番外編 今の僕がある理由
僕はずっと一人だった。
周囲の人間に溶け込めず、ずっと家に閉じ籠っていた。僕が一人だったのは僕の性格にも問題があるけど、やはり一番の理由は僕の家だろう。
僕の家は「普通」と違っていた。
「貴族」というだけでもう、一目置かれる存在なのに、僕の家系は代々「未来決定」という特性を持っていた。そのせいで街の中でも、貴族社会でも、僕ら一族は浮いていた。
それに拍車を掛けたのが、僕の性格である。子供らしい要素を持たない、そんな不気味な子。こんな厄介な子供がいる家として、僕の家はさらに気味悪がられた。
だから僕は、閉じ籠っていた。人に迷惑をかけないように。僕の家族が、これ以上疎まれないように。
本ばかり読んでいる毎日を過ごしていた時、ある家で開かれた宴会に行くことになった。
正直僕は行きたくなかった。しかしどうしても行かなければならないらしく、僕は両親に連れられて宴会会場に赴くことになった。
「サジェス、この本は絶対手放すなよ」
宴会に行く直前、父にそう言われて手渡された本とペンは、僕の家に代々伝わるものだった。この呪われた「魔具」のせいで、僕の一族は疎まれ続けてきたのだ。何故それを僕に。
「知ってると思うが、これは『特別』なんだ。先祖代々受け継がれてきた、『特別』な本とペン。だから他人に絶対渡しちゃいけないぞ」
「何故これを僕に?」
「そろそろお前も七つになる。特性が発現する頃だ。だから、これをお前に持っててほしいんだよ」
こうして「特性」の「引き継ぎ」が行われた。
古めかしい本で、かと言ってボロボロでもない。無限にページが続く本。そんな奇妙な本と、書けないペンを僕は受け取った。
これが無ければ、僕たちはこんな運命背負わされることもなかったのに。
そんな忌々しいものが、僕に引き継がれた。自身の血で、この本に「実現させたい未来」を書き込めば、自分の望む通りの未来に出来る。しかしなんでもかんでも実現するわけでもなく、実現出来ることには制限がある。
こんなの、いらなかった。でも一族の仕来たりで、僕はこれを手にしなければならなかった。
宴会会場には、たくさんの人がいた。
人が押し込められているようなその会場に、一冊の本を持った少年が現れる。皆、僕を珍しいものでも見るような目で見た。僕は見世物ではないのに。
本は家、もしくは馬車に置いていきたかったが、父がそれを許さなかった。肌身離さず、持ち歩かなければならないらしい。
しかし、僕は本を持ったまま行動する父を見たことがなかった。
(きっとここには、僕を見せびらかすために来たのだろう)
忌まわしい特性は引き継がれたのだ、と。世間にそう言いたいのだろう。だから僕をここに連れて来たんだ。引き籠りの不気味な僕を。
そう思うとなんだか、げんなりした。一体、あとどれくらいここに居なければならないのだろう。
そう思っていた矢先、僕の前に数人の子供が現れた。
「ちょっとお前、こっち来いよ」
強引に腕を引かれる僕を、助けてくれる大人はいなかった。父は何やら人と話しているし、母も人と話し込んでいる。
僕は為す術無いまま、庭へ連れ出された。
「お前だよな? 未来を変えられる本を持ってるのって」
「それ、俺たちに貸してくれよ」
二人の男の子が、僕に詰め寄る。僕だって出来ることならこの本を手放したいが、手放すなと固く言われている以上、それも出来ない。
それにこの本は、僕の一族しか使えないのだ。
「……この本は、一族の血を引く者しか使うことが出来ません」
「え!? じゃあ俺たち使えねーの!?」
「なんだよそれー、いいおもちゃだと思ったのに」
おもちゃ、ねえ。
それに正しく言えば、この本に未来を変えられる力は無い。ただちょっと、人の運命をねじ曲げることが出来る程度だ。
いっそのこと、これを使って全世界の人を操ることが出来たのなら、まだ使い勝手がある本だったのかもしれない。でもそれも出来ない。この本は、「有り得る未来」を実現させることしか出来ないのだから。
「皆行こうぜ。ったく、期待外れだよ」
ぞろぞろと子供たちは去っていく。僕は一人取り残された。
またあの会場に戻るのも億劫だ。さて、どうしたものか……そう悩んでいると、さっきの子供たちの騒ぎ声が聞こえた。
「なんだこいつ! 変な髪!」
興味が湧いて、僕は子供たちの後を追ってみる。子供たちの目の前には、黒い髪の毛をした男の子が居た。
「黒い髪の毛なんて初めて見たぜ」
「こいつ何処の家の子だ?」
「私知らなーい」
口々にそういう子供たち。反対に、黒髪の男の子は何やら怯えているように見えた。
「なあ、お前なんでそんな髪してんの?」
「え? こ、これは生まれつきで……」
「変なの! こいつの髪の毛腐ってんじゃねーの?」
子供たちの一人が、黒髪を引っ張る。痛がるその子にお構い無く、子供たちは黒髪をいじり始めた。口々に罵り、髪の毛を引っ張る。とうとう黒髪の男の子は泣き出してしまった。
僕はペンで自身の左腕を切り、本にこう書き記した。
「会場から消えた子供たちを探して、子供たちの親がこの庭にやって来る」
しかし何も起こらない。十分起こり得る未来だと思ったのに、何故。
仕方なく僕は、別の未来を書き記す。
「子供たちの一人が転ぶ」
そう書いても何も起こらない。
僕は左腕を血塗れにしながら、何度も何度も「有り得そうな未来」を書いた。でも何も起こらなかった。
もう何度本に書いたかわからない。僕は特性を上手く使いこなせなかった。諦めて、本を閉じる。
そして髪の毛を引っ張る男の子に近付き、本をその子の頭に落としてやった。
しきりに黒髪を引っ張っていた男の子は、驚いてこちらを見る。その表情がなんとも滑稽で、おかしかった。痛そうに頭を押さえる男の子を、周りの子供たちは何が起こったのかわからない、というような表情で見つめていた。
僕は本を振り回し、子供たちに当てていく。反撃しようとする子には、ペンを突きつける。そんなことを繰り返していたら、いつの間にか子供たちは目の前から居なくなっていた。
遠くで何やら子供が泣く声が聞こえる。この場には、僕と黒髪の男の子しかいなくなった。
「あ、あの……ありがとう」
黒髪の男の子はお礼を言う。お礼って……なんのことだろう。
「……別に、お礼を言われるようなことはしてませんよ」
「でも、僕を助けてくれた」
「助ける? そんな、僕は助けたつもりでは……ただ、泣いている貴方を放って置けなかっただけで」
「……? それを、『助けた』とは言わないの?」
その子はきょとんとした。そんなことを言われても、こうやって他人と話すのは初めてだから、よくわからない。
誰かにお礼を言われるなんて、初めての経験だ。僕は明らかに戸惑っていた。この子とどうやって接すればいいのか、わからなかった。
「あ! 血!」
「ああ、これですか」
僕の左腕は血塗れだ。シャツの上からでもはっきりとわかるくらい、出血していた。帰ったらちゃんと手当てしなくては。
冷静な僕とは反対に、その男の子は狼狽えていた。
「ど、どうしよう!? そんなに血がいっぱい……もしかして死んじゃう!?」
「これくらいで死にはしませんよ」
「そもそもなんで、そんな血塗れに……?」
怯えたような顔を向ける。けれど、恐らくこれが普通の反応なのだろう。僕が冷静すぎるだけで。
「特性を使おうとしたんですけど……上手くいかなくて」
「と、とくせい?」
「知らないんですか。簡単に言えば……不思議な力です」
「不思議な力?」
「はい。僕の場合、この本に自身の血で実現させたい未来を書くと、その未来が実現する……というもので」
「未来が、実現……?」
「『未来決定』というものなんですけど……僕は上手く使いこなせませんでしたね」
それにしても、何故使えなかったのだろう。僕が特性に目覚めていなかった? いや、特性の発現はしててもいい年齢だ。では、僕の書いた未来が「有り得なかった」ことだった? いや、そんなはずは……
僕が考え込んでいると、その子は妙な発言をした。
「なんか、悲しいね」
悲しい?
「……どういうことですか」
「だってその力を使うためには、自分の腕を切らなきゃいけないんでしょ?」
「まあ……そうですけど」
「それって、すごく痛くない?」
「痛くない、と言ったら嘘になりますが……」
「ほら、悲しい。僕だったらそんな力、使いたいとも思わないもん」
この特性を、「悲しい」と表現した人に会うのは初めてだ。
大抵の人はこの特性を気味悪がったり、悪い意味で賞賛したりした。「気持ち悪い」「悪いことに使えそう」などなど……しかしこんな風に言うのは、後にも先にも恐らくこの子だけだろう。
そう思うと、なんだかおかしくなってくる。
「ふふ。貴方は……面白いことを言いますね」
「僕は『あなた』って名前じゃないよ」
「では、名前はなんというのです?」
「僕はエルト」
「エルト……そうですか」
「そっちの名前は?」
「僕はサジェスです」
「そっかあ……よろしくね、サジェス!」
エルトは笑った。こんな風に笑顔を向けられたこともないから、どんな反応をしていいのかわからない。
それにしても、エルトは何処の家の子なんだろうか。僕はエルトを知らない。ということは、僕の家とは関わりが無いのだろうか。
いや、そもそも僕はさっきの子供たちの名前もわからない。そうだ、僕は人前に出ないせいで、そういうことには疎いのだった。それならエルトを知らないのも当然だ。
「しかしまあ……こんな出会いもあるんですね。もし僕が童話の中の盗賊なら、これから偉い目に遭うのでしょうね」
「どうわ?」
「ええ。『お馬鹿な盗賊』というのですが……知ってます?」
「知らない。どんな話?」
「ある所に馬鹿な盗賊がいて、ある日……ある家を襲うんです」
「ある所って何処? ある日っていつ? ある家って何?」
「そこはあんまり気にしなくてもいいんですよ……お話ですから。それで、盗賊はまんまと金品を盗んだのですが、その家の子供が怪我をして動けなくなっているのを発見しまして。かわいそうに思った盗賊は、その子を手当てしたんです。すると、元気になった子供は盗賊をやっつけて、盗賊は捕まってしまう……というような話なんですけど」
何故僕は、出会ったばかりのエルトにこんな話をしているのだろう。しかしエルトは僕の話を、目を輝かせながら聞いていた。
「ねえねえ。どうして盗賊は盗賊なの?」
「え……? さあ……そういう設定ですから」
「じゃあどうして、その子供は怪我をしていたの?」
「それは……そういう話ですから」
「盗賊はどうして子供にやっつけられたの?」
「それは……」
そんなことを言われても。僕はこの物語の作者じゃないし、詳しいところはよくわからない。こうやって言い寄られても困ってしまう。
「なんでサジェスはさっき、偉い目に遭うって言ったの?」
「僕が盗賊で、エルトが子供だったら……僕はエルトにやっつけられることになりますから」
「? サジェスは盗賊じゃないよ?」
「ですから、それは例えで……」
「サジェスは僕から何も盗んでないもん」
困った。実に困った。どう説明すればいいのだろう。
僕は頭を抱えた。人と会話するのが、こんなに難しいとは。引き籠っていたら、絶対わからない感覚だ。
困惑する僕に対して、エルトはにっこり笑う。
「それにさ、僕はサジェスをやっつけたりしないよ」
「え?」
「だって、サジェスは僕を助けてくれたんだから!」
屈託のない笑顔のエルトは、とても眩しく見えた。
それが、僕とエルトの出会いだった。
それからというもの、僕とエルトは頻繁に会う仲になっていた。家の目を忍び、二人で街へ出かけることも多くなった。
僕はエルトに本で読んだ話を語り聞かせることが多かったが、いつもエルトは興味津々に聞いていた。そして必ず、疑問を僕に投げかけるのだ。僕は度々その疑問に答えられなくなった。
他にも、体を動かして遊んだりもした。まあ僕は外で遊び慣れてないせいか、すぐに疲れてしまったけど。
しかし、そんな日々はすぐに終わりを迎えた。
あの時特性が発動しなかったのは、僕があの子供たちの名前を知らなかったからである。本にしっかりあの子たちの名前を明記していれば、特性は発動したのかもしれない。
このようにある程度特性について理解した頃、僕は父に呼び出された。
「サジェス、お前は最近街に出ているようだな」
「……ごめんなさい」
「いや、家にずっと引き籠っているよりはいい。そのことでお前を責めるつもりはない。ただ……最近街が物騒になっているらしいんだ」
「物騒に?」
「だから、少し外出を控えてほしいんだ」
「街で何かあったのですか?」
「……なんでも、悪魔が出没しているらしい」
「悪魔」
悪魔は恐ろしいと聞く。本で何度か見たことがあるが、物語の中ではよく悪役として登場していた。人を襲ったり、人を騙したり……それこそ悪魔は色々な悪事を働いていた。
悪魔について無知な僕が、悪魔に襲われたらそれこそ終わりだ。
気を付けなければ。エルトにも知らせよう。
「悪魔とは、どんな感じなのですか?」
「具体的なことはよく知らないが……人間と違って、髪の毛が黒いらしい」
「髪の毛が……黒い?」
「人間なのか、悪魔なのか……髪の毛で見極められるらしいんだ」
黒い髪の毛。心当たりは一人しかいない。
僕は父の話のあと、すぐに街へ向かった。
今日はエルトと約束していた日だ。待ち合わせにはまだ早いかもしれないが、もしかしたら既に来ているのかもしれない。
エルトが悪魔かもしれない。でもそれは信じ難いことだった。あんな風に、綺麗な笑顔をする子が悪魔だなんて。信じられるはずがない。
僕は走って、走って、走り続けた。とにかく今は、真実を知りたい。それだけだった。
人気のない丘の上。そこが、僕たちのいつもの待ち合わせ場所だ。そこには、黒い髪で、黒い格好をした……「少年」が立っていた。
「エルト?」
そう声をかけると、その少年はゆっくりと振り向いた。
背丈は僕より少し大きい。顔付きも少々大人びている。しかし……僕にはその少年がエルトだとすぐにわかった。
どうしてそんな姿をしているのか、まずそのことについて聞こうとした途端、
「サジェス。サジェスと一緒に居た時間は楽しかったよ」
そう笑ってエルトは消えてしまった。
全くわけのわからないまま、僕は放り出されてしまったのだ。僕はその場に取り残されてしまった。たった一人。たった一人で丘の向こうを見つめていた。
エルトに聞きたいことはたくさんあったのに、この日以降、エルトと会うことは二度となかった。僕の疑問は解消されないまま、今日に至る。
これが、僕がエルトという悪魔に出会った全て。
そうして僕は、エルトを探して「悪魔教」の調査に乗り出したのだ。
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