第28話 決着
痛い、痛い、なんだこれは。今までで経験した痛みの中で、一番痛いぞこれ。倒れ込んだ俺を嘲笑うかのように、奴は見下ろす。
「……これでいい」
何がよかったんだよ。全然よくねえよ、人を刺しといてそりゃあねえだろ。言いたいことはたくさんあるが、何せ身体が動かない。
奴は倒れている俺とリルンを置いて、ネトムの方へ歩みを進める。ネトムはすっかり怯えていて、その場から一歩も動こうとしなかった。
「ネトム、俺はずっと謝りたかったんだ。あの時から、ずっと後悔していたんだよ。あの日……俺がお前を売った日だ。ずっと、やり直したいと思っていたんだ」
「ち、近付くなよ……怖いんだよ……」
「全てに気付いた時は、もう遅かった。お前は『悪魔』として、処刑されたあとだった。俺、ほんと馬鹿だったんだよ。ロクな根拠も無いのに、お前を悪魔だと決めつけてさ」
奴は涙を流していた。それをネトムはどう感じたのだろう。この角度では、ネトムの表情はよくわからない。
奴の独白は続く。
「意味も無く、ここまで老いて……でも俺は、老いた先に……あの悪魔と契約して、過去に飛ばしてもらったんだ」
そう嘆く奴が、なんだか不憫に思えてくる。こいつはリルンや俺を刺したのに。
「でも……お前が救われて、本当によかった……これで、これで俺は……」
とうとう奴は崩れ落ちた。今まで言っていたことに信憑性があるかどうかは別だが、これが演技だとも思えない。
「過去の俺が死ねば、俺がしてきたことも償える。過去の俺が死ねば、お前がこうやって囚われることもない。ネトム、これでお前は……」
その先に何を言おうとしたんだ。
ていうか、過去の俺を殺して終わりとか……そりゃないだろ。そんな終わり方ってアリなのか? 冗談じゃねえよ、俺からすれば。刺された立場から言わせれば、ふざけんじゃねえって話だよ。
「お前、さっきから聞いてれば……勝手なことを……」
俺は身体の底から力を振り絞って、剣を取り立ち上がる。よろけているが、しっかりと。奴は驚いたような顔をして、こちらを見た。
「……まだ動けるのか」
「こんな所で、死んで、たまるかよ……!」
「何もしなくても、直にお前は死ぬ。お前に出来ることなど何もない」
「……確かに、そうかもしれねえけど……さっきから聞いてりゃ、勝手なことばかり……それに、償いとかなんだか、知らねえけど……お前が今していることが、償いになんのかよ……! こんなことが償いに? 俺たちをいたぶることが、償いに……?」
俺は奴を真っ直ぐ見つめる。
「こっちからすれば、たまったもんじゃねえ! それに俺は、お前に殺されるわけにはいかねえんだよ!」
そう叫んだ瞬間、俺の腕に力がこもる。全身が焼き付くほど熱く、身体の底から力が湧き上がってくるこの感覚。間違いない、特性だ。
俺は強く両手の剣を握りしめ、奴に向かって斬りかかる。
「!」
奴は俺の動きに反応して、俺の攻撃を受け止める。しかしそれも長くは続かず、俺は奴の剣を振り落とした。
そして、奴の首に剣先を向ける。
「……俺たちを元の世界に戻せ」
「……殺さないのか?」
「俺はまだ、犯罪者になるわけにはいかねえ」
「そういうとこだぞ、お前の甘いところは……」
「いいから早くしろ。このままじゃ、リルンがやばい」
リルンが本当に手遅れになる。早く元の世界に戻って治療しないと、本当にリルンが死んでしまう。
その訴えに、奴は何処か諦めたような視線を送る。
「……元の世界に帰りたいのなら、俺を殺せ」
そしてそう言ったのだった。
「……は?」
「この空間は、俺が指示してヌヴェルに作らせたものだ……だから、指示した俺が死ねば、この空間も自動的に消滅する……主人がいなくなったら、あの悪魔はこの空間を維持する必要がないからな」
「それ……本気で言ってんのかよ?」
「俺が今、嘘をついてどうするんだ」
剣先は奴の首に向けたまま。奴はじっと俺を見つめている。
確かに奴が今嘘をついて、得することは何もない。しかしその言葉を鵜呑みにしていいのか? 奴の言ってることは、信用に値するものか? だって、未来の俺とか言う奴だぞ? どう考えても、信用出来ないだろ。
――でもこいつ、俺の本名を知っているんだよな。
「……そんなこと言われても、出来ねえよ……人を殺すなんてさ」
「何言ってやがる。モンスターや悪魔には、その刃を振るえたじゃないか」
「あれは……本気で殺す勢いじゃねえと、俺がやられるし……」
「今もそういう状況だ、何がそんなにお前を迷わせる?」
その問いに、俺はこう答えた。
「だって……お前、泣いてるじゃねえかよ」
同情心でも生まれたか。どうして俺は躊躇うんだ。奴は今剣を持ってないし、俺はいつでも奴を斬れる。それなのに、何故その首を斬ることが出来ないんだ。
手先を震わせてる俺に、奴は小馬鹿にするような視線を向ける。
「はは……本当に昔の俺は愚かだな。ここまでとは……自分で情けなくなってくる」
「……なあ、一つ聞いていいか。未来の俺なら、わかるだろ? 俺が一番嫌いなことはなんだ?」
「……『貧乏』か?」
「ああそうだよ、わかってるじゃねえか……」
こいつ、本当に俺なのかもしれない。
「俺は貧乏が嫌いだ。こんな……心が貧しくなること、出来ねえよ」
何よりも嫌いなもの、それは「貧乏」だ。貧しさを知っているから、もう二度とあんな生活には戻りたくないし、人を傷付けるようなことはしたくない。
気付けば俺も涙を流していた。その涙を見て奴は、静かに笑う。
「……全く、どうしようもない奴だな」
「お前に言われたくない」
「『過去の俺』はそういう選択をしたか……へは、へへはは……自分で自分がおかしくなってくるな」
「何がおかしいんだ」
「まあ、そう言うなって。でもまあ……その答えを聞いて、少し安心したよ。過去の俺にまだ……そんな考えが残っていたことが知れてよかった……お前を殺して俺も死のうとしたが、気が変わった」
そう言って奴は――自ら首を剣先に突き刺した。
「おいお前! 何を……!」
「……い、いいんだよこれで。これで、お前らは、元の世界に戻れる……」
「おま……!」
「こんな俺に、なるんじゃ、ねえ……俺の、未来を変えてくれ……頼、む……」
そう言って奴は倒れる。目の前で起きたことが、嘘のようだ。こんなことってあるか? こういう展開、誰が予想出来た?
「ぐっ……!」
力が抜けていき、俺も倒れる。今までは特性でギリギリ身体を保っていたが、どうやらそれも限界を迎えたようだ。
意識を失う瞬間、光に包まれたような気がした。
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