第26話 誤解
俺がネトムを誤解していたこと、あいつはちゃんと許してくれるかなあ。悪魔呼ばわりされて、あのままだったら間違いなくあいつは「悪魔」と認定されていただろう。その場合、一体あいつはどうなったのだろうか。
少なくとも俺だったら、「ふざけんじゃねえ」って怒る。怒るどころか、摘発した奴を絶対許さないし、一発二発ぶん殴ってる。
(そう考えると、あいつが現れたのはネトムにとってラッキーだったんだな)
この状況を作り出したあいつが、ネトムを救ったことになる。正体不明の不審者に感謝することがあるなんてな。
俺とリルンは、だいぶ後方にいるであろうヒールさんとサジェスのところに向かう。空間が変化しているのか、最初と比べて入り組んでいる。どうなっているんだここは。
ガラクタが行く手を阻む中、俺はガラクタに埋もれた金髪を見つける。
「ネ、ネトム!」
びくっと肩を震わせて、こちらを振り返るネトム。そのせいでガラクタが軋む音が鳴る。心なしか、少し怯えているように見えた。
ネトムはガラクタの中から這い上がり、俺の目の前に立つ。
「トウマ……見つかっちゃったか。バレないと思ったのに」
「お前、髪の毛隠せてないからバレバレだぞ……そこで何やってるんだよ」
「見ての通り、あの変態から身を隠していたんだよ。あいつが足遅くてよかった。おかげで上手く逃げ切れたよ」
どうしてそんな余裕ぶった態度を取るんだ。何故笑えるんだ、この状況で。今までの俺なら、不気味に思ったり怪しんだりしただろう。でも、今ならわかる。
「リルンから聞いた……ネトム、俺はお前のことずっと誤解してた。ごめん……」
「え? どしたのいきなり?」
「そうやって余裕そうな表情を浮かべているけど、本当は無理をしているんだろ? そうだよな。いきなりこんなことになって、誰にも頼れなくて……つい、『自分は大丈夫』って虚勢張っちゃうよな」
「な、なんの話?」
「皆まで言わなくてもわかる。同じ異世界転生者同士、お前の気持ちはよーくわかる。今まで、大変だったな。ネトム……」
突然の俺の態度の変わりよう、また異世界転生したことへの指摘を受けて、ネトムは随分と動揺していた。そうだよな、いきなりこんなこと言われて……手のひらを返すようなこと言われて、混乱もするよな。
これからはもっと、ネトムに寄り添ってあげよう。今まで冷たかった分、今後はもっと優しくしよう。
「ネトム、これからは俺がお前の味方になってやるから、安心してほ……」
「いや、トウマ。ごめん、そういうの無理」
え? そんな真顔になんないで?
「俺、トウマにそういうの求めてるわけじゃないんだよね。それに別に無理してるわけじゃないし、むしろ気ままにやってるし……」
「え!? え!? 今までの怪しい雰囲気は、余裕のない自分を隠すための演技じゃなかったの!?」
「そんなつもりはなかったんだけど……」
「ん!? じゃああれ全部素なの!? いや絶対お前人に誤解されるタイプじゃん! 今までも結構対人トラブルあったんじゃないの!?」
「……なんでトウマに、そんなこと言われなくちゃならないのさ!」
ネトムがこんな大声出すの、初めて見た。気にしてたのかな、じゃなくて。
「あのさ! ここはさ! いがみ合っていた人たちの誤解が解けて、お互いに手を取り合う場面じゃないの!? 感動的なシーンじゃないの!?」
「それトウマの妄想でしょ? ってか、トウマっていちいち上から目線じゃない? そういうとこだよ、ほんと」
「そういうとこってなんだよ! そういうとこって! まるで俺が悪いみたいじゃないか!」
「現に君は悪いんだよ! 性格が!」
「なっ……人がせっかく寄り添おうとしているのに……! やっぱお前と協力なんて無理だわ! お前嫌いだわ!」
「ほら! また上から目線だよ! ほんとトウマってさあ、自分勝手っていうか偉そうっていうかさあ……てか、特性! 特性持ちとかずるくない? 俺持ってないんだけど!」
「そんなの知るか! ていうかそもそもの話! なんでもっと早く異世界転生者って言わなかったんだよ! 俺のことは気付いてたんだろ!?」
「それは、トウマが切り出しづらい雰囲気作るからだって! あんな警戒心丸出しで来られたら、こっちもうわってなるじゃん!? 半分は君のせいだよ!」
「じゃあ残りの半分はなんだ!」
「え!? じゃあ……タイミングだよタイミング!」
「『じゃあ』ってなんだよおおおお!」
お互いストレスが溜まっていたのか、言い争いはさらにヒートアップしていく。こんな風に喧嘩するの、リルン以外で初めてだ。
今や完全に蚊帳の外にいるリルン。ぽかんとした顔で、言い争う俺たちを見ていた。
「もおおおおお! あんたらいい加減にしろおおおお!」
掴み合いの喧嘩にまで発展していた俺たちに向かって、リルンは叫んだ。
「これ以上ごちゃごちゃ言うなら、その喉斬っちまうぞ!」
「待て待て待てストップストップタンマタンマ! 鎌はずるくない? それに味方に向けるもんじゃねえ! しまえええ!」
鎌を向けるリルン。こいつは本気でやりかねない。俺は慌てて制止にかかり、リルンを取り押さえる。
その時、背後から息切れした老人の声が聞こえた。
「た、楽しそうなことを、してい、るじゃないか……」
なんでそんな息切らしてんの気持ち悪い。不審者度が上がっている。
俺たち三人は、警戒心を強める。ネトムと喧嘩している場合じゃねえ。
「ちょ、ちょっとさ……そこ、の……ネトムを……返してくれ、ない?」
「……こいつは物じゃない。お前の所有物じゃないんだぞ」
「や、やだなその言い方……気持ち悪いな……」
「気持ち悪いのはお前の方だ」
この感情を気持ち悪いと言う他に、なんて言うのか。ネトムはあまりの気持ち悪さに圧倒されたのか、俺の後ろに隠れている。
俺とリルンは各々の武器を構え、戦闘体制に入る。目の前の老人は諦めたのか、溜め息をついた。
「はあ……出来れば戦いたくないんだがな。どうしても戦おうというのか。お前は何故、そこまでこいつに執着するんだ?」
「俺はずっと、こいつに冷たく当たってきた……俺はずっとこいつのこと誤解してて、酷いこともたくさん言ってしまった……」
「……ほんとだよ」
「今めちゃくちゃ格好いいとこだから、口を挟むなよネトム!」
聞こえないように言ったのかもしれないけど、ばっちり聞こえてたからな!?
「俺とこいつは仲間なんだ、そう簡単にお前に引き渡すわけにはいかねえんだよ!」
「……」
「ま! 正直こいつに関しては、気に入らないところの方が多いけどな!」
「それ言っちゃうの?」
後ろから俺を覗き込むネトム。しょうがないだろ、事実なんだから。
「…………お前は、本当に身勝手な奴だ」
老人はゆっくりと口を開いた。
その声はおどろおどろしく、憎しみに溢れているような――俺に対するとてつもない憎悪を感じた。
「本当に、本当に、お前はいつもいつもそうだ。思い込みが激しくて、そのくせ勝手で……その『勝手』のせいで、どれだけ人に迷惑をかけたか……」
何を言っているんだこいつ。まるで、俺のことを知っているかのような口振りじゃないか。
こいつ、俺の何を知っていると言うんだ。
「……知った風な口を利くんだな」
「俺はお前を誰よりも知っているからな」
「……どういう意味だ?」
俺の疑問に、奴はこう答えた。
「俺はお前だからだ」
……その返答に動揺したのは、俺だけじゃあるまい。
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