第25話 黒幕は

 僕は左手に本を構える。僕の特性がエルトに通用するとは思えないけど、念のため。だって僕にはこれしかないのだから。


「その特性で僕に敵うとは思えないけどねえ」

「……エルトは僕を殺すのですか。もしそうであるのなら、理由も聞きたいですね」


 僕の疑問に不敵な笑みを浮かべるエルト。その笑みに昔の面影はない。エルトは本当に悪魔に堕ちてしまったのか。

 この場合、本になんて書けばいいのだろうか。最善の方法はなんだ? 僕はどうすればいい? いろんな考えが頭をよぎる中、エルトは目を細める。


「……それって、死にたくないってこと? もしかして、わざと会話を長引かせようとしてる?」

「いいえ。ただの素朴な疑問です。それにもし死ぬのなら、その疑問を解消してから死にたいですね」

「ははは、相変わらず子供らしくないことを言うね」

「そちらもまだ子供でしょう。お互い様では?」

「僕はもう子供じゃない」


 何故そう言い切れるのか、そう尋ねようとすると、エルトは見せつけるように両手を広げる。


「見ての通り、僕はもう子供じゃない。ヌヴェルに大人にしてもらったんだ」

「大人に、してもらう?」

「ヌヴェルはすごいんだよ。時間を操れる。だから僕の時間をちょっとだけ進めてもらって、今の姿になったんだ。僕はもう、無力な子供じゃないんだよ」


 ヌヴェルとは、さっき姿を現した長身の男のことだろうか。

 それにしても何故、そんな風に勝ち誇った笑みを浮かべるのか。そんなに大人になりたかったのか。疑問は尽きない。ありとあらゆる疑問をぶつけたいが、そんな余裕は無い。

 ヒールさんは考えを巡らす僕に、そっと近寄った。


「サジェス君、あの子は貴方の昔の友達なのかもしれないけど……この場では完全に『敵』よ、油断しないで。いつ襲って来るのかわからないわ」

「……わかってます」


 ヒールさんの言う通りだ。僕はいつ殺されてもおかしくない。でも、エルトが僕を殺すなんてことはしないと、何処かで信じている自分もいる。こんな時に、そんな甘い感情捨てるべきなのに。捨て去ることが出来ない。


「向こうが仕掛けてこないのなら、こちらから行くしかないわね」

「こちらから仕掛ける必要があるのですか?」

「相手は悪魔なの。殺すべき対象なのよ。ここでこの機会を逃すわけには……」

「待ってください。悪魔を倒して、僕たちが無事に帰れる保証があるのですか?」

「逆に聞くけど、あいつを殺さないで帰れる保証があるの?」


 そう言われてしまうと……いや、冷静になるんだ。こんな状況だからこそ、落ち着いて状況分析に努めるべきだ。


「何二人でこそこそ話してんのさ。気に食わない。いいからここで死んで。それが『命令』なんだからさ!」


 エルトは僕たちを睨み、こちらに突っ込んで来た。素手で殴りに来るか。武器も何も持たず、拳でケリをつけようと言うのか。なんという無謀な。でも丸腰で力もない僕には、効果覿面こうかてきめんだ。


「サジェス君!」


 ヒールさんが咄嗟に僕の盾になる。エルトの拳はヒールさんの脇腹に直撃した。


「うっ……」

「庇うんだ? ま、いいや。じゃあこっちから殺すから」


 ヒールさんは杖でエルトの拳を受けるが、押されている。全てを防御出来ず、いくつか食らっているので、ヒールさんの負担が大きい。

 対してサジェスは余裕の表情。このままではヒールさんが倒れてしまう。


「余所見をしていていいのですか?」


 背後から男の声。僕が驚いて振り向くと、そこには長身の男。エルトと同じように黒い服装に身を包む、「悪魔」がいた。


「貴方の特性は知ってますよ……まあ、その特性が今ここで役に立つとは思いませんがね」

「その子に手を出さないで!」

「おや、二人を相手するつもりですか? 少しは、身の程を弁えた方がいいですよ」


 ヒールさんが叫ぶが、男は全く相手にしようとしない。構わず僕に蹴りを入れようとしてくる。


(避けられない……!)


 さすがは悪魔と言うところか。僕はあまりの速さに対応出来ず、男の攻撃を直で受けてしまう。僕は後方に吹っ飛び、起き上がることが出来ない。


「サジェス君!」

「やっぱヌヴェルは強いね、すごいなあ」

「そんなこと言ってないで、貴方はそちらの攻撃に専念してくださ……」


 エルトとヌヴェルの会話を遮り、ヒールさんは僕を蹴ったヌヴェルに向かって走る。


「お前ら絶対許さねえええ!」


 ヒールさんが覚醒した。あの時のように。髪を乱し、ヌヴェルに向かって杖を振る。

 しかしその突然のことに対し、ヌヴェルは至って冷静にかわす。眼鏡を指でかけ直し、いかにも余裕な態度を見せつける。

 二人の攻防は続く。


「貴女、そんな顔もするんですね」

「……その顔、見覚えがある。五年前、城を襲ったのはお前だな?」

「だとしたらなんですか?」

「お前の! お前のせいで! 弟は死んだんだ! お前の起こした騒動のせいで、弟は!」

「見に覚えがありませんねえ」

「惚けるな! お前が城を攻撃したせいで、弟は……!」

「あの時、私は人を殺してはいません。それ、私のせいではありませんよね? ただの『事故』じゃないですか」

「『事故』だとお? そんな言葉で片付けるんじゃねえ! お前が殺したんだ!」


 ヌヴェルから鈍い音が聞こえたような気がした。ヒールさんの杖が当たったのだ。一瞬ヌヴェルは顔を歪めるが、すぐに表情を戻す。


「仇討ちのつもりですか? うちの主人といい、人間はなんて無意味なことを……」

「主人!? 親玉がいるのか!?」

「私たちは、その主人に呼ばれてこうやっているのですからね。ああ、全くもって面倒極まりないですよ。こんなわざわざ、『過去に戻って』……今度の主人は今まで以上に厄介ですね」


 過去に戻る? どういう意味だ?

 僕は思いきって、エルトに尋ねる。


「エルト、貴方たちの目的はなんですか。僕たちを殺すことですか」

「んー? 殺すのはついでに頼まれたから、しょうがなく。目的はあの金髪を持ち帰ることだよ」

「それはどういう……」

「エルト、余計なことを喋るんじゃない」


 ヌヴェルはエルトを睨む。エルトは僕を相手にすることをやめ、ヌヴェルの援護に回った。僕をどうにかする前に、ヒールさんを倒すことを優先したようだ。

 悪魔二人の視線から外れた、今が僕にとって最高の機会だ。しかし僕には何も出来ない。僕の特性は攻撃向きじゃない。今、僕に出来ることは考えることしか出来ない。


(エルトたちの主人……)


 ネトムさんを連れ去った、あれが親玉だろう。あの人が悪魔を動かしているに違いない。でもどうして、ネトムさんを連れ去った?


(過去に戻って……)


 あの悪魔が言っていたことが本当なら、悪魔も含めあの親玉は「未来」から来たことになる。過去を変えるために未来から来た? じゃあ、どんな過去を変えたかったんだろうか?


(思い出すんだ、あの人が言っていたことを……)



『間に合った、間に合った……へは、へへははは……』



 ……そうだ、あの人は最初に「間に合った」と言っていた。何に間に合ったんだ? あの時の僕たちは何をしていた? 確かあの時は、トウマさんがネトムさんが悪魔かもしれないって言って……



『ごめんなあ、ネトム。こんなことになって。でももう大丈夫だ。安心していい』



 この口振りは明らかに、ネトムさんのことを知っているものだ。あの人は何に対して謝った? まるで「こんなこと」になったのが、自分のせいとでも言うような……


 僕はその真実に気付いた瞬間、全身に雷が落ちるほどの衝撃を受けた。まさか、そんなことあるはずがない。でも、そうとしか考えられない。

 凍解氷釈とはよく言ったものだ。氷が解けるように、綺麗に疑問が解決した。ならば、僕が取るべき行動はただ一つ。通用するかどうかわからないが、可能性に賭ける。

 僕はペンを取り、左腕を切って本にこう記す。


「悪魔エルトとヌヴェルは、自分の主人であるトウマに嫌気が差し、命令を無視してその場を立ち去る」


 本が光るとともに、ヒールさんへの攻撃がやむ。

 そしてエルトとヌヴェルは、呆然として立ち尽くした。


「……そうだ、僕たちは何をしてるんだろう。こんな馬鹿馬鹿しいことに、付き合ってられないよ」

「……帰りましょう、エルト。これ以上時間を無駄にしたくありません」


 ヌヴェルが黒い渦を出現させると、二人はそこへ吸い込まれようとしていく。


「おい待てよ! 逃げんのかよ!」

「貴女と殺し合うのは時間の無駄です」


 ヒールさんの叫びに、ヌヴェルはそう答えて消えていく。

 エルトも消えようとしているその瞬間、僕は咄嗟にエルトにこう投げかけていた。


「待ってください! そもそも、何故エルトはそんなに大人になりたかったんですか!?」

「それは……」


 なんでだったかなあ。


 そう言って、エルトも消えていく。力無く笑うその笑みには、見覚えがあった。

 二人が去ったあとに残ったのは、苦々しさだけだった。こんな真相、だったなんて。僕の特性が通用したのがその証拠だ。


(黒幕はトウマさん、貴方だったんですね)


 僕とヒールさんは、そのまま倒れてしまった。

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