第16話 葛藤と悪魔
「悪魔教は、その名の通り悪魔を信仰しているのですが……ここ最近活動が活発になってきまして、国王も黙っているわけにはいかなくなったんです」
「はあ……」
ヒールさんはシシ堂に来ることになり、今ヒールさんは食事をしながら喋っている。
俺とリルンはヒールさんの目の前に座って話を聞いているが、食べている量が尋常じゃないので内容が全く頭に入らない。前も思ったけど、ヒールさんって見た目によらず超大食いだよな。
「それで……んっ! これ美味しい! 前に来た時はお目にかかれなかった料理ですね! すごく美味しいです」
「そう言われると嬉しいな。じゃんじゃん食ってくれ」
「ありがとうございます!」
料理を貪るヒールさんを見て、シシグマさんが笑みを浮かべる。自分の料理が賞賛されて嬉しいのだろう。厨房で次の料理に勤しんでいる。
これだけの料理を注文出来るんだ。国王から相当な報酬をもらっているに違いない。いいなあ、きっと裕福な暮らしをしているのだろう。
ヒールさんはすっかり料理に夢中で、俺たちが目に入っていない。そして数秒後、思い出したかのように顔を上げる。
「あ、すみません……で……えっと、なんの話でしたっけ?」
「悪魔教の話です」
「あ、そうでしたそうでした……その悪魔教の信仰者は度々公共の場に姿を現し、人々を襲うようになったんです。先程のように……」
「どうしてそんなに活動が過激になったんですか?」
「……恐らく、『悪魔』の仕業だと思います。悪魔が人々を誑かしているんです」
「悪魔って、本当にいるんですか?」
「います! トウマさんも見たでしょう、あの子の力を! 悪魔は本当にいるんです」
確かに、あの二人を見たら悪魔の存在も容認せざるを得ないな。現にこの世界には「特性」という不思議な力もあるし、悪魔が実在していてもおかしい話ではない。容易に信じることは出来ないが、目の前であんな力を見せられた以上、認めざるを得ない。
「私はこの辺りに蔓延る、悪魔教を信仰する者を摘発するためにここに来ました。しかし、依然として悪魔教は姿を見せません。これだけ探しているのに、信者が一人も見つからないなんて変な話です……」
「そうなんですか……」
「ってこれ、ほんとは機密事項なんですけども」
「堂々と話していいんですか?」
「これをお二人に話したのはわけがあります……私、トウマさんとリルンさんに協力を仰ぎたいんです」
協力?
俺たちに何を求めるって言うんだ?
「あたしたちが協力?」
「ええ……お二人には、悪魔教を迎え撃つ力があります。先日の怪物に加え、さらに悪魔を撃退した……これほど強い方を、私は他に知りません。ですので、協力して頂きたいのです」
何を言う。モンスターはヒールさん、貴女が倒したんじゃないか。やはり覚えていないのか。
それに、あの悪魔を追い払ったのは俺じゃない。リルンだ。あの時、俺は何も出来なかった。そんな俺が、ヒールさんに協力? 足を引っ張るだけではないか?
「協力して頂けるのであれば、国王からそれなりの謝礼金が出るはずです」
「国王から謝礼!? そいつはめちゃくちゃ高い額が期待出来そうだな!」
身を乗り出すリルン。しかし俺は反対に、俯いたままだ。
「なあトウマ! やろうぜ! 王食祭の賞金と合わせて、国王からの謝礼金! とんでもない儲け話だ! 断る理由なんてねえな! だから……」
「俺はやらない」
俺には出来ない。無理だ。
「……はあ? なんでだよ」
「やるなら、リルン一人でやればいい。俺にはそんな力、無いんだから」
「でも、トウマには特性が……」
「とにかく俺はやらない……別に、俺がいなくたっていいだろう。稼ぎたいなら一人で稼げばいい」
「なんだよそれ……」
「すみませんヒールさん。俺は……ここで失礼します」
そう言って俺は、立ち上がる。これ以上ここに居たくない。一刻も早く、この場から立ち去りたい。
「ああそうかよ。別にトウマがいなくてもいいしな。そんなら、あたし一人でやるわ」
背中越しに聞こえたリルンの声が、やけに重くのしかかった。
――真っ当な生き方を教えてやる。
そう言ったのは俺なのに、俺はあいつから離れてしまった。約束を破るのは誰よりも嫌いなはずなのに、矛盾してるよな。
今までずっとリルンと一緒に行動していた。こうして離れるなんて、異世界に来てからほとんど無かった。
こうしてみると、リルンがいないと本当に静かだな。
(俺には、力が無い。自分の特性を使いこなせない)
そもそも俺の特性ってなんだ? あれは本当に特性なのか? 特性じゃなくて、ただの勘違いっていう線はないか?
でも……確かに俺は不思議な力を感じたんだ。勘違いなんかじゃない。
(俺は特性を証明出来ない。なんの特性なのかもわかってないのに、俺はいい気になって……)
浮かれていた。自分が特別なんだと、本当に信じていた。
でもそれは間違いだったんだ。現に俺は、リルンに先を越されてしまった。別にリルンと張り合っていたつもりはないけど、でも心の何処かで、あいつを見下していたんだ。
(勝手に浮かれて、勝手にリルンに嫉妬して、挙げ句この様だ……本当に俺……)
――最低だな。
俺はシシグマさんに断りを入れて、店を出た。
その時シシグマさんは何か言っていたが、俺はその声を聞かずに外へ出た。外はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだ。
ふらふらしながら歩いていると、どうやらいつの間にか人気のない所まで来てしまったようだ。そうだここは……俺とリルンが初めてこの街に来た時入った、路地裏だ。
そうだ、確かここで初めてシシグマさんとネトムに出会ったんだ。よくよく考えてみれば、思い出の場所……全てはここから始まったんだったか。
路地裏を進んでいくと、目の前に見覚えのある背中が見えた。
(あれは……ネトム?)
あの身なりは間違いない。そういえばあいつ、最近別行動することが多かったけど……こんな所にいたのか。ここで何をしているのだろう。
声をかけようとして、俺は立ち止まる。
他にも誰かいる。
ネトムと向き合っていた人物は、全身をすっぽり覆い隠すローブを纏っていた。さらにフードで完全に
顔が隠れているため、怪しさ満点だ。なんでネトムはこんな奴と一緒にいるんだ?
二人は俺に気付くこと無く、何やら話し込んでいた。
「お前は……俺の仲間だろう!?」
フードの人物が、ネトムに向かって怒鳴る。
その声はしわがれた男性のものだった。年齢は、ドストー村の村長くらいだろうと推測される。
それよりも仲間って? 一体なんの話だ? 俺は気になり、もっと二人の話を聞こうと思った。側にある木箱の山の影に、身を潜める。
「話を聞いてくれ、ネトム。俺と一緒に来るんだ、そうすればきっとお前もわかる。俺が言わんとしていることが、きっとわかる」
「だから……君のことは知らないって。俺にこんな知り合いいないし。そもそも誰なの?」
「きっと正直に俺の正体について話しても、お前は信じてくれないだろう」
「初対面なのに、随分と信用ないんだね」
「まあ……同じ業を背負う者、とでも言っておこうか。お前には心当たりがあるだろう?」
「……わからないね」
……この二人は初対面なのだろうか? 二人の話しぶりからして、そう感じる。
ネトムは厄介な奴に絡まれた、ということか? いや……判断するのはまだ早い。もう少し様子を……
「俺はお前の正体を知っているぞ」
「! ……へえ? わかるんだ? じゃあ聞かせてもらおうか、俺は何者なの?」
「……その前に、お前の髪について聞こうか」
「……髪?」
「お前、その金髪は地毛じゃないだろう」
「……」
ネトムの金髪が地毛じゃない? 染めた、ってことか? それってどういう……
「お前、本当は黒髪だろう」
俺は息を呑む。
ネトムが実は黒髪? 待て待て待て、黒髪はこの世界には存在しない。この世界の人間は皆、「黒以外」の髪色をしている。
黒髪は忌むべき存在なのだ。だから俺は疎まれた。だってこの世界での黒髪は、「悪魔と契約した契約者」か「悪魔そのもの」なんだから。
もしかして、もしかして、ネトムって。
悪魔?
でもそうすれば全ての辻褄が合うんだ。いつも一人だけ別行動、怪しい雰囲気、その全てに説明がいく。
ネトムは男の問いに、否定しない。否定しない、ということはつまりそういうことなのか?
(ネトムは、悪魔)
動揺した俺は、近くにあった石を蹴ってしまう。
その音に二人が気付き、こちらを見た。こんな簡単にバレるもんなんだな……石蹴っ飛ばして気付かれるって、すごい間抜けじゃん。
「トウマ、なんでこんな所に……」
「……」
ネトムは驚いた表情で俺を見た。
話していた男は俺を見るやいなや、その場から立ち去った。そうして、俺とネトムが対峙するような形になる。
「ネトム……どういうことだよ」
「どういうことって?」
「さっきあいつと話してただろ、そのことだよ」
「……? トウマが何に対して説明を求めているのか、全くわからないんだけど」
「お前は、悪魔なのか?」
そう言った瞬間、空気が張り詰めたような気がした。
目を見据える俺に、ネトムはゆっくり口を開く。
「……違うよ、俺は悪魔じゃない」
「さっきの奴が言ってた……あの『仲間』とかいう話は……」
「あの人は俺と無関係だよ。さっき初めて会ったんだ」
いつもの俺だったら、ここで納得するかもしれない。でもこの時の俺は、全てに疑心暗鬼になっていて、ネトムの言うことを信用出来なかった。
「…………俺は、お前が言っていることが信じられない」
俺がそう言っても、ネトムは顔色一つ変えなかった。何も言わず、俺を見ているだけだ。
「いつもお前は、挙動不審……っていうか、最近じゃあ、一人でいることが多かった。その間、一体何をしていたんだ? もしかしてお前は『悪魔教』や、街を襲った奴らと関係あるんじゃないか?」
一旦そう考えてしまうと、その考えにとり憑かれてしまう。ネトムは何か、「悪魔」と関係あるに違いない。そうじゃなきゃ、こんなに怪しい行動に出ないはずだから。
ネトムは俺の考えを肯定も否定もせず、ただこう言った。
「……トウマ、店に戻ろう。君は疲れているんだ」
その言葉はまるで、自分が悪魔だと肯定しているように思えた。
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