第20話 ようやく完成

 俺の目の前には、懐かしい料理があった。それは俺とリルンが初めてここに来た時に食べた料理……俺が初めて倒したモンスターを使った、思い出の一品だ。

 まあ……今ここにモンスターの肉はないから、実際野菜しか入ってないのだけど。


 俺はシシグマさんにこの料理を作ってもらった。手間をかけさせてしまって申し訳ないが、これも王食祭のためだ。

 俺は葉を手に持ち、宣言をする。


「……この料理に! 先程の! 葉っぱを入れます!」

「おまっ……何考えてんだ!? さっきのでわかっただろう、あれは人間が食べるものではないと!」

「確かにあれはめちゃくちゃ辛かったです……一枚であの威力。俺の舌は死にました」

「トウマ……お前……」

「でも俺、気付いたんです! 一枚で食べるからいけないんだと! 逆に言えば、めちゃくちゃ小さいならいけるんじゃないかと!」


 シシグマさんは、俺の頭の中身の心配をしているのだろう。でも俺は至って正常だ。

 俺は名案を思い付いた。確かにあの葉は辛すぎる。しかし、それは「一枚をそのまま食べるから辛すぎる」のであって、細かくすればいいスパイスになるのではないか。俺はそこに目を付けた。


「だからこうやって千切って……こうすれば、食べられるのではないかと!」


 その料理に千切った葉っぱを振りかけると、まるで青のりがかかっているように見える。

 一枚であんだけ辛いのだから、これくらいで丁度いいだろう。


「どうでしょうかシシグマさん!」

「どうって言われてもな……」

「ちょっと俺、味見しますね! いただきます!」


 スプーンでジャガイモと葉を一緒に掬う。そうして口に運び入れた瞬間、ピリリと広がる刺激的な辛さ。よく煮込まれたジャガイモ、そして今までの味と相俟って、新たな味が生み出された。


「……めちゃくちゃ美味しい」


 「美味い」だけでは言い表せないほどの、味の境地。たった数枚の千切れた葉っぱが、ここまで料理を引き立たせるとは。俺の想像以上の成果だった。


「そんなに美味いのか……? どれ」


 シシグマさんもその料理を食す。目を見開いた、ということは俺と同じ感想を持ったに違いない。


「……ここまで、変わるとはな」

「俺もびっくりです。シシグマさん、王食祭に出す料理はこれでいきましょう! きっといい評価をもらえるはずです!」

「街の評価は得られるかもしれないが、果たして王族に評価してもらえるだろうか……」

「絶対いけますよ! 大丈夫です!」


 こうして新メニューが誕生した。

 新メニューというより、今までの料理を改良した感じだけど。とにかく高級な食材を使わなくても、今ある食材でここまでの味を出せたんだ。

 これは大きな一歩だ。



「うん。これは美味い」

「どうしたんだよシシグマ、この料理はなんだ!?」


 それから、店にはいつもの四人がやって来た。

 さっそくその四人には、さっきの料理を食べてもらったわけだが……四人とも舌を巻いている。これは万々歳の成果だ。


「シシグマよぉ……お前も腕を上げたなあ」

「ほんとだよ! 俺たちの知らねえ間にここまで上手くなりやがって!」

「はは。お褒めに預かりどうも」


 いい反応をもらえてる。よかった。俺は楽しく談笑するシシグマさんたちを、厨房の中から見ていた。


「そういやあ、なんてったかな……俺たちの前にあの……あそこの家の名前、なんだったけな?」

「マレシャル家だったか? そう、その家の子供が来てよ。シシグマ、お前知ってるだろ? 店始めんのに資金援助してもらった、あの家の子供だよ」

「なーんか妙なこと聞いてきたぜ。悪魔が……どうとか」


 四人が話しているのはもしかして、サジェスのことだろうか。

 サジェスの名字を知らないからなんとも言えないけど……でも、悪魔のことをしきりに追っている子供といえば、サジェスのことだろう。


「それがどうしたんだ」

「そうそう、それでよ。その子、パニック広原の方に行っちまったんだ」

「止めたんだけど、貴族の家の子供だから強く言えなくてなあ」

「でも俺たちも心配だから、こうしてお前のところに相談に来たわけだ。ほら、俺たちの言うことは聞かなくても、お前の言うことは聞くかもしれないじゃねえか。付き合いがあるんだしよ」


 あそこに? モンスターが出現する、あの危険な場所に一人で?


「そう俺に言われてもな……」

「だから相談だよ相談!」


 少し困った様子のシシグマさん。シシグマさんは店を離れるわけにもいかないし、かと言って聞いた以上放って置けない。難しい立場に置かれている。

 俺は厨房を出て、シシグマさんにこう申し入れた。


「俺がちょっと様子見て来ます」

「お? 威勢がいいねえ」

「兄ちゃんなかなかやるなあ」


 野次を飛ばす仲間とは裏腹に、シシグマさんは心配そうな顔をする。


「大丈夫なのか、トウマ」

「大丈夫です。聞いちゃった以上、このままにしておけませんしね。それに……俺、あいつには借りがあるんで」

「そうか……」


 無茶はするなよ。

 そう言ってシシグマさんは、俺を送り出してくれた。


 俺は足早で目的地へ向かう。サジェスの特性は強いとはいえ、モンスターと戦うには適していない。大変なことになる前に、サジェスに追い付かないと。


 最悪なことを想定しながら急いでいると、前方に青いシルエットが見えた。

 あれは……


「ヒールさん!」

「と、トウマさん? どうしてここに……」

「ヒールさんこそ……この辺で調査をしてたんですか?」

「ええ、まあ……ところで、トウマさんは何故こんな所に?」

「ああ、実は店でサジェスがパニック広原に向かったって話を聞いて……そんで、ちょっと様子を見に来たんです」

「え!? あの、怪物がたくさんいる!?」


 ヒールさんはおっとりとした雰囲気を消し、一気に厳しい目付きに変わる。

 前にも思ったけど……どうしてここまで雰囲気が変わるんだ? いや、今はそんなことを気にしている場合じゃないな。


「それは大変です。早く行きましょう。もし怪物に襲われでもしたら……これは一刻を争う事態です」

「は、はい……」


 俺はヒールさんの後を追って、走る。ヒールさんは足が早く、正直着いて行くのがやっとだった。さすが、国王から任命されただけある……ということか。

 まずい。向こうに着く前に、俺が限界を迎えそうだ。でもそんな弱音吐いてる場合じゃない。人の命がかかってる。ここで足を止めるわけにはいかない。


 なんとか気力を振り絞り、俺とヒールさんはパニック広原に到着した。

 そしてそこには、


 倒れているサジェスの姿があった。


 前方には以前ヒールさんを襲っていた、植物のモンスターがいた。

 サジェスを見たヒールさんは、態度を豹変させる。モンスターを恐れること無く、ヒールさんは突っ込んで行く。それはもう、勇敢に。


 その姿は戦士そのものだ。


「よくも……よくも! よくも! よくも! よくも!」


 その勇ましさには、一種の狂気すら感じた。今のヒールさんには、あの時モンスターを倒したような……あの凛々しさ、逞しさが宿っていた。


 一心不乱に杖を振り回し、モンスターの攻撃をかわしながら茎の所まで迫る。なんてダイナミックな……なんて恐ろしい戦い方をするんだ。無茶をするな、そのシシグマさんの言葉を今、ヒールさんに送りたい。


「よくもおおおおお!」


 杖はこの前と同じように、モンスターが生えている部分を狙う。勢いよく何度も叩き付け、そうして折れた。


 折れて茎が切断されても、ヒールさんはなお攻撃を止めない。何度も何度も、狂ったように杖を叩き付ける。


「よくも! よくも! よくも! よくも!」


 その姿はまるで、殺人鬼を彷彿させるような……それほど、この時のヒールさんは恐ろしかった。


「ヒールさん! もう倒しました! もうそんなことしなくていいんですよ!」

「よくも! よくも! よくも!」

「お願いです止めてください!」


 俺の制止の声は、全く届いてないようだ。ヒールさんを押さえ付けようとしても、振り払われてしまう。


「……う、うん?」


 そうこうしている間に、気絶していたサジェスが目を覚ましたようだ。

 気付いた俺は駆け寄り、サジェスを起こす。


「サジェス! 大丈夫か?」

「え、ええ……大丈夫です……ところで、あれは?」


 サジェスが指す方向には、未だモンスターを叩き続けているヒールさんの姿。サジェスは怖がる素振りもなく、ヒールさんを見つめる。


「あ、えーっとあれは……ヒールさんはモンスターと戦う時、ああなるっていうか……ちょ、ヒールさん! もう終わりましたから!」


 俺の声は、やはり届いていないようだ。サジェスはゆっくりヒールさんに近付き、背後から声をかけた。


「ヒールさん。そのモンスターはもう、動くことはありませんよ」


 俺とは違って、落ち着き払った声が辺りに響く。

 その声にヒールさんは反応し、サジェスの方を振り向いた。


 そして、勢いよくサジェスを抱き締めたのだ。


「よ、よかった……無事で……本当に……本当に、よかった……また……失わずに、済んだ……」


 咽び泣くヒールさんは、いつものおっとりとしたヒールさんだった。

 抱き締められたサジェスは、困惑した表情を浮かべて俺を見る。そんな、助けを求めるような目をされてもな。


 ……俺もこの状況わけわかんないよ。

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