第27話 絶体絶命
ふざけるのも大概にしろ。そうそいつに言ってやりたかったが、言葉が出てこなかった。あまりに突拍子もないことを言うので、反応に時間がかかってしまったのだ。
俺もリルンもネトムも、そいつの言葉に目を見開いている。
一番最初に沈黙を破ったのは俺だった。
「……な、何言ってんだよ」
「聞こえなかったのか? 俺はお前だ、『高山冬真』だ」
「は……? おま、ふざけんてんのか? 俺がお前……? そんなことあるわけ……」
「そんなことあるんだよ。まあ……すぐに受け入れられるとは思ってない。そもそも、こんな風に正体をバラすつもりもなかったからな」
「嘘をつくな! 俺たちを混乱させるのが目的か? その手には乗らねえぞ!」
「やれやれ……強情な奴だな。自分がこうだと思ったら、絶対その意思を曲げない……お前はそのせいで、人を失いかけたのに」
痛いところを突いてきた。人を失いかけたというのは、ネトムのことか。
そうだ、確かに俺は向こう見ずなところがあって、そのせいでかなり損をしている。自分では慎重だと思っているけど、結構短絡的なところはある。
あながちこいつの言ってることも、間違いではない。しかし、こいつが自分だとはどうしても思えないし、思いたくなかった。
「だ、大体! お前と俺は年齢が全然違うだろ!?」
「俺はお前の未来の姿だ」
「そんなん信じられるわけないだろ!」
「じゃあ、これでどうだ?」
そいつはフードをとり、顔を露にした。
「どうだ、面影あるだろう?」
面影も何も……頭は白いし、顔もしわだらけで俺の要素なんて一つもない。俺こんなに目が垂れ下がってたっけ? 俺はあんな髭なんて生やしてないし、どう見ても偽物だ。
「……全然似てねえよ。ていうか、今時そういうの流行んねえよ。未来から来たとか、頭大丈夫か?」
「人を煽ることだけは上手いんだな、昔の俺は……大体お前は、今までにも非日常的なことに遭遇してきただろう。召喚、特性、悪魔……それらを受け入れて、何故目の前のことが受け入れられないんだ?」
「……なんなんだよお前」
本格的に苛立ってきた。こいつとは話が通じそうにない。
俺の苛立ちに気付いたのか、自分も腹が立っていたのか、リルンは俺にこう
「トウマ! こいつと話しても無駄だ! それよりも早く元の世界に帰ろうぜ!」
確かに。俺たちがこの場に留まる理由はもうないのだ。ここは早いところ撤退した方がいい。いつまでもこいつと喋っていると、頭がおかしくなりそうだ。
しかし奴は、そんな俺たちを滑稽だと言わんばかりに嘲笑う。
「帰すわけないだろうが……そもそもここには、ヌヴェルの力で来たんだぞ? お前たちはどうやって帰るんだ」
「そ、それは……!」
「帰る方法なんてないんだ。ここに来た時点でもう打つ手無し。残念だったな、お前たちはもう……」
目の前の奴がそう言いかけた瞬間、鎌を持ったリルンが飛び出した。
そして、
「ふざけんじゃねえええええ!」
奴を斬った。
奴も生身の人間だったらしい。肩から胸に及ぶまで、ざっくり斬れた痕からは赤い血が吹き出した。リルンは手加減したのか、致命傷までには至ってないらしい。奴は呻き、傷を押さえてその場に座り込んだ。
「がはっ……おま、ほ、ほんとに斬りやがったな……」
「死にたくないなら、あたしたちを元の世界に帰せ」
「脅すのか、俺を」
「あんたが売った鎌で斬られるとか、皮肉だよな」
「こんなことなら、鎌なんて売らなきゃよかったな……はは、お前が俺の知り合いだとわかっていれば……絶対に売らなかっただろうな……」
自嘲するそいつに、俺はこう言い放つ。
「……お前は、リルンを知らない。それも、俺がお前を否定する要素の一つだ。本当に俺だったら絶対知ってるし、絶対忘れない」
「絶対忘れない……ねえ。年とると、忘れたくないことも忘れていくもんだ。それに……俺は、ヌヴェルの力で過去に戻っている。『過去戻り』の代償は……記憶だ。過去に行ける代わりに、俺は記憶を無くす……その記憶が大事だろうと、そうじゃなかろうと……な」
血はまだ止まらない。このままだと、こいつは死ぬのか? 致命傷じゃないとはいえ、出血多量でそのまま死ぬんじゃないか? そう思わせるほど、目の前のこいつは弱っていた。
だけど、俺は何も感じない。目の前で死にそうな人間がいるってのに、俺は至って冷静だった。自分でも不思議なくらいだ。
「へへは……お前、これで勝ったと思ってるだろ? でも、そうじゃないんだよな!」
そう言って奴は立ち上がる。立ち上がった奴は、狂気に満ちた笑顔を浮かべていた。奴を包む黒いオーラがはっきりと見える。目から黒い光を走らせ、ギラギラと獲物を狩るような視線を俺たちに向ける。
「無謀でもやるしかない……斬られた以上、黙ってはいられないな……とりあえず、お前は死ね」
リルンを指して、そいつは冷たく言い放った。
言い放ったかと思った瞬間、奴は腰から錆びた短剣を二本取りだし、リルンに向かって走り込む。
咄嗟のことで上手く反応出来ない。完全に油断していた。リルンを守らなくては。俺が奴の攻撃圏内に入ると、奴は右の短剣で俺の腹を斬り、左の短剣でリルンの頬を斬った。その斬り込みは弱いが、痛い。
俺とリルンは一瞬苦痛に顔を歪めるが、すぐに体勢を立て直す。次の一撃を食らう前に、俺は二本の剣で奴の攻撃を受け止める。
(俺が二本で相手は一本なのに……押されてる!?)
リルンは俺に気を取られている隙に、奴の首目掛けて鎌を振るう。しかし奴は上へ飛び上がり、その攻撃をかわす。なんて身のこなし方だ。老人とは思えないし、人間とも思えない。
「このっ……いちいち腹立つ奴だなあ!」
リルンは当たると思っていた攻撃が外れたのが悔しかったのか、青筋を立てて怒りを露にしている。そして、リルンの特性が発動した。
鎌は激しく燃え上がり、俺のいる距離でもその熱が伝わってくる。
「こんのっっっ!」
奴の着地点に先回りするリルン。そして奴の足が地に着く直前、思いっきり鎌を振るう。さすがに奴も避けきれず、リルンの攻撃をモロに食らった。
しかし奴は後方に吹っ飛ばされても、大火傷を身体に負っても、俺たちに攻撃を仕掛けてくる。奴の身体は一体どうなっている。人間の域じゃねえだろ、これ。
「嘘だろ……!?」
「なんだ。この年になっても、案外いけるもんだな。それよりも……無駄口叩く暇なんてあるのか?」
驚愕するリルンの背後に回り、剣をリルンの首目掛けて刺そうとする。
「しまっ……」
そのリルンの声は、掻き消されてしまった。奴の剣はリルンの首に突き刺さり、リルンは声を上げることが出来なかったのだ。
「リルン!」
俺は駆け寄ろうとするが間に合わない。奴の剣は、そのままリルンの喉を斬った。
辺りは血塗れになる。リルンからは勢いよく血が噴き出した。俺は、バランスを崩し倒れたリルンを支える。
「おい! リルン! こういう時は出血を止めればいいのか!? いや、でもそれって首を絞めることに……!」
迷ってる時間は無い。俺は喋れなくなったリルンの首に、頭に巻いていた布を巻き付ける。首を絞めないように、けれど血を止めるように。
奴は俺がリルンの手当てをする様子を、馬鹿にするような目付きで見下ろしていた。
「……随分と熱心なんだな、俺は」
「……てめえ、絶対許さねえ」
手当ては終わった。リルンが生きてるかどうかはわからない。でも、生きていると信じて俺は奴に立ち向かう。
しかし奴は、俺の剣をことごとくかわしていった。
「はは、昔の自分との一騎打ちか! これはこれで面白いな!」
「何笑ってやがる!」
「だっておかしいだろ! こんな展開!」
激しい攻防は続く。俺もあいつも一歩も譲らない。けどなんだ? この感じ。まるで少し手加減をされているような、舐められてるような。
現にあいつは俺の攻撃を受けとめながら、ネトムの方を見やる。
「なあネトム! お前は何故、こんな奴らと一緒にいようとするんだ! 俺は絶対にお前を傷付けない、あの世界に何を望んでいる!」
奴の叫びにネトムの肩が反応する。
ネトムは怯えながらも、奴の目をしっかり見てこう言った。
「……俺は、楽しければそれでいいんだ。今の生活はスリルがあって、全然飽きないんだよ。こんなゲーム、今までにプレイしたことないからすごく楽しいんだ……なんて、これはゲームじゃないんだけどさ」
ゲーム? こんな時にまでふざけてんのか、あいつ。いや、そうでもなさそうだな。真剣に話してるっぽい。
「トウマたちはちょっと辛辣だけど、それもいい刺激になってるし、悪い気はしない。ま、特性は反則だと思うけどね。とにかく俺は、あの世界が好きなんだ。人も含めて、全部」
ネトムからこんな言葉が飛び出してくるとは思わなかった。いつも軽い感じのあいつから、こんな深い言葉……俺は奴に攻撃を続けながら、じっと耳を傾けていた。
「だから、ここに留まっているわけにはいかない。未来のトウマは俺を救ったつもりなのかもしれないけど、感謝なんてしないよ。だって君は、俺からあの世界を取り上げたんだ。俺からあんなスリルのある世界を奪うなんて、拷問以外の何者でもない!」
ネトムが奴をはっきりと否定した、瞬間だった。奴はその言葉に固まってしまい、片方の剣を落とす。その凍りついた表情のまま、呆然と立ち尽くす。
「そうか……お前は、俺を否定するのか……じゃあ、俺が今までしてきたことは? お前に否定されたら、俺は終わりなんだよ……」
奴は項垂れる。チャンスだ、俺はそう思って奴の腹を斬りにかかる。
しかし、
「遅い」
奴は俺の後ろに素早く回り込み、剣を俺の背中に突き立てた。
気付いた時には、もう遅かった。俺は激痛の中、倒れていく。
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