第18話 未来決定

 サジェスは本を閉じる。


「トウマさん。特性について悩んでいることがあれば、僕に相談してください。何か、お力になれることがあるかもしれません」

「……実は俺、特性を上手く使いこなせなくて。そもそも、自分がどんな特性を持っているのかも、よくわかんない状態で」

「そうだったんですか……」


 気付けば、俺はぽつりぽつりと話し始めていた。

 そうだ。「この世界のことは、この世界の人間に聞くのが一番いい」じゃないか。

 それなのに、何故俺は頑なに人に自分の素性を明かすことを拒んでいたのだろう?


「そうですね。まずは特性がどうやって発現したのか、教えてもらえます?」

「それがわからないんだ。いきなり発現した、というか……」

「ふむ。では、特性が発現した時の状況を教えてください」

「え? えーっとあれは……盗賊? に追われてて、リルンと一緒に逃げてたんだけど……リルンが盗賊のボスに蹴られて、そんでムカついて、気付いたら発現してた、みたいな……?」


 こんな説明の仕方あるか。そもそも盗賊に追われてた、なんてどういう状況だよ。

 しかしサジェスは、その辺は気にしていないようだった。


「……なるほど。もしかしたら大きな負の感情が引き金となって、特性が発現したのかもしれませんね」

「負の感情……」

「トウマさんの場合、感情がきっかけになって特性が発動するのでしょう。特性が上手く使えない、と言っていましたが……それは恐らく、感情が伴っていなかったから発動しなかったのだと思います」

「感情が……伴っていなかったから?」

「はい。激しい怒りや悲しみに直面しないと、特性が発動しないのだと思います」


 確かに思い返してみれば、特性が発動した時はいつも怒っていたような気がする。サジェスが指摘した通りだ。自分の特性のことなのに、他人から指摘されて初めて気付くなんて……俺って相当間抜けだな。


「でも、どうしていきなり発現したんだろう」

「そうですね……トウマさん、特性が発現する前に何か……変なものでも食べましたか?」

「はい!? 変なもの? えーっと、心当たりが多すぎて……」

「例えば?」

「えーっと、まずは草……紙もか? 段ボールも……紙に入るか。他に? 他には虫とかも……」

「あの、トウマさん。今までどんな生活してきたんですか?」

「ああちょっとまあ……家にお金が無くて」


 貧乏を舐めるんじゃない。というか、こんなのまだまだ序の口だ。

 でも俺の食べたものが、特性の発現に関わっているとは思えない。こういうものを食べるのは今に始まったことじゃないし。もし食べ物に原因があるのなら、俺はとっくの昔に特性を発現させてる。


 いや、そもそも「特性」というものがこの世界限定の話だから、この世界に来てからのことを考えればいいのか。この世界に来ても草は食べたけど……それは特性が発現してからの話だしな。


「しかし、今聞いたもので特性が発現するとは思えませんね。トウマさん、他に変わったものを食べましたか?」

「いや……特には……」


 変わったものって……俺にとっては結構主食だったりするんだけどな。

 まあ、今更理解してもらおうとは思わないけど。

 煮え切らない態度を取る俺に、サジェスは質問を変える。


「では、何か特性が発現する前に変わったことはありませんでしたか?」

「変わったこと……? うーん……」


 何か変わったことといえば……駄目だ、変わったことが多すぎて何が原因なのかわからねえ。


「何か変なものに触ったり、変なものを体内に取り入れたり……そんなことはありませんでしたか?」

「そう言われても……あ!」


 そうだ、心当たりが一つある。


「何か薬品? をかけられたんだ。で、それが目に入った!」

「ほう、薬品? どんなものですか?」

「なんかこう……紫色をしていたような……?」

「なるほど、わかりました。トウマさんの特性は、十中八九その薬品が原因でしょう。恐らくその薬品の中に、特性を発現させる何かが入っていたのかもしれません」

「特性を発現させる何か……」

「それは調べてみないとわかりませんが……そうですね。トウマさん、詳しく調べたいので一度トウマさんを解体してもいいですか?」

「はい!? さすがに無理です! ちょ、俺を殺す気かよ!?」

「ふふ、冗談です」


 そう言って笑うサジェスは、とても上品に見えた。

 でもちょっと冗談きついぜ……何しろ俺は何度か殺されかけたからな。


「特性についてまだ聞きたいことはありますが……ひとまず今日はこんなところでしょうか」

「はあ……」


 ……待てよ? 俺、なんでこんな子供にこんなこと話したんだろ。

 確かに特性について相談はしたかったけど、でもあまりにも警戒心が足りてない行動だった。相手のことをよく知らないのに、こんなに自分のことをべらべらと……警戒してたつもりなのに、「つい」喋ってしまった。


(俺、どうして喋ったんだ……?)


 疑問に思っていると、サジェスは微笑んだ。


「おや、貴方も気が付かれました?」

「気付いた……って何を?」

「トウマさんにはまず、謝罪しなければいけませんね。すみませんでした。少し……トウマさんには術をかけたんです」

「術?」

「はい。それが僕の特性です」


 特性? この子も特性を持っているのか?


「僕の特性……『未来決定』に、トウマさんはまんまとかかったのです」


 未来決定。なんだそれ、すごく格好いいじゃん。名前から推測すると、自分の思い通りに未来を決定出来る……というものだろうか?


「その特性って、どういうものなんだ?」

「……色々喋らせてしまったお詫びに、きちんと説明しなければいけませんね。僕の特性は簡単に言えば、未来を決定出来るというものです。トウマさんの未来を、『僕に特性の相談をする』というものに書き換えさせてもらいました」

「サジェスの特性は、他人の未来を操れるのか? それってすごい便利そうだな。自分の思い通りに人を動かせるってことだろ?」

「これは一見便利そうですけど、いくつか条件があるんです」

「条件?」

「はい。こうやって『本に起こらせたい未来を書く』というのは、すごく簡単そうに見えますけど……僕の特性を発動させるには、この本と自身の血が必要になるんです。血をインクにしないといけないので、僕の腕は傷だらけですよ」


 サジェスは袖をまくって、自身の左腕を見せた。そこには包帯が巻かれており、血がうっすらと滲んでいた。

 さっき腕を切ったのは、そういうことか。普段の俺なら絶対それにツッコミを入れてたのに、そうしなかったのは術にかかってたせいなのか。


「痛そうだな……」

「実際痛いですよ」

「でも痛い分、自分の好きな風に未来を決定出来るってことだろ? だったら、いい特性じゃないか」

「そうでもありません。未来を決定するためには、『起こり得る可能性』を考慮して、『詳細に』書かないといけませんから」

「? どういうことだ?」

「例えば、『今ここに盗賊がやって来る』というようなことを書いても実現はしません。『具体的にどんな人たちが来るのか、はっきりと書かれていない』からです」

「なるほど……主語を明確にしてないと駄目なのか」

「それ以外にも条件があります。例えば『トウマさんが泣く』と書いても、実現はしないでしょう。何故なら、『今からトウマさんが泣く可能性が無いから』です。トウマさんが今、泣きそうなほど辛い思いをしているのなら実現するのかもしれませんが……」


 大体わかってきた。つまりサジェスの特性は、「起こり得る可能性の一つを、無理やり実現出来る」というものだ。だから、「有り得ないこと」は決定出来ない。

 不治の病を治したり、致命傷を負った人が元気に生きる未来は決定出来ないということだ。って俺、なんか例えが暗いな?


「なんとなくわかった。結構厄介な特性なんだな……あれ? ってことは、俺がサジェスに相談したのは『可能性がある未来』だったってことか?」

「そうなりますね」


 そうか……「有り得ること」だったってわけか。

 勝手に俺の未来を決定付けやがって、なんてサジェスには怒れないな。仮にサジェスが特性を使わなくても、俺は相談してたのかもしれないってことだし。

 あーあ。そう考えると、ほんと俺ってチョロいのかな。


「ところで、これは全然関係ない話なんですけど」

「なんだ?」

「先程の店でトウマさんが言っていた、『お客様は神様』という言葉……あのような言葉は初めて聞きました。面白い言い回しですね」

「あー、俺の国では主流な考えでな。よく耳にしてたんだ」


 バイトとかでな。お客さんから理不尽な目に遭っても、大抵この言葉で片付けられてしまうんだ。全く、そう考えると日本ってのはどうかしてるぜ。


「そうなんですか……面白い考えですけど、僕はその言葉に賛同出来ませんね」

「どうして?」

「お客が神というのなら、働き手である全ての人間は救われるはずではありませんか?」


 目から鱗、とはまさにこのことだと俺は思った。

 確かにお客さんが偉い神様なら、俺たち貧乏人はとっくに救われているはずだ。今まで俺はお客さんを大切にしてきたのだから。どんなに酷いお客さんでも、我慢して丁寧に接客していたのだから。

 どうしても、元居た世界のことを思い出してしまう。よくよく思い出してみれば、あの世界でロクな思い出無いな。


「それに、信仰する神は一人で十分でしょう」


 サジェスの言葉は、とても重みがあった。見た目は子供だが、まるで何百年も生きているような、そんな感じがする。

 きっとめちゃくちゃ頭がいいんだろうな。


「そういや、この国の宗教ってどんな感じなんだ?」

「プルミエル教と言いまして、元人間の女神を信仰する宗教です」

「元人間……なんかすごいな」

「正確に言えば、人間が女神として祀られたというところですね。でもどうしてそんなことを?」

「前に悪魔教がやばいとか聞いたからさ、他にもそういうのあるのかなって」

「悪魔教……? トウマさん、それ何処から聞いたんですか」


 サジェスの顔付きが変わる。あれ? 俺何か変なこと言った?


「ヒールさんっていう人から聞いたんだけど……」

「ヒールさん? その人はどのような人ですか?」


 ヒールさんの素性って明かしていいのかな。いや、なんか機密事項とか言ってなかったっけ? じゃああんまり喋らない方がいいよな?


「ええ? あー、悪魔に襲われてた人で……」

「悪魔に? その人、実際に悪魔を見たんですか?」

「まあ……ってか、悪魔を見たのは俺もだけど」

「本当ですか!?」


 勢いよく立ち上がるサジェス。

 え? どうしてこんな目がギラついてんの。ちょっと怖いんだけど。


「トウマさん……少し事情が変わりました。そのヒールさんという人に、会わせてもらえませんか」

「あ? えーっと、その人ならさっき店の奥に……」

「わかりました。ありがとうございます」


 サジェスは席から離れ、店の奥へと向かった。え? あそこ、従業員専用的な感じのとこだけど! いいの入って?


 これから何か大変なことが起きる、そんな予感がした。

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