第15話 悪魔
この少年を見て最初に思ったのは、「世の中にはこんなゲスい少年がいるのか」ということだった。
普通の少年は、こんな風に人を踏みつけたりしない。見た目は中学生くらいなのに、やってることがえげつない。そのあまりの酷さに、俺は言葉を失ってしまった。
「ねえねえそこのお二人さん。せっかくここに来たんだから、ちょっと僕の相手してくれない? この人本当に弱くてさあ、話になんないの」
少年はゆっくりこちらに近付いて来る。こいつは絶対に人間じゃない。何故か俺にはその確信がある。ここでこいつを斬らないと、こっちが殺られる。そう本能が告げていた。
それはリルンも同じようで、俺が反応するよりも前に、鎌を構えていた。洒落を言ってる場合ではないが、こういうくだらないことを思って少しでも気を紛らわしたかった。
――それほどこの光景は異常だから。
「あんた、なんなんだよ。あんたがこれをやったのか?」
「そうだよ? それが?」
「じゃあ……遠慮なく殺っちゃっても問題ねえよな!」
その言葉と共に、リルンは少年に突進していった。その表情はやけに生き生きとしていて、俺は改めてこいつをやばい奴だと認識する。
大きな鎌を、少年の首に向かって振り上げる。確実に息の根を止めるために、いきなり急所を狙っていった。殺しに対して躊躇は無いのか。
「遅い遅い」
しかし少年はリルンをひらりとかわす。身のこなし方が見事だ。しなやかで、無駄な動きが無い。無駄な動きが多いリルンと比べ、少年の動きは鮮やかだった。
リルンは鎌が空振ったことに驚いたが、すぐさま体勢を立て直す。
しかし、
「そんな攻撃当たんないって。ばーか」
少年の方が一枚上手だった。
あろうことか、素手でリルンを殴りに行ったのだ。
防御するものは何もない、完全に無防備な状態での攻撃だ。あんなの、リルンが鎌を一振りすれば、身体を引き裂かれてしまうだろう。
しかし少年は迷うことなくリルンに近付き、圧倒的なスピードを行使してリルンの腹を殴った。
「うぐぅっ……!?」
「顔は避けといてあげたよ。感謝してね」
こいつ、遊んでやがる。
リルンは地に伏した。俺は腹が立って、少年に剣を向ける。正直心臓が口から飛び出そうだが、それよりもまず、足が動いた。
「てめええええ!」
無様に走ってくる俺を一瞥し、少年はしゃがんで、倒れているヒールさんとリルンの頭を掴んだ。
「はいはいストップストップ。正義感に駆られるのもいいけど、もう少し身の程を弁えた方がいいよ?」
「その手を……離せ!」
「『離せ』って言われて離す奴がいると思う? いるわけないよね。そんなこともわからないの?」
「黙れ黙れ黙れ! ゴチャゴチャ言ってねえでその手を離しやがれ! じゃねえと……」
「何? 僕を攻撃出来るの? 攻撃しようとしたらどうなるか、この状況見てわかんない?」
こいつ、こいつこいつこいつ!
リルンとヒールさんを人質に取って、勝ったような気でいるのか。なんて卑怯な奴だ。なんて性格の悪い奴だ。あいつはこちらの反応を見て、楽しんでいるのだ。俺を怒らせて楽しんでやがる。
でも俺には怒ることしか出来ない。きっと動いたら、あの二人は殺される。そして二人を殺したあとで、あいつは俺を殺す算段だ。情けないが、俺はここで無様に唸ることしか出来ない。
悔しさに耐え兼ねていると、あいつの足元にいたリルンはゆっくりと目を開ける。
「さっきからなんなんだよあんた……馬鹿にしてんだろ……くっそ、トウマ以上にムカつく奴だぜ……」
リルンの言葉に、少年は素直に驚いた。
「あれ? てっきり気絶したのかと思ったけど……すごいね、以外と根性あるんだ」
「その目、気に食わねえ……あたしを、見下ろすんじゃねえ……嫌いなんだよ、そうやって見下ろされんの」
「? 君、チビだから人から見下ろされんの慣れてんじゃないの?」
その一言で、リルンは一気に全身に火が点いたようだ。目を見開き、頭を掴む少年の手を振り払う。そしてしっかりと鎌を握り、立ち上がった。
「人をおちょくんのも、いい加減にしろおおおおお!」
リルンは猛る。少年はリルンが立ち上がったことに、ひたすら驚く。そして俺は、ただただリルンの気迫に圧倒されていた。
あいつ、そういや「チビ」って言うと怒ってたっけ。リルンと出会った日を思い出す。初めて会った日のリルンは村人に殺気を放ち、一瞬で周りの雰囲気を掌握してしまった。
今、その様子が再現されているようだ。出会った時のあいつと違うのは、纏う雰囲気が禍々しいものではないこと、そして、
あいつの「武器」が燃えていることだ。
リルンの鎌は、それはそれは激しく燃えていた。持ってて火傷とかしないのだろうか、持ってる本人は全くそのことを気にする様子は無い。むしろ目は赤く輝いていて、その身体も鎌と同調するように力に溢れていた。
事態の急変に驚いた少年は、すぐにリルンと距離を取ろうとした。しかしその前に、リルンがそいつに向かって鎌を振った。
燃え盛る鎌は、咄嗟に防御しようとした少年の腕を切り裂く。その瞬間見えたのは、宙に舞う少年の両腕。吹き出る血。そして、恐ろしいほど赤く輝いたリルンの瞳だった。
「ああああああ!」
両腕を切られた激痛に、少年が叫び狂う。
グロい光景のはずなのに、俺はその様子を映画でも観るかのようにじっと見つめていた。感じたのは恐怖、勝利、痛々しさと、誇らしさ。
リルンは、少年に勝った。散々街を荒らし、俺たちをコケにした、あの憎き少年を。
俺はリルンに駆け寄りたくなるが、身体が動かない。さっきとはうって変わって、俺の身体は硬直してしまっていた。
そうだ、俺は気付いていたんだ。リルンのあれが、「特性」だっていうことに。
(リルンは……特性に目覚めたんだ。目覚めたからこそ、あいつに勝った。でもなんだろう、素直に喜べない。この惨状のせいか? いや、違う……)
――俺は、嫉妬した。
俺は満足に特性を使いこなせないのに、片やあいつは特性に目覚めて、しっかりと我が物にしている。そうしてあいつの腕を切り落とした。俺が出来なかったことを、何故お前が出来るんだ。この敗北感は、劣等感はなんだ。
自分でも、なんて勝手なんだと思う。それでも心の奥から湧き上がってくるこの醜い感情に気付いてしまった以上、自覚してしまった以上、押し留めることは出来なかった。
「僕の、僕の、腕ぇ……? 嘘でしょ? そんなことってある? あ、ああ、うで、う、ううで……僕の腕……」
息も絶え絶えになりながら、苦痛で顔を歪めた少年が俺たちを見る。
「僕の腕、返せよおおお!」
そう少年が叫び、辺りが一瞬黒に包まれる。眩しさが止むと、少年の目の前に一人の男が現れる。
黒髪に黒いスーツ……喪服を連想させる格好をしている男は、眼鏡を指で押し上げるような動作をする。なかなか様になっているそいつは、間違いなく美形に部類されるだろう。
「エルト、何をやっているんだ。そんなガキ相手に、何を手間取っている」
「だって……だって……うわああああん! あいつ、あいつが! 僕の腕を斬ったんだ!」
「お前が遊んでいたからだろう。全く……自らが振り撒いた種だというのに、自分で収拾つけられないとはな」
「うう……僕、悪くないもん……僕は……」
「泣いて済むなら、こんなことにはなっていない。本当に世話の焼けるガキだ……」
男はそう言って、エルトと呼んだ少年の腕を拾い上げる。
「こんなもの触りたくもないが……仕方のない奴だ。ほら、もう落とさないようにするんだな」
「あ……! な、治った! くっついた!」
「二度はごめんだからな」
男はその腕を切断部分に結合させただけだ。それなのに、あいつの腕は治ってしまった。俺は一体何を見せられているんだ? 目の前の状況に着いていくことが出来なかった。
やはりあいつ、人間じゃない。というか、あの男も明らかに人間じゃない。男は指を鳴らして、黒い渦を出現させる。
俺たちは、何を敵に回したんだ?
「うちのガキが失礼しました。今日はこの辺で帰らせて頂きます」
「お前ら、今度会った時は絶対殺すからな! 僕とヌヴェルは強いんだから!」
「あ、ちょ、待てよ!」
リルンの制止も虚しく、黒髪の二人組は黒い渦に吸い込まれていく。
「まあでも次に会う時は……貴方たちは死んでいるかもしれませんが」
ヌヴェルという男は、眼鏡の奥で瞳を光らせた。
「あいつら……なんだったんだ?」
「……さあな」
リルンの純粋な疑問に、俺はぶっきらぼうに答える。正直、あの二人がなんなのかはどうでもいい。俺が気になっているのは……
「あっ! てか、トウマ! 見ただろ! あたしの鎌さばき! あれ、絶対特性だよな!?」
「……多分、そうだろうな」
「すっげー! あたし、特性に目覚めたのか! あたしの特性……なんだ? 炎か? まー、なんでもいいや! とにかくあたしはまた最強になったぜ!」
「……よかったな」
「おう! これからは、モンスター狩りも楽にいけそうだな! っはー! 面白くなってきたぜ!」
手放しで喜ぶリルンを、俺は直視出来なかった。リルンを見ているのが辛くて、辛くて、俺は顔を背けた。
「ヒールさん、ヒールさん……大丈夫ですか?」
俺は、未だに倒れたままのヒールさんの元へ向かう。自分でも驚くほど冷静な声が出た。今しがたあんなことがあったのに、不思議と出る声は落ち着いている。
「……う、あ……ええと……」
「気付きましたか。大丈夫ですか?」
「トウマさん……ああ、また私は貴方に助けられたのですね……」
「……いえ、そういうわけでは……」
口ごもってしまう。今はどうしても、いつものように振る舞うことが出来ない。
黙る俺の代わりに、リルンがヒールさんに口を開いた。
「あんた、ほんとあちこち怪我してんな?」
「さっきの子供にやられまして……あの子、本当に強くて……」
「なんでこんな所にいるんだよ? 普通に逃げればよかったのにさ」
「そういうわけには……いかなかったんです」
リルンの問いに、ヒールさんはこう答えた。
「私は、国王から正式に『悪魔教』の調査を命じられているのです」
どうやら俺たちが思っているよりも、ヒールさんはすごい人らしい。
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