしかし……
(……悪魔を斬るのは、なんだか胸糞悪い)
仇だとはいえ、サジェスの友達だからか? それとも、悪魔はモンスターと違って人の形をしているから?
(……考えても仕方ない。俺はモンスターを狩りに来たんだ。いつまでも、こんな所にいるわけにもいかない。さっさと行こう)
「……トウマ? どうした?」
「なんでもない」
俺とリルンはその場から立ち去り、モンスターを狩りに出かけた。
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