番外編 俺の始まり、その1
別にさあ、働く必要って無いと思うんだよねえ。
こうやって平和に生きていればさ、それでいいじゃん? 金がある、食べていける、ならもうそれでいい。わざわざ骨を折って働く必要なんて無い。
まあ……俺の今の生活があるのは、全部親のおかげなんだけど。
親に見放されてしまったら、俺の今の生活は維持出来なくなる。俺の楽園は終わりを迎える。結構俺、ギリギリのところにいると思うんだよね。だって、いつ俺が親から見放されてもおかしくないもの。
こうやって毎日だらだらして、オンラインゲームをやって、気が向いた時に食べて寝て……こんな生活送ってる息子を、何処の親が喜んで世話してやると思う? 自分でも言うけど、俺だったら嫌だなあ。
「お? 新しい武器が実装されるって? 待ってました……さて、気になる性能だけど……ああなるほどね、そういう系ね……」
ゲーム上の世界は輝いてる。俺は屈指のプレイヤーとして名を馳せてるし、俺を取り囲む環境も文句なしの出来映えだ。俺はゲームの中では豪邸に住んでいるし、最高級のアイテムに囲まれて生活している。
だが現実はどうだ。俺は六畳半のゴミ溜まりで、ガラクタに埋もれながら生活している。バーチャルとリアルのギャップありすぎでしょ。
でも別に、今の生活に不満は無い。こうやってゲーム出来ればそれでいい。ゲーム良ければ全て良し。さて、今日も一狩り行ってアイテムコンプしますかね……! っと。
そんな時だった。俺の平穏が終わりを告げたのは。
よく覚えてないけど、なんか頭上が紫色に光ってたな。ゲームの詠唱魔法とかでよく見る、魔方陣が浮かんでた。そうしてあっという間に俺は――異世界転生したわけだ。
目を覚ました時に俺を見下ろしていたのは、二人の貴族らしき女性。身なりはきちんとしていて、いかにも育ちが良さそうだ。けど一人は緑髪、もう一人は白髪だ。こんな髪色、二次元でしか見たことない。
それにしてもここは何処だろう。ゲームでよく見る神殿っぽい。全体的に白くて、神聖な場所って感じがする。
「え……ここ、何処っすか?」
俺は起き上がる。起き上がって見ると、やっぱり自分の部屋じゃない。まさかゲームの世界? いや、あれにこんな場所無かったはず……じゃあ夢とか?
考えを巡らせていると、二人の女性が何やらひそひそ話し込んでいた。うわ、やな感じだ。
しばらくすると、緑髪の女性が俺に近付き話しかけた。
「すみません……どうやら手違いがあったみたいで」
「手違い?」
「私たちは、貴方をこんな所に呼び出すつもりはなかったのです」
「はあ……というと?」
「実は私たち、『召喚』をしていたのですが……何か手順を間違えたのか、『一般の方』を呼び出してしまいました……」
は? 召喚? 召喚って、ゲームとかでよくある呼び出す系の?
全く状況が読めないんだけど……でも、ここはこの二人の話に合わせておいた方が良さそうだ。色々質問責めするのも、なんか面倒だし。
こういうのは、いっぺんに全部知ろうとするんじゃなくて、徐々に知ろうとするのが上級者。だから俺は、ゲームのチュートリアルとか反対派。あれすごく面倒。ゲームの機能はやりながら覚えていくっつの。
「そ、そうだったんすね……」
まあ適当にこう答えておくか。
「本当に申し訳ございませんでした。あの……この近辺にお住まいの方でしょうか? というか、この近辺じゃなかったら困る……」
「ちょっと。悪いのはどう考えても私たちの方なんだから、そんな態度取らないの!」
白髪の女性が話に入ってきた。強気な人なんだな。緑髪の女性を叱るところから、そう感じる。この人の上司だったりするのかな?
「だ、だって……! 失敗するとは思わなかったし、それに、この人が遠い所の人だったら、大変じゃないですかああ!」
「それくらいで、泣くんじゃない! ミル、貴女国王の側近だという自覚はあるの!?」
「ありますうう! あるもん!」
「じゃあ今すぐ泣くのを止める! ほんともう、世話の焼ける子なんだから……」
「リゼさんが厳しすぎるんです!」
国王の側近とか言ってた? ということは、ここは神殿じゃなくてどっかの王の城ってこと? え? マジで言ってる?
二人は俺を置いて、話に夢中になっているようだ。
「大体、私には無理なんです! 召喚とか無理だったんです! どうしてリゼさんは私を指名したんですかあ!」
「ミルの成長のためよ。貴女ドジばっかりするじゃない。それでいつも自信を無くす。だから『召喚』という大きな仕事をこなせば、少しは自信持てるんじゃないかと思ったの!」
「でも失敗したじゃないですかああああ! 自信持てるどころか、自信無くしてますううう! 黒髪じゃなくて、金髪の人を召喚してどうするんですかああ! あれじゃ奴隷として働かすことが出来ないじゃないですかああ!」
「ちょ! ミル! しっ!」
リゼという女性がミルの口に手を当て、こちらを見た。
……奴隷って言ったよね? 奴隷として働かすとか、超物騒なこと聞こえたのは気のせいじゃない?
「ごめんなさい、うちのミルが……」
「あ、いえ……えっと……二人は俺を売ったりする感じ……ですか?」
「そんな! とんでもない! 金髪の方を奴隷として使役するなんて! 法律違反です!」
金髪じゃなきゃいいってこと? ここの法律ってどうなってるんだろう。
「安心してください。ちゃんと貴方を家まで送り届けるので。ええっと……言語が通じるってことは、少なくともこの国の方……ですよね?」
家なんて多分ない。だって近所にこんな建物ないし。
「自分は多分、この世界の人間じゃない」なんて、正直に話して信じてもらえるだろうか。召喚とか言ってるし、信じてもらえそうな感じはするけど……
でも、確か「奴隷として働かす」とか言っていなかったか? この二人は、俺が「この世界の人間」だと信じてる。もし俺がこの世界の人間じゃないって知られたら? それこそ、「俺の髪の色が本当は黒」だと知られたら?
……最悪な事態になるのは間違いない。
「何処に住んでいらっしゃるのか、教えて頂けます?」
「いや! 俺一人で帰れますんで! 大丈夫っす!」
「え? この近くに住んでるんですか?」
さっきまで泣いていたミルという女性が、こちらを覗き込む。
「ま、まあ……なので、ほんと大丈夫っすから!」
俺はドアまで早足で歩みを進める。髪の毛染めててよかった、と初めて思った。ただのファッションで染めてたけど、こんな形で命を救われるとは思わなかった。
「で、では……せめて玄関までお送りしますね」
「あ! じゃ、じゃあそこまでお願い……します」
玄関まではその好意に甘えよう。城の中で迷子とか、不審者極まりないし。
とにかくまずは情報がほしい。ここがなんなのか、それを知ってるか知らないかでは、生存率に大きく影響する。
はは、ずっとゲームばかりしていたからかな。全然現実味ないや。むしろ、体感型ゲームやってる感じ。VRゲームって言うんだったかな。
部屋を出て廊下に出る。廊下にはあの二人のような格好をした、女性や男性がまばらにいた。あの二人と格好が似ている。てことは、使用人かな? 使用人って、メイド服とか執事服とかじゃないのか。
それにしても豪華だなあ。花や絵が飾ってあるけど、あれもめちゃくちゃ高そうだ。
「あの二人が連れているのって?」
「召喚された人? でも黒髪じゃないし……まさかの失敗?」
二人に案内され玄関まで向かう途中、色んな人が俺を見てこそこそ話をしていた。まあジャージ姿だし、目立つよなあ……いい気分はしない。
「そもそも、黒髪って本当にいるのか?」
「悪魔の契約者とか……なんか嘘臭いよなあ」
悪魔の契約者? なんか厨二心を擽られるワードだな。ゲームの中で、それっぽい言葉はたくさん聞いたことがあるけど。
広い玄関に出て、二人は俺に向き直る。
「本当にすみませんでした」
「家までお送りしなくて大丈夫ですか?」
「ほんと、ここで大丈夫なんで……」
「そうですか……もう夜も暗いので、お気を付けて……」
二人に扉を開けてもらい、俺はダッシュで駆け抜ける。
うわー、やばい、通りすぎる人皆二次元にいるような髪の毛してた。これって本当に異世界転生? あの噂の? アニメとかラノベとかでよくある?
そんなこと考えてる場合じゃない、ってのはわかってる。でも、俺はめちゃくちゃ興奮していた。だって異世界転生の主人公ってさ、大体すごい力持ってたりするじゃん?
――俺、これから不思議な力に目覚めちゃったりするんじゃない?
これほど胸が高鳴ることはない。夢ならば是非覚めないでほしい。ってか、こんなこと夢で終わらせてほしくない。
城の庭なんか、目に入らなかった。景色も、人も、どうでもよかった。俺はいきなりのことに、動揺するのではなく楽しんでいた。
城の敷地内を抜けると、そこには街があった。ゲームとかでよく見る、あの中世風の街。こういう街ってロマンがある。ああいう、いかにも庶民ですっていう地味な服装も、洒落た街並みも、全部が全部素晴らしい。
(このゲーム、絶対攻略してやる……!)
そう期待に胸を膨らませていた。
いたんだ。
それなのに、この状況は一体?
「珍しい格好だな。おいお前、この街の人間じゃないだろ? どっから来た?」
「よそ者なら、この街の人間に敬意を払わないとなあ? なあ、ちょっと金貸せよ」
どうしてこんなことになった?
街を歩いていたら、急に三人組に路地裏に連れ込まれた。そしてこの状況である。え? 俺、ゲームオーバーになるの早すぎない? 最速じゃない?
「え、えーっと……お金はちょっと持ち合わせが無くて……」
「あ? じゃあ服全部脱げ」
「え?」
「どっかに金目のもの、隠し持ってるかもしんねえだろ」
いやだからってさ。男を脱がしてどうすんの。そういうのお構い無し? あ、ちょっと待って。
男が俺の服に手をかける。やばいやばいやばいどうすんのこれ、振りほどけない。引き籠りにはきついって。手加減してよ。
絶対絶命の大ピンチ……! 俺、死す? というようなアニメ風の予告が俺の中で流れ出した時、その人は現れた。
「お前ら、何してる」
俺にはあの時、救世主に見えたね。
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