第19話 そして
店の奥にはシシグマさんとリルン、そしてヒールさんが居た。
机の上には色々な食材が置いてあり、恐らく三人で仕込みをしていたのだと考えられる。
そこへいきなりサジェスが乗り込んできた。
「ヒールさん、少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」
突然やって来た子供に名指しされたヒールさんは、少し戸惑っているようだった。まあ、無理もない話だ。
「あ、ええ? わ、私に何か……?」
「すみません、ちょっと来て頂けます?」
「え? え?」
サジェスは、やや強引にヒールさんを店のカウンターに連れ出した。
「ヒールさん。悪魔教について、知っていることを教えてください。あ、その前に自己紹介がまだでしたね……僕はサジェスといいます」
「さ、サジェス……君?」
「ヒールさん。ヒールさんが知る悪魔教の全てを、僕に教えてください」
「ど、どうしていきなりそんな……」
詰め寄るサジェスに、ヒールさんは怯えたような目を向ける。確かこの人、国王から調査を依頼されたとか言ってたよな? その割にはなんだか頼りない……本当に国王から依頼されたのか、疑ってしまうほどの振る舞いである。
「……そうですね。まずはこちらの事情をお話しなくてはなりませんね」
「……事情?」
「僕は……恐らく、その悪魔教に関わりがあります」
サジェスは衝撃の発言をする。俺たちはどよめいた。悪魔教と関わりがある? それはつまり、街を襲った奴と関係があるということか?
「それは、どういうこと?」
「僕には悪魔の知り合いがいました……過去の話です。僕は、その知り合いの行方を追っているんです」
「悪魔に知り合い? 知り合いって、どういうこと?」
ヒールさんの顔付きが変わる。さっきの頼りなさそうな感じから一変して、今は凛々しく毅然としている。その豹変ぶりに、俺は少し戸惑ってしまう。
それよりもサジェスだ。いきなり登場して、この急展開。この子は一体なんなんだ。
サジェスさ重々しく口を開く。
「……友達だったんです。でもあの時は、その子が悪魔なんて知らなくて。あとから知ったんです。その子が悪魔だと。大した説明もなく、その子は僕の前から姿を消しました」
「悪魔と、友達……」
「僕は理由を知りたいんです。僕に近付いた理由、そして突然姿を消した理由。それをはっきりさせるため、僕は独自に悪魔を調べていました。そして、悪魔教に辿り着いた」
「そう……」
「僕は、真実が知りたいんです。ですので……無理なお願いかもしれませんが、どうか悪魔教について知っていることを教えてください。悪魔教の実態がわかれば、きっとその子に辿り着けると思うんです」
サジェスの目は真剣そのものだった。しかしその目は揺らいでいて、悲しみが入り混じっているように見えた。こんなに小さいのに、色々大変だったのだろう。
そりゃそうだ。友達が悪魔だったなんて、そう簡単に受け入れられるわけがない。
「……事情は、わかったけど……」
「それなら!」
「でも、ごめんなさい。私は協力出来ない」
「何故ですか!」
「そもそも、どうして私が悪魔教に詳しいと知っているの?」
「それはトウマさんが……」
ヒールさんがこちらを見る。その視線は鋭く、俺は思わず怯んでしまう。
「トウマさん……このことは機密事項と言ったはずです」
「す、すみません……」
やっぱまずかったか。ごめんなさい、ヒールさん。
俺はヒールさんから目を逸らし、床を見つめる。
「……私は、こんな小さい子を巻き込みたくないの。だからサジェス君、悪魔教に関わるのはもう止めて」
「僕が子供だからですか。子供だから駄目なんですか」
「そう。サジェス君をこんな危険な目に遭わせたくないの。まだ未来があるサジェス君を……こんな危ないことに巻き込みたくない」
「確かに僕は子供です。でも僕には特性があります。悪魔に太刀打ち出来る特性を持っているんです。それに、ヒールさんに迷惑はかけません。ただ、情報を提供してもらいたいだけなのです」
「……ごめんなさい。それは無理な相談なの」
俯くヒールさん。その決して己を曲げない姿勢は、絶対に一般人を守るという固い信念を感じた。もしかしたら他にも何かあるのかもしれないけど……
「……わかりました。変な話をしてしまって、ごめんなさい。僕は……ここで失礼します」
サジェスはそう言って、俺たちの前から立ち去った。
「未来決定」の特性を持つサジェス。あいつは子供だけど、何処か哀愁漂う大人びたところがあって……そして、とても悲しい顔をした奴だった。
「そうなんですか。ヒールさんがこの店に……」
「ああ。どうしても、と頼まれてな」
次の日、王食祭まであと四日。俺とシシグマさんは厨房で仕込みをしていた。といっても、俺は野菜を切ったりしているだけだけど。
そんな疑問が頭によぎった瞬間、昨日のことを思い出す。ネトムはあれから帰って来たが、俺とは一言も会話をしていない。あいつは今日、リルンと一緒に居るみたいだが、何処に行ったのかはわからない。
「でもまさか、俺たちと一緒で住み込みで働くなんてびっくりしました。こんなに一斉に厄介になっちゃって……大丈夫ですか?」
「別に構わない。人手が増えるのは歓迎だ。この店は案外広いし、ベッドも人数分ある。特に問題はないな」
「どうしてこんなにたくさんベッドがあるんですか……ベッド屋か何かですか……」
「はは。あれは、仲間とつるんでた時の名残だよ」
仲間。いつも店に来ているあの四人のことか。
シシグマさんはあの四人と何があったんだろう。どうして店を開くことになったんだろう。そう考えてみると、シシグマさんも結構謎だ。
まあ、俺も自分から聞こうとはしないけど。
「リルンは悪魔教を追うことに協力するとか言っていたが……トウマはどうするんだ」
「……俺に、出来ることなんて無いんです。悪魔とか言われても、なんかピンとこなくて」
「……まあ、トウマの好きにすればいいと思うぞ」
俺には関係無い話なんだ。そんな、自ら危険に飛び込むようなことはしない。リルンはリルンで一人で行動してるし、四六時中俺が着いていくのもなんか変な話だ。
これでいいんだ。これで。
「それにしても……王食祭直前だというのに、物騒な話が出てきたものだ」
「そうですね……悪魔とか色々、俺にとっては全然現実味が無い話です」
「トウマは宗教とは無縁の国に居たのか?」
「まあそうですね……一応宗教はありましたが、興味は無かったです」
「俺もそんな感じだ。って、そんなこと言ったら怒られるかもしれないがな」
ヒールさんは幸いここにはいない。調査とか言って、朝早くから出かけてたんだっけ。ついでに食材を取ってくる、って言ってたけど……大丈夫かな?
見慣れない野菜を一通り切り終え、まな板の上には切られた野菜が山積みになる。
「シシグマさん、これどうしましょうか」
「こっちに渡してくれ。ありがとな」
「いえいえ……あ、あれも野菜ですか?」
「ああ、そこは食えない部分なんだ。だから、これから捨てる」
「え? 食べられないんですか?」
シシグマさんの横には、葉が無造作に置かれていた。葉……なのか? 俺は勝手に野菜だと思ってるけど、あれは食べられないのか。もったいない。
「それは根っこしか食用に適していないんだ。葉の部分は辛くて、とても食えたものじゃない」
「そうなんですか……ちょっと食べてみてもいいですか?」
「別にいいが……腹は大丈夫か?」
「腹は鍛えられてるので大丈夫です」
普段色々食べてるからな。
躊躇うことなく俺は、葉を口に入れた。
「かっっっっっっっっら! え!? あ! み、水うう! 水!」
「はははは。俺も間違って食べた時そうなったな」
シシグマさんは笑いながら、一杯の水を持って来る。
俺はそれを受け取り、一気に飲み干した。ああ辛かった。舌がめちゃくちゃヒリヒリする。どんだけ辛いのあれ。
「一枚でこの威力……強いですね……」
「だから食用には適していないんだ」
「よくわかりました……でもこれでもう少し辛味が柔らかかったら、きっとスパイスとして調度よく……」
俺はそこまで言いかけて、手を止める。
「……そうだ。そうだ! シシグマさん! 俺、思い付きましたよ! 新しいメニュー!」
「どうしたんだいきなり」
「これを! これを使うんです!」
「でもそれは、辛くてとても料理には……」
「俺に言い考えがあります!」
自分でもなかなかの名案を思い付いたと思う。
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