番外編 ネタばらし

 こいつのことは嫌いだ。それははっきり言える。

 でもなんであたしが今日一日、こいつと一緒に居なきゃなんねえんだ。


「ネトムとリルン、今日は二人でよろしくな」


 シシグマにそう言われ、渋々こいつと街に出る。「今日は二人で」って……そもそもこいつ、一体何をやってるんだ? 一人で行動することが多いし、なんか怪しい。

 ここは住宅街だし、変なことはしないだろうけど……


「リルンちゃんと一緒なんて嬉しいなあ」

「あたしは嬉しくねえ。ってか、その荷物はなんだ?」

「ん? これ? ああこれね。大事な『商品』だから」

「商品?」


 ネトムは大きな荷物をぶら下げていた。それに対してあたしは手ぶら。荷物を持てとも言われてないし、手伝うつもりはない。


「そ。デリバリーサービス的なあれ。俺が発案したんだけど」

「でり……?」

「あー、えーっとね。簡単に言えば、料理を家まで配達するシステムなんだけど……」

「……? そうか」


 一人でどっかに行ってたのは、それをやってたからか。ふーん。ご苦労なこった。あたしには絶対無理だな。


「でも、それってめんどくさくねえ?」

「面倒だよ?」

「じゃー、なんでそんなことやってんだよ」

「ちょっとでも店の売り上げに貢献したくてね。ま、自主的な営業活動って感じだな。強制されてるわけでもないし」

「やらなくてもいいことを、なんでわざわざやるんだよ」

「いやー俺、親方に借りがあるからさ」

「借り? 金でも借りたのか?」

「お金じゃ返しきれないもの、てとこかな」


 こいつのシシグマの間で何があったんだ。なんか色々ややこしそうだから聞かねえけど……


「着いた。まずはこの家。ごめんくださーい」


 ネトムはある家の前で立ち止まり、ドアを叩く。この家、そんなに金持ってるようには見えねえな。ちょっと薄汚れてるし、ボロっちいし、大丈夫かここ?

 そんなことを考えていると、ドアが開く。


「あらあら、今日もありがとねえ」

「お婆さん、これ今日の分っす。この前のやつはどうでしたか?」

「美味しかったわよ……って、婆さん呼びは止めてって言ったでしょう」

「あれ? そーでした? すんませんね、物覚えが悪いもんで」

「若いのにボケてんのかい? やあねえ、全く……あら、そちらのお嬢さんは?」

「ああ、新しい従業員っすよ」


 婆さんはあたしを凝視した。そんなに見んなよ。そう言ってやりたかったけど、その言葉は飲み込んだ。「我慢」ってやつだ。その我慢はトウマやシシグマから教わった。


「あらあら可愛らしいわねえ。ネトちゃんの恋人かしら?」

「え!? ちょ、そんな関係じゃ……」

「変な誤解すんなよ! こんな奴の恋人なんて、死んでもごめんだ!」


 焦るネトム。怒るあたし。前言撤回。こんなこと言われて我慢なんて出来るか。こいつと恋人? 冗談じゃねえ。


「あらあら、そんなに照れなくても」

「そんなんじゃねえよ!」

「いつもネトちゃんにはお世話になっているのよ。はい、今日のお代」

「話を聞け!」


 なんなんだよこの婆さんはよお! 全然こっちの話を聞かねえ。相手が婆さんじゃなきゃ、一発ぶん殴ってたかもしれねえな。

 まあ、お代はしっかり受け取ったけども。


「俺たちまだ寄る所あるんで、これでもう失礼するっすね」

「もっとゆっくりしていってもいいのに」

「そういうわけにはいかないんっすよ。仕事なんで。それじゃ!」


 ネトムとあたしは、それからあちこちの家を回った。ネトムは荷物から草を編んで作った包みを出して、色んな家に配っていった。


「ネトムさん、いつもありがとうございます」

「おお! 今日は彼女連れかい?」

「この前の、すごく美味しかったわ」

「また頼むぜ!」


 行く先々で、感謝の言葉をかけられる。ネトムと客のやり取りを見て、あたしは不思議な気持ちになった。なんだろう、こういうの。


(変なの……)


 なんでちょっと胸があったかくなるんだろう?



 最後の家の配達も終わり、あたしたちは店に戻ろうとする。

 街を練り歩く中、ネトムは躊躇いながらあたしに声をかけた。


「……ねえ、ちょっと聞いてもいいかな。君とトウマのこと」

「なんだよ?」

「えーっと……トウマとの関係について聞きたいんだけど……」


 あたしとトウマの関係? そう言われると、なんて説明したらいいのかわからない。もし説明するのなら、出会いから話さなきゃいけねえのか? めんどくせえ。


「なんでそんなこと聞くんだよ?」

「いやあ、ちょっと気になってね……あ、もしかしてそれってあんまり聞かれたくない感じ?」

「ていうか……説明が面倒。トウマに聞けよ」

「トウマが俺に話すとは思わないけど……じゃあさ、なんでトウマは頭に布を巻き付けているの? それもずっと」


 こいつめんどくせえな。なんであたしに聞くんだよ。てか、あたしが勝手にトウマのこと喋っていいのか? 喋ったらトウマにめちゃくちゃ怒られそうだ。

 ……ていうか、こいつまさか勘付いてるのか? トウマのこと。


「……あんたさ、何かトウマに思うところがあるのか?」

「ただ単に気になった、って言って納得してくれる?」

「無理だね。あんた、嘘くせえもん」

「はは、信用無いね俺って」


 そうやって笑って見せるけど、腹の中では何考えてんのかわかんねえ。不気味だ。その一言に尽きる。

 ネトムは真剣にあたしを見つめてこう言った。


「俺はさ、トウマがこの世界の人間じゃないと思っているよ」


 ……やっぱり、勘付いてやがったか。


「それに、君がトウマを庇うところから……君はトウマの正体を知っていて隠してる。違う?」

「別に庇ってねえよ」

「トウマがこの世界の人間じゃないってことは、否定しないんだね」

「っ……」


 ニヤニヤすんなよ、気持ち悪い。何企んでやがるんだ。いざとなれば、あたしの鎌の出番か?

 ……いや、なんであたし、こんなにムキになってるんだよ。別にトウマのこととか、関係無いのに。


「やっぱりかー。うん、思ってた通りだよ。だってトウマ、出会った時から他の人と雰囲気違うもん」

「……」

「あー、そんな警戒しないでよ。別にトウマをどうこうしよう、ってわけじゃないんだからさ」

「……じゃあなんだよ?」

「協力をしたくてね……同じ異世界転生者同士さ」


 ……は? 今こいつ、なんて言った?


「おい、それどういうことだ」

「今まで黙ってたけどね、俺も『召喚』されたんだよ」

「は……!? でもあんた、黒髪じゃ……」

「あーこれね。染めてんの。元は黒だよ」


 自身の金髪をいじりながら、そう答えるネトム。

 簡単に信用出来ねえ。でも、あたしに嘘ついてなんになるっていうんだ? こいつに何か利益はあるのか? まあ、ただ単にからかいたいって欲は満たせるかもしれねえけど。


「ほんとだよ? 俺さ、ネトゲしてたらいきなり異世界転生したの。信じられないよね、こんなの。自分でもまだびっくりしてるとこ、あるからさ」

「……嘘じゃないのか?」

「嘘じゃない嘘じゃない。第一、今嘘ついて俺にメリットある? ないでしょ?」

「めりっとってなんだよ!」

「う~~~ん……この世界のめんどくさいところはそこなんだよなあ……カタカナ語が通じる時と通じない時があるんだよねえ……厄介だなあ。トウマもそういう思いしてんのかな? ねえ、トウマって時々変な言葉を使ったりしない?」

「あいつはいつも変だ」

「……いや、そんなバッサリ言うとかわいそうじゃない? じゃなくてさ、なんかこう……聞き慣れない言葉を使ってたりさ」

「そう言われてもな……あいつはいつも変なことを言って、変なことをしてるから……」

「う~~~ん……トウマと同じ悩みを共有出来ると思ったのになあ」


 ネトムは考え込み、頭をかいた。

 しょうがないだろ、あいつが変なのは事実なんだからよ。


「……ま、いいや。トウマが異世界転生したってちゃんとわかっただけでも、結構な収穫だからね」

「トウマ本人に確かめたりしないのかよ?」

「トウマは警戒心強いからね……前に追及してもなかなかボロを出さなかったし、今追及しても、仲がこじれるだけだからさ」

「ふうん……」

「あ! そうそう一番聞きたいのはそれじゃなくて。特性のこと! ねえ、トウマってなんで特性持ってるの?」

「は!? それこそ本人に聞けよ!」

「聞いても教えてくれなかったんだよ。ねえ、俺も異世界転生したんだけど、トウマみたいに特性って現れると思う? てか、特性が出る人と出ない人の違いって何? トウマと俺の違いって何? ねえ、教えてよ!」

「顔を! 近付けるんじゃねえ!」


 こんなやり取りをしながら、あたしたちは店に戻った。

 こういううるさいとこ、トウマそっくりだ。もしかしたら召喚されたって話も、嘘じゃないのかもしれない……そう思った。



 店に戻る途中、ネトムは行きたい場所があると言って、店には真っ直ぐ戻らなかった。あたしだけでも店に戻ろうかと思ったけど、こいつは強引にあたしを「ある店」へ連れて行った。


「ここここ。オシャレでしょ? こういうとこ、女の子は好きじゃないの? この辺じゃ、有名な仕立て屋なんだけど……」


 生憎興味ない。

 ネトムが連れて来た場所は、小さな赤い店。なんだここは。ネトムは仕立て屋とか言ってたけど、要は服の店か?


 ネトムはドアを開け、中にいる人を呼ぶ。


「ごめんくださーい。シシ堂のネトムっすー、あのー、服を受け取りに来たんすけどー……」


 中は暗く、色々な布がそこらに落ちていた。棚にも布、床にも布。色とりどりの布が散らばっている。綺麗だけど汚い。

 床が軋む音が中からした。あくびをしながら、痩せ細った男の店主が顔を見せる。


「はいはいどなた~? あれっ、ネトムさんじゃありませんか」

「服の受け取りに来ました。今日っすよね?」

「そうそう今日ですよ今日……はっ、そちらの可愛いお嬢さんは一体……!? まさか、あの服を着るのはお嬢さん……!?」


 なんだこいつ。驚いた顔をして、あたしをじろじろ見やがって。初対面の人間に向かって、その反応はなんだよ。気持ち悪いな。


「へえー、へえー? 何処もかしこも可愛いなあ……顔、腕、足、何処を取っても最上級だ。こりゃあ、あの服も際立つなあ……」

「おい! ネトム! このおっさんはなんだよ!」

「ああ、リルンちゃんの服を作ってくれた人だよ」


 あたしの質問に、ネトムはそう答えた。

 服だと? そんなこと頼んだ記憶はない。


「ほら、前にさ、どうしたら王食祭で一位取れるかなーって皆で話してたでしょ? 俺が除け者にされてた……」

「あれは、あんたが居なかったからだ」

「いや、そうなんだけどそうじゃなくて……俺なりに色々考えてみたんだけど、やっぱり店のアピールが必要だなって思って」

「あぴーる……ってなんだよ!」

「お客さんを呼ぶために目立つことをする……ってとこかな? で……あの中でお客さんの呼び込みが向いてるのは、リルンちゃんかなって思ったんだよね。やっぱ見た目って大事だし?」

「……そのために、服を?」

「そゆこと」


 そもそも、なんであたしが呼び込みをしなくちゃならねえんだ。あたしの意見は何処行った。呼び込みをするなんて、聞いてねえよ。

 ネトムにそう言おうとすると、こう釘を刺された。


「これも王食祭で賞金を得るためだよ、リルンちゃん。リルンちゃんの協力無しで、これは成し遂げられないんだよ。だからね? ここは店のために、人肌脱いでほしいな?」

「……ちっ……」


 金のため、金のためだ。我慢するしかねえ。

 てか、話す度にいちいち変な雰囲気を出すのはやめろ。あんたが言うと、怪しさしか感じない。

 あたしとネトムが変なやり取りをしているうちに、さっきの男は服を取りに行ったようだ。


「お二人さーん? もしかして今、取り込んでる感じ?」

「ん? いや、大丈夫っすよ。それで服は……」

「ふふふ……提案された時は驚いたけど、この依頼は職人の腕の見せ所! 職人魂にかけて、全ての労力、技術をこの服に注ぎ込んだ最高傑作! さあ、お見せしよう! ご覧あれ!」


 無駄に長い説明のあと、男は後ろから服を取り出した。

 ……それは黒と白を貴重とした服で、露出が――特に足の露出が多い服だった。あたしも似たような格好はしてるけど、これは……ねえよ。見えるじゃねえか……あと余計なひらひらはいらねえだろ。

 胸元の露出も激しく、あたしはこの服を作ったこいつを心から軽蔑した。こいつ、何考えてやがる。ただの変態じゃないか。


「いやー! 素晴らしい! これぞメイド服! 俺が求めていたものだよ! さすがっすね! 頼んで本当によかった! あざっす!」


 ネトムはやたらと騒がしい。こいつの脳内はどうなってやがる。ていうか、これを作れと頼んだ方も頼んだ方だ。


「ネトムさんはいつも、美味しい料理を届けてくれますからね。せめてものお礼です。いやあ、ネトムさんのお眼鏡に適ってよかったですよ。この服を作ってる時、とても楽しかったです。めいど服でしたか? これ、とってもいいですね!」

「あっ、この服の魅力がわかります? ま、作った本人だから当然か! あっはは……」


 楽しそうに笑う二人。待てよ、これをあたしが着るのか? 冗談じゃねえ。羞恥以外の何者でもない。こんなの着るなんて、恥だ恥。


「ところでリルンちゃん、これに合わせてアクセ……いや、髪飾りも作ってもらったんだけど……」

「やめろおおおおおお!」


 店にあたしの叫び声が響く。もう勘弁してくれ。

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