第17話 見た目は子供なのに!
もやもやした気持ちは収まらない。
リルンの特性、そしてネトムの悪魔疑惑、これらは俺の心に大きな影を落とした。俺はネトムから離れ、一人で店へ戻った。
店に戻る途中、俺は隣の店で何やら言い争う声を聞いた。隣の店といえば、先日シシグマさんの料理にケチをつけた奴がいる所だ。奴の甲高い声が、外にまで聞こえてくる。またあいつ、揉め事を起こしているのか。
窓からその店を覗いてみると、やはり俺の思った通り、あの髪の毛がカールした店主が騒いでいた。そしてあいつと向かい合っているのは……男の子?
(子供と言い争っているのか……? 大人気ない)
その子供はリルンと同じ身長……いや、もしくはそれ以上に小さいのかもしれない。左手には本を持ち、そして白と金色のローブを纏っている。一目でわかる、この男の子は金持ちだと。
客とトラブルを起こしたってことか? 俺は二人の会話に耳を澄ませる。
「言いがかりはよしたまえ! 私の料理にケチをつけるつもりかい!?」
「どうもこうも……この料理はカロールさんの料理そのものです。あまりにも見た目、味が酷似している……つまりこれは、あの店の『再現』ということでしょう」
「何!? じゃあ君は、これがカロールとやらのパクリとでも言うのかね!?」
「……まあ、その通りに解釈してもらってもいいですよ」
「なんなんだね君は! 子供のくせに偉そうにして! 何様のつもりだ!」
俺はあいつが子供に手を上げようとしているのを見て、居ても立っても居られなくなった。店のドアを勢いよく開き、俺は一瞬にして注目の的となった。
(あれ? 俺何を……)
ふと我に返ると、自分の行動の不可解さに疑問を投げかけたくなってくる。俺、いきなり飛び出して何してんだろ。
「君は確かシシグマのところにいた……なんだね、この店に偵察に来たのかい!?」
「……見当外れなこと言わないでくれよ。それよりもお前……その子に今何しようとした?」
「は?」
「暴力は野蛮じゃなかったのかよ? お前、その子を思いっきり叩こうとしたよな?」
その言葉を聞いた店主は、少し狼狽える。
店の中には一人か二人ほど客がいた。その人たちは、心配そうにこちらを見ている。
なんだ。この店大して客いないじゃん。シシグマさんの敵じゃないな、なんて冷静に分析する自分もいた。
「だ、大体この子供が私の料理に言いがかりを……」
「言いがかり? なあ、因果応報って言葉知ってるか? シシグマさんに言いがかりつけた、その報いが今来てるんだ。まあ……その子が言っていることは言いがかりじゃなくて、事実なのかもしれないけど」
「屁理屈を言うんじゃない! 大体君も、見たところ私より若いじゃないか。年長者に向かってその口の利き方はなんだね? シシグマと一緒で、君も品が無い人間だな!」
「品が無いのはそっちだろ。客に向かってなんて態度取ってるんだよ。『お客様は神様』っていう言葉知ってるか? 客商売じゃあ、お客さんが一番偉くて尊重されるべきなんだ。それなのにお前は、そのお客さんに向かって手を上げようとした……」
自分でも恐ろしく、低い声が喉から出る。俺、こんな声も出せるのか。
「お前、最低だな」
そう言って顔を上げた瞬間、俺は全身から力を感じた。
この感じ、この身体の内側から湧き上がってくる感じ、間違いない……俺の「特性」だ。でも何故今のタイミングで? そんな戸惑いは、俺の中から消えた。
もういいじゃないか。そんなこと。どうでもよくなってきた。一回こいつを黙らせば済む話じゃないか。俺が店主に向かってゆっくり歩み始めると、
「外を通りかかったシシグマが異変に気付き、この店『フルール』に入って来る!」
本を持った子供がそう叫んでいた。
すると急いで店にシシグマさんが入って来る。その途端、俺の怒りは何処かに消えてしまった。
どうしてシシグマさんがこの店に? そもそもこの男の子は一体? 様々な疑問が浮かぶが、答えは出ない。
「トウマ? 何やってるんだこんな所で」
「え……? シシグマさんこそどうして……」
俺とシシグマさんは顔を見合わせて、お互いに混乱していた。今、何が起こっているんだ? 特性が発動したと思ったら、シシグマさんがこの店に来た? 整理すれば簡単なことだが、俺の頭はそれを理解しきれない。
「シシグマ、私の店になんの用だ」
「用は無い……が、うちのトウマが何かこの店に迷惑かけたか?」
「迷惑も何も! 君の従業員に対する教育はどうなっているのだね!? こいつはいきなり……」
「シシグマさん、お久し振りです」
店主の言葉を子供が遮る。
あれ? この子とシシグマさんって知り合いなのか?
「あ……」
「お会いするのは、店の創業以来でしょうか」
「その節はどうも……助かりました」
「いえいえ。お礼は僕じゃなく、父に言ってください」
シシグマさんが敬語を使っている。そんなところを見るのは初めてだ。ていうか、子供に対して敬語を使うってことは、この子はそれほど尊ばれる人物なのだろうか。
「ええと、これは一体……」
「シシグマさんが気にすることではありません。ただちょっと、僕がここの店主と揉めただけです」
説明する子供は立ち上がり、そのまま出口へと向かう。
そして店主の方を振り返って、蔑むように店主を睨む。
「……貴方がカロールさんの味を真似たかどうか、正直そこは問題ではないのです。問題はその料理を食べた客が、僕と同じ感想を抱くこと。そのような人間がたくさん現れるのは、この店にとって不名誉なことに繋がるのではないですか? この店を続けたいのであれば、是非ともその料理の再検討をした方がよろしいですよ」
子供の言葉に、何も言い返せなくなるその店主の姿は、実にスカっとするものだった。
あの子、小さいのにすごい。それが、この一部始終を見届けた者の感想である。
俺とシシグマさん、そしてその子供は揃って店を出た。
何故かシシグマさんはその子に対して低姿勢というか、気を遣っているというか、とにかく少し不自然だった。あんなシシグマさんを見るのは初めてだ。
そのまま成り行きで、三人でシシ堂に入る。こうやって入るのは、なんだか新鮮だな。
「トウマ! あんた、今まで一体何処行ってたんだよ?」
リルンがこちらを見るなり、そんな声を上げる。リルンの隣にはヒールさんもいる。あれ? ヒールさんがテーブルを拭いている、ということは、シシ堂の手伝いをしているのか?
「……てか、そのガキどうしたんだよ」
「え? ああ、実はさっき隣の店で……」
「あたし、そのガキ嫌いだ」
「え?」
初対面なのにそれはないだろ……リルンは子供が苦手なのだろうか? 自分は子供みたいな身長をしているくせに……それにしてもその言動は酷い。
その子供はリルンを見ると、興味深そうに目を細め、考え込むような仕草をする。
「おや、これはこれは……こんな所で会うなんて、運命とは不思議なものですね」
「あたしはあんたが嫌いだ。なあ……あの時あたしに何をしたんだ? あたし、あんたに会ってから変になったんだ」
「気付かれたんですね。これは珍しいことです」
リルンと子供はそんな会話をしているが、一体どういうことなのだろう。そもそもこの二人、面識あったのか。まずその事実にびっくりである。
「リルン、知り合いなのか?」
「あたしが初めてこの街に来た時、金取ろうとして失敗した奴」
「はあああ!? おま、それ普通にカツアゲじゃん! 何やってんだよ!」
「しょうがねえだろ、金無かったんだし」
そんな理屈が通ると思うなよ!?
俺とリルンがまた言い争っていると、その子供はシシグマさんに目を向ける。
「シシグマさん、少しの間この店に居てもよろしいでしょうか。あの人に話がありまして」
「それはいいですけど……トウマにですか?」
「ええ。トウマ、さん? 少しお話よろしいでしょうか」
その子供は俺をじっと見上げてそう言った。
俺に話? 初対面なのに何を話すことがあるのだろうか。もしかしてさっきの件か? しゃしゃり出て来るんじゃない、とでも言われたりするのか?
「それは構わない、ですけど……」
「よかった。それじゃあ、しばらく二人だけにしてもらえますか?」
「わかりました。ほらリルン、行くぞ」
「ちょ、待てよシシグマ! あいつは駄目なんだって!」
シシグマさんはリルンを連れて、店の奥へ消えた。ヒールさんも何かを察したのか、それに続く。
そうして、店の中には俺と子供の二人だけになった。
「まずは座りましょうか。ええと、最初にするべきは自己紹介ですね。僕はサジェスといいます。先程はありがとうございました」
「あ、俺はトウマっていいます……そんな、俺は大したことしてないし、お礼を言われるほどでは……」
「敬語でなくても大丈夫ですよ。このような子供に敬語を使うのも、なんだか変な話でしょう。って、これはシシグマさんにも言ってることですけど」
「えっ、ああ……そうなんです……」
「敬語」
「あ、ああ……そうなんだ」
なんだか変な気分だ。子供と会話している感じがしない。雰囲気が大人びているし、動きもゆっくりで、まるで老人と会話しているような気分だ。
まあ、声は子供そのものだけどな。
テーブルに向かい合って座っているが、変な感じは拭えない。謎すぎるだろ、この状況。
「それで……僕はトウマさんに聞きたいことがあるんです」
「何を……聞きたいんだ?」
「トウマさんの特性です」
特性。俺の?
「どうしてそんなことを……」
「僕は昔からこの街を知っていますが、特性を持った人がいるなんて聞いたことがありません。ですので、単純に興味があるんです。特性というものに」
「あ、ああ……そういうこと」
やはり特性というのは珍しいものみたいだ。俺からすれば、全然そんな感じはしないけど。
「トウマさんの特性は、どうして発現したんですか?」
「それは……」
話していいのだろうか。正直、自分の特性について誰かに相談したいという気持ちもある。
しかし、迂闊にこちらの情報を渡していいのだろうか。俺はこの世界の人間じゃない。人と関わる時には、人一倍慎重になる必要がある。
果たして、喋ってしまっていいのだろうか。しかも相手は初対面だ。得たいの知れない奴に素性を明かすなんて、危ない橋を渡るのと同じじゃないか。
サジェスは、俺の心境を察したようだった。
「何か言えない事情でもあるのですか?」
「い、いやそういうわけでは……」
「……何やら訳ありのようですね」
サジェスは少し考え込んだあと、本を手に取った。
そしてペンを取りだし、そのペンで自分の左腕を切った。え!? 切った!?
「あえ!? ちょ、サジェスさん!?」
「申し訳ございません。少々手荒なことをさせてもらいます」
サジェスは血をインク代わりにして、ペンで本に何かを書き付ける。
そしてこう言った。
「トウマは自分の特性について不安に思っており、その悩みをサジェスに打ち明ける」
本が光ったような気がした。
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