番外編 俺の始まり、その2
これはどういうイベントなんだろう。三人組に絡まれていたら、救世主現れる! 的なあれ? そうなると俺、この色黒タンクトップの人と一緒に冒険の旅に出ることになったりするの?
「手を離してやれ」
そう凄むと、三人組は逃げていった。え……弱。俺、あんなのに捕まってたんだ……ちょっと凹むなあ。
その人は随分とガタイのいい、逞しい男性。俺、助けられるならもっとかわいい子がよかったなって思うんだけど……まあ、助かったしいっか。
「大丈夫か?」
「まあ……助けてくれて、ありがとうございます」
「そんな格好してると、またさっきみたいな奴らに狙われるぞ。着替えた方がいい」
「いや……俺、これしか服無いんで……」
手持ちアイテムゼロなんで。金も無いし、ほんともう貧乏な冒険者なんで。考えてみれば、こんなんでこの世界を生きられる気がしないな。
暗い考えが頭をよぎった時、俺の恩人はこんな提案をした。
「それなら、俺の服をあげよう」
「え!? マジっすか!?」
「ちょうど若い時に来てたやつがあってな。処分しようとしていたんだが、丁度よかった」
「そ、それはあざっす!」
急いで礼をする。これは、見知らぬ人から服もらうイベントだったのかな? なんにせよ、嬉しいことに変わりない。
「ところでお前、名前は?」
「え? 名前? ああ、ネトゲのハンドルネームのことっすか?」
「ネト……ム? すまん、よく聞き取れなかったんだが……」
あ、そうだここ、ゲームの世界じゃないんだっけ。ハンドルネームとかないのか。でも本名を名乗るのもなんだかなあ……
俺は少し考えて、その人を見る。
「うん、それでいいっすよ。俺の名前。ネトムって呼んでください」
「それでいいって……本名じゃないのか?」
「あー……今から俺の本名がネトムってことで」
「なんだそれ……ま、別にいいけどな」
ネトム。変な名前だ。でも、今の俺にはこんな変な名前がぴったりな気がする。新しい俺、今までとは違う自分――名前を変えるだけで、こんなにテンション上がるとは。自分でもびっくり。
「俺はこの近くで店を営んでいる。シシグマだ」
「はあ……よろしくっす」
コミュニケーションの取り方はこれであってるだろうか。長らく人と面と向かって会話したことがないから、距離感が掴めない。
シシグマという人は、俺を自分の店に案内してくれた。まあまあな大きさの店だな。今は閉店中らしく、俺たちの他に人はいない。机や椅子、カウンターがあり、奥には厨房らしきものが。ってことは、飲食店か?
(一人で店をやってるのかな? うわ、大変そう……)
店を持ったことがないからわかんないけど、絶対これ一人はきついって。
そう考えながら周りを見渡していると、二階からシシグマさんが服を持って降りて来た。
「ほら。大きさは大丈夫だと思うが、まずは着てみろ」
「あざっす」
ゲームみたいに、一瞬で服が変わる仕様は無い。俺はジャージを脱ぎ、手渡された服を着る。ちょっと面倒だな、ベルトとか。
着替え完了。鏡がほしい。でも生憎、ここに鏡は無さそうだ。
「よく似合っている。きつくはないか?」
「大丈夫っす。サイズぴったりっすよ」
今、自分はどんな姿をしているのだろう。頭に黄緑のバンダナしたままだけど、取らなくてもいいよね? 変じゃないよね?
でもまあ、シシグマさんの反応は悪くないし……そんなに気にしなくてもいいってことかな?
「ほんと助かりました。感謝してもしきれないっすよ」
「役に立てたのなら、よかった」
「ところで、店やってるんすか? すごいっすね、レストランっすか?」
「レストラン?」
「え? あー、えーっと食堂のことっす」
レストランと言って、首を傾げられてしまった。もしかしたら、ここの世界の人……カタカナ語を使わなかったりする? 英語とか通じないのかな。
「そう……だな。ここでは料理を提供している」
「へえ……一人でやってるんすか?」
「ああ。従業員は俺だけだな」
「はー、料理に店の経営まで……何から何まで一人でやってるんすか……それはすごいっすね」
シシグマさんはちょっと顔怖いけど、とてもいい人だ。見ず知らずの人にここまでしてくれて、俺にとっての恩人だ。
なら、その恩はきっちり返さねばならない。ゲームの中でも、アイテムをもらったら、アイテムで返すのが礼儀だ。でも今、俺にアイテムは無い。あるのはこのジャージだけ。だったら……
「……あの、色々してくれたお礼に、この店手伝わせてくれないっすか?」
俺が今出来る最善の恩返しは、これしかない。
それに丁度いい。どうせこの店を出ても、俺は行く宛てなんてないんだ。下手にうろうろして、さっきの奴らみたいなのに捕まるより、ここで腰を据えた方がよっぽどいい。
俺にもっと力があれば野宿とか出来たけど……生憎まだ力は目覚めていない。ここは、力が発現するまで大人しくしておいた方がいい。
「手伝うって……どうしてそんな急に」
「俺、なんでもやるっす。だからこの店に置いてもらえないっすか?」
「……目的はそっちだな。うちは宿じゃないぞ」
「いや、その、目的と言っちゃ目的っていう意味もあるんですけど、でも、俺が何かしたいってのは本当っす。変な奴らから助けてくれて、おまけに服までくれて、何かお礼がしたいっていうか」
「お礼……別にお礼なんてしなくていい。あれはたまたま通りかかっただけだし、服も処分に困ってたから譲っただけだ」
「でも! このまましてもらうだけ……ってのもちょっと……」
俺が言葉に迷っていると、シシグマさんは息を吐く。
「全く、面倒な奴を助けたものだな」
「……すんません」
「俺が駄目だ、と言っても……お前はしつこく食い下がりそうだな」
「へへ。俺、バトルでも結構しつこいのが売りなんで」
「褒めてない……なあネトム、お前行く所ないのか?」
「そっすね……駆け出し冒険者って感じで、無一文で来てるっすから」
「はあ……仕方ない奴だな」
シシグマさんは、俺に着いてくるよう指示する。案内されたのは二階の部屋だった。二階には部屋が三つあり、その一つに俺は通される。
「好きに使え」
「え!? 本当にいいんすか!? ちょっと駄目元で頼んだ感じだったのに!」
「幸い、うちには余ってる部屋もあるしな。それに、店を手伝うとか言ってたか? 見ての通りこの店には俺一人で、人手が全然足りないんだ」
「じゃ、じゃあ!」
「従業員として働くなら、喜んで歓迎する」
「うわあ、ほんとあざっす! シシグマさん! いや、親方!」
「お、親方?」
「これからはそう呼ぶっす。その方がなんか格好いいし、尊敬の念を表して!」
「……好きに呼べばいい」
親方は照れたのか、顔を背けてそう言った。
それよりもこの部屋、すごくしっかりしている。ドアの両隣にベッドがあるし、最近まで誰かが使っていたのかな?
いや、もしかして。
「ベッド二つあるっすけど……もしかして、親方と部屋一緒だったりします?」
ルームシェア……って考えればいける? いや、でも今までずっと一人の空間にいた俺が、いきなり人と部屋を共同で使うとか……ちょっとハードル高いなあ。顔ひきつっちゃうよ。
「……何考えてるんだ。俺とは別部屋だ」
「あっ……そ、そっすか」
余計な気苦労だったらしい。俺は少しほっとする。いやあ、親方みたいな人と一緒とか気が休まらないって。
「あれ? じゃあどうしてベッドが二つあるんすか?」
「それは昔の仲間が使っていたものだ」
「昔の仲間?」
「ああ。店を始める前は、仲間とつるんで狩りをしていてな」
「狩り! どんな感じのっすか?」
「どんな感じ……って。街に出てくる化け物を狩るものだが」
「化け物! つまりはモンスター! モンスター狩りっすね!」
モンスター狩り。俺がゲームで何百回何千回とやった、それ。そのワードを聞いた瞬間、一気にテンション上がってきた。この世界、ゲームのまんまじゃん。
「も、もんすたー?」
「化け物のことをモンスターって言うんすよ! 化け物って呼ぶより、そっちの方がずっと格好いいので、そう呼ぶのをおすすめするっす!」
「そ、そうか……」
「で、そのモンスター狩りではどんな武器を使ってたんすか?」
「? 普通に剣だが」
「剣! 剣っすか! ちょっと見せてもらってもいいっすか!?」
「な、なんだお前……」
「あ、すいません……俺、武器めっちゃ好きなんすよ。だからモンスター狩りとかの話聞いたら、興奮しちゃって……へへ」
「変な奴だな……まあ、武器については明日実戦で説明するから、今日はここまでな。それよりも飯を……」
「実戦! 実戦ってなんすか!? 実際にモンスターと戦うんすか!?」
「……」
あとから思えば……初めてのことだらけで、この時の俺はどうかしていたのかもしれない。いつも以上にテンションが高く、色々なことに胸を躍らせていた。モンスターとか、武器とか特に。
なんやかんやあったけど、この日は無事一日を終えることが出来た。あ、そうそう、親方の料理は最高だったな。
俺と親方は朝早くから店を出て、街の外れにいた。そこには、朝しか出現しないモンスターがいるらしい。近くに民家も無いので、存分に暴れ回っていいそうだ。
正直まだ眠いけど、モンスター狩りに行くとなれば話は別だ。俺は遠足気分で、その地へ向かった。
向かったんだけど。
「こんなの俺聞いてない! え? 全っ然攻撃出来ないんすけど!」
親方からもらったナイフで交戦しようとするも、全く歯が立たない。ゲームのように上手くいかない。俺は無様に逃げ回っているだけだ。
このモンスターは一見黒い豚のようだが、動きはとんでもなく素早い。攻撃しようとも、簡単にかわされる。俺の脚力では追い付けない。
「ネトム! それが今日の食材だ! 絶対に仕留めるぞ!」
「今日の食材!? まさかこの店って、全部自給自足だったりするんすか!?」
「自分で賄える分は、自分で賄っているだけだ!」
そう言われたって! プレッシャーかけんなって!
逃げ回る黒豚のモンスターは、俺の攻撃を避け、俺の後ろにいる親方目掛けて突進していく。
「! 親方! 危な……!」
「追い込んでくれて感謝するぞ、ネトム!」
親方は腰の剣を取り、黒豚を一刀両断した。それはもう、鮮やかに。惚れ惚れするほど。
俺はすっかり見とれてしまっていた。あんな動きをするなんて、あんな綺麗なフォームで斬るなんて。親方が斬る姿を、俺は何も言えずにただ見つめていた。
「……一撃って……それは……チートすぎじゃないっすか?」
「ちー……なんだそれは」
「いや、いいっす」
俺は口をつぐんだ。こんな人、世の中にいるんだな。めちゃくちゃポテンシャルが高い人。俺とは天と地の差がある。
ゲーム内での俺の強さは、主に経験値によって支えられていた。プラスで武器の威力。戦闘の才能で、ゲームのトップにまで成り上がったわけじゃない。
こんなの見せつけられると、なんか落ち込んじゃうなあ。レベルの違いを思い知らされた感じで、気分が下がる。初心者にはきついって、これは。
(……俺、特別じゃないのかな)
異世界転生ってことで浮かれていたけど、俺はあまりにも無力だ。これで思い知った、俺は多分「主人公」じゃないんだ。
不思議な力に目覚める気配は無いし、かわいい女の子もいない。いや、かわいい女の子は冗談だけどさ。でもこれ、ちょっとやる気無くしちゃう展開だなあ。普通ここは、俺が力に目覚めるとこでしょ。
(愚痴ってもしょうがないけどね)
俺は親方に指示され、黒豚の回収を行う。うへ、グロい。なんで俺、こんなことを……いや、俺が志願したんだけどさ。
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえてきた。
「いやあ、お見事。腕は鈍っちゃいねえようだな」
「なあ、それ俺たちにもわけてくれよ!」
声のする方を見ると、男の四人組。男性……とは言いたくないな。なんか野蛮そうだし、そんなガラじゃなさそうだしさ。
「お前ら……」
「やっぱお前、店やるよりもこうして化け物を狩ってた方がいいって!」
「そうそう! 絶対そっちの方が向いてる!」
親方に絡む四人組。親方は少し迷惑そうだ。話し振りからして、知り合いだろうか。あ、もしかして。
「もしかして……昔つるんでた仲間っていう……」
「……ああそうだ」
やっぱり。親方は昔、この人たちと一緒に戦ってたのか。
「こいつは?」
「ああ、新しく入った従業員だ」
「従業員!? へー、シシ堂も賑やかになるねえ。狩りの腕前はどうだい?」
「……ま、モンスター狩りに関しちゃ追々……」
「モンスター? あれ、モンスターって言うのか?」
「それは……」
……なーんか俺、すっかり蚊帳の外って感じじゃない? ま、いいや別に。
それにしても……俺、この世界で上手くやってけんのかなあ。
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