第23話 決戦前

 なんだお前。この場に居る誰もがそう思った。

 突然の来訪者は何故か息を切らしていて……いかにも「自分は不審者です」と、告げているようだった。

 こいつは何処から入ってきた? 店にはシシグマさんがいるはず。そのシシグマさんをスルーして、ここまで来たってことか? そんなの有り得ない。でも確かにこいつはここに居る。

 駄目だ、混乱してきた。混乱する俺を嘲笑うかのように、そいつは部屋にずけずけと入ってくる。


「駄目じゃないか。よく調べもせずに、『悪魔』呼ばわりするなんて」


 そいつはヒールさんとネトムを引き離す。そうしてネトムに寄り添った。


「ごめんなあ、ネトム。こんなことになって。でももう大丈夫だ。安心していい」

「はあ……!? なんなんだよ、触んなよ、離せよ、気持ち悪いな」

「『気持ち悪い』? へへへ、それは心外だな。ああでも、そう言って、自分の身を守っているのか? なるほどなるほど、意図がわかった」

「やめろ……やめろ、気持ち悪い、俺に触んな」


 この場にいる誰も動けなかった。来訪者の気持ち悪さに圧倒され、誰もネトムを助けに動けなかったのだ。明らかに老人の声。老人にいきなりこんなこと言われたら、あまりの気持ち悪さに固まるのも当然だ。

 無論、俺はネトムを助けるつもりなどなかったが。

 しかしヒールさんは、変質者に声をかけることを決めたようだ。


「貴方、何者ですか」

「これはこれは! はて、どちら様だったかな?」

「質問に答えてください。私が聞いているんです」

「随分とまあ、威勢のいいお嬢さんだ」

「貴方は……悪魔ですか」

「そうだと言ったら? おおっと、そう構えなくてもいいじゃないか。俺が悪魔かどうかなんて、さして重要なことじゃない」


 ヒールさんは、奴の態度に相当苛立ったようだ。今すぐ戦闘体制に入っててもおかしくない。俺だったら、すぐブチ切れてたに違いないな。

 そんなやり取りを見たリルンははっとして、奴を指差す。


「思い出した! あんた、あたしに鎌を売った奴だろ! その声、聞き覚えあるぜ!」


 なんだって? リルンに鎌を売った奴? あの自在に変化するあれを売ったって? いよいよただ者ではない。


「? ああ、思い出した! あの時のお嬢さん!」

「随分と雰囲気が変わっていたから、最初気付かなかったぜ……」

「そうそう確かあの時は、至極丁寧な喋り方をしていたっけな? そうかそうか、あの鎌を買った時の……こんなこともあるもんだなあ。ところで、名前はなんだったっけな?」

「聞いてどうする」

「どうもしない。俺が聞きたいだけだ」


 飄々と喋る変質者。なんだか聞いててイライラする。もしかして、これがこいつの「特性」だったりするのか? 人を苛立たせるっていう……さすがにそれはないか。


「ここには何をしに来たんですか」

「あー、そう睨むなって。怖い怖い。ここに来たのはただ一つ、ネトムを迎えに来たんだ」

「……貴方たちは仲間なんですか」

「仲間だ。運命共同体って奴かな」


 そう言いのける奴に、すかさずネトムが反発する。


「違う! 俺はこんな奴知らない!」

「酷いなあ、そんな言い方するなんて。まあいいや、ネトム……俺と一緒に来い」

「ふざけんな! 誰が……!」

「お前はここに居てもしょうがないだろ。そう、お前の『居場所』はここじゃない。それに、あいつらはお前を除け者にしようとしている。お前はここに居て、なんになるんだよ?」


 冷たい言葉が部屋に響く。ネトムはすっかり黙ってしまった。

 部屋の温度が急速に下がっていくのを感じる。それほどこいつが放った言葉は冷たかった。


「さあ行こう……おい、ヌヴェル」


 奴がそう言うと、ドアから見覚えのある長身の男が出てくる。あいつは街を襲った奴の仲間……本物の「悪魔」だ。


「人使いが荒いですね……」


 ヌヴェルが指を鳴らすと、この前と同じような黒い渦が出現する。あいつ、ネトムをどうするつもりなんだ。あいつはネトムを連れて、黒い渦に呑まれていく。


「待ちなさい!」


 すかさず反応したのはヒールさん。二人のあとを追って、黒い渦に吸い込まれていった。


「ヒールさん!」


 そしてサジェスがヒールさんを追う。皆消えてしまった。マジックか何かを見せられているような気分だ……え? あれって何処に続いてんの?


「トウマ! あたしたちも行くぞ!」

「ええ!? 行くって何処に!?」

「惚けんな! あいつらを追っかけるんだよ!」

「ちょま、うわああああ!」


 リルンに引っ張られ、俺も渦の中へ。待てよ、こんなの俺、聞いてないぞ!?


「やれやれ。世話の焼ける……」


 そんな呟きが後ろから聞こえた。



 俺たちは、何処か別の場所に飛ばされてしまったらしい。俺は二度目だが、この感覚は慣れない。

 目を覚ますと、そこは荒れ果てた――廃墟のような所に俺たちは倒れていた。あれは全部ゴミか? 悪臭はしないが、いい気分はしない。

 ガラクタの山が、あちこちに出来ている。何処となく仄暗く、光が見えない。不気味な世界だ。全てが灰色の景色で埋め尽くされている中、色を持つ俺たちだけが異質だった。


「なんだよここは……」

「リルン、大丈夫か?」

「ああ……トウマ、ここが何処だかわかるか?」

「いや……わからない」


 ヒールさんとサジェスも目を覚ます。俺たちは立ち上がり、辺りを見渡すが、この場に居ないのはネトムだけだ。


「あの二人は何処に……」


 消えた二人を探していると、俺たちの前に黒い少年が現れる。


「あれ? 余計なのもいる」


 あの時街を襲っていた、不気味な少年だ。ニヤニヤしながら俺たちを見ている、何が面白いんだ。

「あ……え、エルト……」

 少年を見たサジェスは、蛇に睨まれた蛙のように硬直してしまっていた。そうだ、確かエルトって奴……サジェスが話していた悪魔の「友達」じゃないか。


「久し振りだね。サジェス」

「どうして、エルトが……」

「あれ? もしかしてまだ気付いてない? 僕が悪魔だって」


 サジェスは動揺を隠せない。ポーカーフェイスなのは変わらないけど、明らかに狼狽えている。


「……説明してもらえませんか」

「何を?」

「っ……エルトが、僕の前に現れたことと、僕の前から姿を消した理由です」

「わざわざ説明する必要ある? てか、最初に僕の前に現れたのはそっちでしょ?」

「僕は知りたいんです」


 食い下がるサジェス。その様子を見たエルトは、不満げに息を吐く。


「ほんっと昔から面倒だよね、そういうとこ。いや……面倒だったのは僕の方? まあ、どっちでもいっか。どうせ死ぬんだし」

「何を言って……」


 エルトは超人的なスピードを発揮し、一気にサジェスの所まで詰め寄った。サジェスの両肩を掴み、そっと耳に顔を近付けてこう囁いた。


「ここまで来たご褒美。僕が殺してあげる」


 サジェスとエルトは、そのまま後方へ飛んでいく。危機を察知したヒールさんは、慌てて二人を追う。

 この場には、俺とリルンだけが取り残された。


「ど、どうしよう……どうするべきなんだこれ! 俺も加勢に……いや、あんな奴に敵うわけない! でも、あのまま放って置くわけには……!」

「何言ってんだよ! ごちゃごちゃ言ってねえで、行くぞ!」

「なんでそんな気持ちになるんだよ、なんでお前は迷わないんだよ!」

「なんでって……! 理由なんてどうでもいいだろ!」

「俺は! お前とは違うんだよ! お前は特性を自在に操れるかもしれないけど、俺は無理なんだ! これ以上、もう……俺を惨めにしないでくれよ!」


 俺の悲痛の叫びは辺りに反響する。だっせえの。なんで俺、こんなことリルンに言ってるんだろう。リルンに言ってもしょうがないのにさ。


「馬鹿野郎!」


 リルンの拳が顔面にヒットした。いっっっってえ。見るとリルンの顔は怒りに染まり、俺を睨んでいた。


「馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ぁ! トウマ、あんたはそんなことうじうじ気にしてたのかよ!」

「そんなことってなんだよ! てか、馬鹿馬鹿言い過ぎだ!」

「いーや! あんたは馬鹿だ! 大馬鹿だ! ちっちぇえの! すっげー特性持ってんのに、台無しだ!」

「なんなんだよ! 散々人を馬鹿にして! お前は何様なんだ!」

「あたしはリルン様だ!」


 口論は続く。俺もリルンも、今まで抑え込んできたものが一気に吹き出したかのように、激しくお互いを罵り合った。こんなことしている状況じゃないのに。でも俺たちはやめなかった。

 こういうやり取り、前にもしたことがあるような気がする。いや、いつもか?


「いいか! よく聞け! 馬鹿トウマ! 特性とか、今そういうの関係ねえだろ!」

「関係あるだろ! 特性は使いこなせなきゃ意味ねえんだよ!」

「いーいーかーら! 黙ってあたしの話を聞け! 特性とかそういうのの前に、まず動くことが大事だろうが! 力があるとかないとか、そういうのは関係ねえ!」


 そしてリルンは、


「それに、あの黒い奴らがやってることは『悪いこと』なんだろ!? 止めなくていいのかよ! お前、ああいう弱い者いじめは見過ごせねえんじゃなかったのかよ! あたしに人の心を教えてくれたのは、トウマ! あんたじゃねえか!」


 そう叫んだ。


 そうだ。俺が言ったんだ。リルンと初めて会った次の日、リルンが村人を脅しているのを見て、俺はリルンに立ち向かったんじゃないか。

 その時俺は、なんて言ってリルンを止めた? 今じゃ完全に立場が逆じゃないか。俺は逃げようとしてて、リルンは立ち向かおうとしている。どうしてこうなったんだ?


 俺はただ、自分に自信が無くて……リルンが羨ましくて、ひがんでた。でもそれは、俺の心の「弱さ」だ。リルンに当たっても仕方ないし、目の前のことから逃げてもどうしようもないじゃないか。


(逃げることで……目を逸らすことで……俺はまた、リルンに劣等感を抱くんだ。そうして負のループが続いていく……)


 それなら。


 今、ここで立ち切らねば。


「……ごめん、リルン。俺がどうかしてた。そうだな……力があるとかないとかじゃなくて、まずは動かないと意味がないよな」

「トウマ……!」

「あんなこと言えるなんて、お前どうしちまったんだよ? 俺の知ってるリルンじゃないみたいだ」


 リルンはにかっと笑う。


「あたしは、一分一秒ごとに変わってるんだぜ!」


 あながち、それも間違いじゃないかもな。

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