第21話 悪魔との向き合い方

 ヒールさんは落ち着きが戻ったのか、サジェスの手当てに乗り出していた。

 先程鈍器のように振り回していた杖を、サジェスの額に優しく当てる。杖は緑色の光を放ち、サジェスの傷は徐々に癒えていく。なるほど、これがヒールさんの「回復」の特性か。


「……ありがとうございます。だいぶ調子がよくなりました」

「他に、何処か痛いところはない?」

「いえ、特に……」

「そう……よかった」


 安堵の息を漏らすヒールさん。サジェスを見つめるその瞳は何処か儚げで、今にも消え入りそうな雰囲気を醸し出している。

 人を心配する気持ちはわかるけど、ヒールさんの場合……ちょっと度が過ぎているというか、ちょっと狂気すら感じてしまうほどだ。

 さらにこの献身的な姿勢……先程の死闘を見たあとだと、どうしても違和感を拭えないし、悪魔教に対する姿勢も何処か常軌を逸しているような感じがする。

 サジェスとヒールさんは立ち上がる。そしてサジェスは、ヒールさんを真っ直ぐ見つめた。


「ヒールさん、助けて頂き本当にありがとうございました。ところで……ヒールさんは大丈夫ですか?」

「私? 私は……平気よ」

「でも……なんと言いますか、ヒールさん……とても震えているではありませんか」


 ヒールさんは自分が震えていることに、今気付いたようだ。確かにヒールさんの手は震えている。サジェスよりもヒールさんの方が心配になるほどだ。


「何かあったのですか? 僕が気絶している間に……」

「……いえ。なんでもないの」


 顔を伏せるヒールさん。青い髪の毛で顔が隠れ、今どんな表情をしているのかがわからない。けど、悲しそうな……寂しそうな雰囲気は伝わった。

 俺は、ヒールさんの事情に首を突っ込む資格は無い。でも、こんな状態のヒールさんを放って置けなかった。


「ヒールさん、あの……調査中に何かあったんですか? 今日、なんか変ですよ。あの俺……悪魔教について協力はしないって言っちゃったけど、でも……なんか、その……今はヒールさんがすごく心配です」


 純粋にヒールさんのことが気がかりだった。他意は無い。サジェスも相変わらずの無表情だけど、心配していることは伝わった。

 ヒールさんは、重々しく口を開いた。


「……すみません。完全に私情なんですけど……その、過去に色々ありまして」

「過去?」

「ええ……お二人には、話した方がいいのかもしれませんね……」


 ヒールさんは顔を上げ、空を見つめる。


「私には、弟がいたんです。ちょうどサジェス君ぐらいの年齢の……でも、今はもういません。死んだんです、悪魔に襲われて」

「……」

「正確に言えば、悪魔が起こした騒動に巻き込まれて死んだんですけど……でも私は、弟は悪魔によって殺されたと思っています」


 淡々と話しているが、内容はかなり残酷だ。ヒールさんは今、どんな思いでこの話をしているのだろうか。

 俺もサジェスも、黙って俯くしかなかった。


「私は、誓いました。弟を死に追いやった悪魔を、決して許さないと。そして、その悪魔を崇拝する者も同罪です。だから私は悪魔教を摘発しに、この街へ来たんです。自ら国王に志願して……」


 そんな事情があったのか。悪魔がヒールさんにとって、これほど因縁深いとは。俺なんかの比じゃないな。

 サジェスは確か、悪魔に知り合いがいると言っていた。同じ悪魔を追う者同士……目的は同じだが、信念は全く違う。悪魔を恨む者と、悪魔を追慕する者……サジェスは今の話を聞いて、どう感じたのだろう。


「だから、サジェス君が協力を申し出た時断ったんです。もう……子供が無残に死ぬところを見たくないので。さっき、サジェス君が倒れているのを見て……弟のことを思い出しました。あの戦火の中、弟を失ったことが甦ってきて……」


 胸が痛い。悲しみがひしひしと伝わってくる。悪魔が弟の仇ってことか。仇を討つために、今まで戦ってきたのか。そのヒールさんの思いは計り知れない。


「……とまあ、こういう事情で今の私があるわけです」

「色々、あったんですね」


 俺はそう言うのがやっとだった。あんな話を聞いて、どう反応すればいいのかわからない。なんて言うのが正解なのか、その答えは出なかった。

 しかしサジェスは違ったようだ。


「……ヒールさん。こんな時に、こんなことを申し出るのも筋違いですが……悪魔教についての情報をもらえませんか? 一人で調査をするより、お互いに情報を交換し合っていった方が有益だと思うんです」

「サジェス君……今、私の話を聞いたでしょう? 私は、貴方のような子が傷付くのはもう嫌なの。悪魔教に関われば、絶対貴方に危害が及ぶ……私は、サジェス君を巻き込みたくないの」

「でも僕は知りたいんです、真実を。ここで引き下がるわけにはいかないんです」

「どうしても駄目!」


 ヒールさんは叫んだ。その声は震えていて、今にも涙が零れ落ちそうな顔をしていた。


「これ以上悪魔と関わったら、死ぬかもしれないのよ!? その時、取り残された家族はどうするの! もっと自分の周りの人たちのことを考えて! 心配してくれる人を……無下にしないで!」

「……っ……確かに僕は、死ぬわけにはいきません。しかし友達との過去を、無かったことには出来ないんです!」

「サジェス君、貴方は騙されているのよその悪魔に! 悪魔は人間と友達にはならない。悪魔は貴方が思っているよりも残酷で、残忍で、人の心を弄ぶ! お願い、目を覚まして!」

「僕は悪魔について無知です! けど、けど……!」


 口論の末、サジェスは言葉に詰まる。

 そして落ち着きを取り戻し、静かにこう言った。


「僕は、エルトに騙されたとは思っていません」


 その表情は、何処か確信に満ちたような表情をしていた。


「どうして、そんなことが言えるの……?」

「ヒールさんの言う通り、僕は愚かにも悪魔に誑かされていたのかもしれません。しかし僕は、エルトとの思い出を嘘にしたくないのです」

「それは……ただの、自己満足でしょう」

「それを言うのなら、ヒールさんがしていることも自己満足ですよ」

「! 私は……!」

「ならば」


 静かだけど、サジェスははっきりと口にする。


「お互い、自己満足に生きる者同士……手を取り合いませんか」


 サジェスの言葉には刺があった。ヒールさんがしていることを「自己満足」という言葉で片付けるなんて、余程の強気だ。

 さすがのヒールさんも自分のしていることを貶されて、サジェスに食ってかかろうとした。しかしサジェスの表情があまりに穏やかで、悲しげなのを見て、何か思うところがあったのだろう。ヒールさんは差し伸べられた手を、振り払うことはしなかった。


 ヒールさんは目を細め、何かを決心したように拳を握る。


「……悪魔と関わって、いいことなんてないわ。知りすぎてしまったら、死ぬかもしれない。それでもいいの?」

「覚悟の上です」

「……そう」


 二人は手を取り合った。その光景は、まるで映画のワンシーンのように俺の目に焼き付いた。


「サジェス君。悪魔教の件は極秘の任務だから、やっぱり貴方に情報を教えるわけにはいかない。でも……「悪魔そのもの」の情報なら、教えてあげられる」

「! ありがとうございます、ヒールさん!」


 嬉しそうにするサジェス。あんまり表情は変わっていないけど、声が上擦っていた。

 俺は二人の会話をただ黙って見ていることしか出来なかった。完全に俺、空気じゃん。俺、どうしてここにいるんだろうって気持ちになる。なんかめちゃくちゃ気まずいな。


「ええっと……一段落したみたいですし……そろそろ帰りませんか?」

 どんな風に声をかけたらいいのかわからない。切り出し方はこれでいいのかな? ていうかそもそもこの雰囲気……二人を邪魔しちゃいけない気がする。


「あ、ああそうですね。すみません、トウマさん。私たちだけで話し込んでしまって……」

「い、いえ。いいんですよ」


 頭を下げるヒールさん。そんな謝ることじゃないんだけどな。なんだかその姿に罪悪感すら湧いてくる。


「……二人は、すごいですね。あんな強大な力を持つ悪魔に、立ち向かおうとするなんて。その勇敢さがうらやましいです」

「そんな……私たちはただ、自分たちがしたいことをしているだけで」

「それでも、俺にとってはすごいです」


 二人の話を聞いて、悪魔に立ち向かおうとするその姿勢に賛同しなかったわけじゃない。むしろ、協力したいとも思った。

 でも俺には出来ない。感情が伴わないと発動しない個性……そんなのがなんの役に立つ? 二人の足を引っ張るだけだ。


「俺には、悪魔と戦える力がありません。協力したいと思っても、出来ないんです」

「そんなことは……戦う以外にも、やれることはありますよ」

「そう言われましても……あ」


 その時、俺はふと思い出す。あのいけ好かない奴のことを。


「……ヒールさん。俺、一つ悪魔について心当たりがあるんです」

「え?」

「シシ堂に、ネトムって奴がいるじゃないですか。俺、この前あいつが変な奴と話しているのを見たんです。そいつはネトムのこと、仲間だとかなんとか言ってました。他にも、ネトムの髪の毛は黒だって言ってて」

「それって……!」

「あいつは……ネトムは、一人で行動したりとにかく怪しい奴なんです。その会話を聞いて思いました。ネトムは「悪魔」なんじゃないかと」


 憶測だけど、そうに違いない。

 ヒールさんとサジェスは、真剣に俺の話を聞いていた。そして何かを考え込んでいる。


「……わかりました。トウマさん、貴重な情報ありがとうございます。こんな所に手がかりがあっただなんて……見落としていました」

「あ、いえ! お役に立てて嬉しいです」


 こんな俺でも、ヒールさんの役に立てた。そう考えると、あの時あの会話を聞けたのはラッキーだったとも言える。


「とにかく今は、早く戻りましょう」


 俺たち三人は、歩み始めた。もしかしたら、悪魔との決戦も近いかもしれない。

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