悪魔VS俺

第14話 異変

 王食祭まで、あと五日ほどらしい。街では着々と準備が進んでいるようだ。

 俺とシシグマさんは、厨房で唸っていた。


「うーん……やっぱり、新しいメニューで勝負した方がいいと思うんですよ」

「そう言うが、新しい料理を考えるのもかなり大変なんだぞ」

「お言葉ですけど……今までの料理で勝負する、というのは新鮮味に欠けるといいますか。新規のお客さんに来てもらうのなら、今までにない料理を編み出す必要があると思うんです」

「新鮮味……ねえ」

「何より……シシグマさんの料理は、量が多すぎます!」


 俺たちの目の前には、料理料理料理。

 これは全て、シシグマさんが作ったものである。皿いっぱいに食材が詰め込まれ、見てるだけでお腹いっぱいになりそうだ。


「これがこの店のウリ、なんでしょうけど……それにしても! この量はとても一人では食べきれませんよ!」

「そうか? 割りと皆、平らげているが……」

「平らげてるって、あのいつもの四人でしょう!? あの四人は特別です!」


 というか、あの四人以外の客を見たことがない。それはさすがに言ったら失礼かな。

 シシグマさんの料理に問題は無い。普通に美味しい。でも何しろ量が多いので、食べきれずにリタイアしてしまう客が多いのではないだろうか。

 料理の模索をしている俺とシシグマさん。そこに、リルンが入ってきた。


「つーか、料理以前にこの店には問題があるだろ」

「なんだよリルン? お前にしちゃ、珍しく議論に積極的だな」

「なんだとトウマ!? 馬鹿にしてんだろ!」

「わかったから! 俺が悪かったから! はい、意見をどうぞ! 話が進まないから!」

「この店の問題は一つしかねえ」


 一呼吸置いて、リルンは真面目な顔をして言った。


「店主の顔が問題だろ」


 ……え?

 俺とシシグマさんは、その発言を聞いて固まってしまった。


「やっぱさー、店主の顔が怖いと客も寄り付かなくなるっていうかさ」


 リルンは呑気にそんなことを言うが、俺はパニック状態にあった。


「お前の! その発言が! 問題だっつーの! もっとさあ! 気遣いってもんは無いわけ!? デリカシー無さすぎるのも程があるわ!」

「でりかしーってなんだよ!」

「馬鹿なのか!? やっぱり馬鹿なのか!?」

「だあああ! なんだよさっきからあ!」


 またいつものように喧嘩を始めると、シシグマさんはとても落ち込んだ声を出した。


「そうか……俺の顔が……そうか……」

(なんかめっちゃ気にしてる!?)


 リルンもまずいことを言ったのを察したのか、俺と一緒にフォローに入った。


「あーその、顔が怖いって言うのは、客商売に向いてないっていうだけで、別にその顔が悪いってわけじゃあ……」

「そ、そうですよシシグマさん! リルンも、そんな悪気があって言ったわけじゃ……」

「いや……二人ともいいんだ。むしろ、はっきり言ってもらえてよかった」


 シシグマさん、いい人すぎるだろ……なんかすごく申し訳ない気持ちが湧き上がって来る……

 すると、そこへネトムがやって来た。


「親方終わりまし……って、これどういう状況?」

「え?……あー、実は王食祭に向けてシシグマさんと相談をしてて、新メニューの話をしていたんだよ」

「へえ、そうなんだ」


 シシグマさんの顔が悪いとか、全然話してないからな。

 俺の返答に対し、それほど興味が無さそうに辺りを見渡す。そういや、こいつシシグマさんの弟子……なんだよな? 「親方」って呼んでるわけだし。

 それなのに、なんでこの相談の場にいないんだろう? 普通、弟子ならいるはずじゃあ……


「王食祭のことは、実はあんまりよく知らないんだよね。けど、新メニューで攻めるのはいいかも。ここの店って、料理がワンパターンだからさ」

「ネトム、お前……」

「あっ! 決して親方のことディスってるわけじゃないっすから!」

「でぃす……? またお前は変なことを……」

「まあまあ親方。で、ええーと……何かいいアイデアはあったんすか?」


 黙りこくる俺たち。

 新メニューとか軽々しく言ったけど、正直全く何も思い浮かばない。こんなに難しいなんて、思いもよらなかったな。

 ああもうなんか発狂しそう。


「駄目だああ! なんっっにも思い浮かばない! つーか俺、食にそんな精通してるわけでもねえからなあ! つい最近まで、道端の草を食ってた奴だし……」

「落ち着けって! なんでこう、トウマはすぐ叫び出すんだ!?」

「叫ばずにはいられないだろこの状況! むしろ、なんで皆こんなに冷静なのかがわからない! 叫びたくなる衝動に駆られないの!?」

「もうお前は一回黙れ!」


 俺は限界を迎えた。リルンは、そんな俺を引っ叩く。地味に痛い。

 料理ってこんなに奥深いものだったのか。頭を抱える俺を見て、三人はどんな感情を抱いているのだろう。

 突然発狂する奴とか、マジでやばい奴じゃん。


「え? トウマ、草食べてたの……?」


 あれ? そこ?

 ネトムは変なところに食いついた。草食べるのって、案外普通のことだったりしない? なんでそんな、蔑むような視線を俺に向けるの?


「そう! こいつ草とか平気で食うんだぜ!? マジでありえねえ! 一回こいつに食わされたけど、拷問受けてるような感じだった!」

「はあ!? あの時お前、美味いとか言ってたじゃねえか!」

「食ってすぐ後悔したっつの! あんなの二度とごめんだね!」


 リルン、草の力を舐めるんじゃねえ。お前はそうやって頑なに草を食べ物として認めないが、あの時空腹を救ってくれたのは紛れもなく草なんだからな?

 その辺わかってるか?


「は! 新メニューに草を取り入れるのはどうだろうか!」

「「絶対却下!」」


 俺の提案は、リルンとネトムによってあっさりと否決されてしまった。

 いい考えだと思ったのにな。



 俺とリルンは、シシグマさんに頼まれて買い出しに出ていた。

 ネトムはまた、何か別の用があるらしい。

 ほんと、あいつのことはよくわからん。何を考えているのか、何処で何をしているのかが、全く不明である。

 シシグマさんは、よくあいつの行動を容認しているよな……ほんと心が広い人だ。

 今はシシグマさんから渡されたお金で、野菜やら果物を買ったその帰り。食材が入った籠を持ちながら、俺とリルンはこんな会話をしていた。


「トウマ、やっぱりあいつ……何か変じゃないか?」

「変って……あいつは元から変な奴だろ」

「異質っていうか……ここ最近、わけのわからなさが増してるっていうか」

「まあ……確かに単独行動してたり、よくわからんところはあるけど……」


 そういえば、シシグマさんはネトムのこと「拾った」と言ってたな。あれってどういうことなんだろう? その時はあまり気にならなかったけど、よくよく考えればおかしな話だ。

 帰ったら、シシグマさんに聞いてみるか。


 その時、凄まじい破裂音が聞こえた。


 ここは閑静な住宅街だというのに、周りは大通りと同じくらい騒がしくなって、人々が一斉に動き出す。

 皆叫び声を上げながら逃げ惑い、俺たちの横を通りすぎていく。

 人々は口々にこう言っていた。


 「悪魔だ」と。


「な、何が起きてんだ……?」

「『悪魔』とか言ってたよな? もしかして! 本当に出たのか?」

「ちょ、リルン! なんでそんなに嬉しそうなんだよ!?」

「悪魔と殺り合えるとか、すっげーぜ! トウマ、行くぞ!」

「待て待て待て待てそんな危険なとこに自ら進んでいくんじゃねえええ!」


 俺は急いでリルンのあとを追いかける。

 あいつは馬鹿なのか? いや、馬鹿だというのはわかりきっているが、それにしてもこんなことってあるか?

 どうして自ら危険に突っ込んでいくんだ。あの音からして、結構やばい状況だってのはわかるはずなのに、何故。


「でもお前はそういう奴だよな……」


 ていうか、リルンを追っかけてる俺も俺だよな。

 俺は自分に呆れながら、ぶっ飛んだ少女に着いていった。



 辺りは酷いことになっていた。

 あちこちが焦げていて、誰かが銃を乱射したんじゃないかと思うくらいの惨状だった。

 ここには市場があったはずだ。俺たちがさっき寄った店もあるはずだ。それなのに、今は人っ子一人いない。それどころか、店自体も焼けてしまっていた。


「酷い……」


 これが俺の第一声である。この言葉ほど、今の状況にぴったりな言葉は無い。


 歩みを進めていくと、中央に人が二人いるのが見えた。一人は立ち、もう一人は倒れている。


「あれって!」


 この前店に来ていた、ヒールさんだ。

 でもどうして倒れているんだ? 俺たちは状況を飲み込めないまま、中央へ向かって歩く。


「弱い……弱すぎる。どうしてこんなに弱いのに、僕に突っ込んで来たのか不思議でしょうがない」

 黒い髪、黒い服装……全身を黒で包んだその少年は、ヒールさんの頭を踏みつける。

「それに、見たところ回復の特性だよね? なんでその特性で僕に勝てると思ったのかなあ? 考え無しにも程があるよ」

 少年は近付いてくる俺たちに気付き、こちらを見つめる。


「……面白いの見っけ」


 その表情は、ドストー村で最初に出会ったリルンを思い出させるような――そんな殺気を放っていた。

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