第13話 金持ちになるチャンス

 色々あったが、シシグマさんの元で働くのもだいぶ慣れてきた。

 気付けば随分日が経っていて、俺とリルンはネトムの付き添い無しでもモンスター狩りに行くようになっていた。

 ……ところで俺、いつまで働けばいいんだ?


「っしゃあ! 今日も楽勝!」


 リルンの鎌の威力は、それはそれは強力だった。当たれば必ずモンスターが斬れるので、狩りに行くのも苦労はなかった。

 まあ「当たれば」の話だけどな。でも最近は、鎌の扱いにも慣れてきたようだ。

 俺は二本も剣を持っていながら、全く役に立たなかった。特性は発動せず、モンスターに大したダメージも与えられないので、最近はリルンの後手に回っている。


(どうして特性が発動しないんだろう?)


 けど、最近はそんなことも気にならなくなってきた。慣れというのは恐ろしい。

 最初こそ特性が発動しないとこに焦ったり、モンスターに殺されるんじゃないかとハラハラしたものだったが……今ではモンスター狩りも、そんなに怖くなくなっていた。

 「あ? 狩りに行く? まあいいけど」みたいな感じだ。


 ある日、俺とリルンはいつも通りモンスター狩りから帰ると、店の前で何やら人の言い争う声が聞こえた。何か揉め事か? って、シシグマさん?


「どういうつもりだ。店に言いがかりをつけるのは止めてもらおうか」

「どうもこうも無い。この店の料理を食べた人間が、腹痛を訴えているのだよ。それはつまり、店の料理に問題があるということだ」

「うちは変な料理は出してない。その辺は気を遣っているんだ」

「どうだかねえ。君の料理は君の見た目通り、がさつなんじゃないか?」

「なんだと!」


 シシグマさんと口論している男は、随分と若い料理人だった。エプロンから見て、料理人なのは間違いない。

 言い方や髪の毛の毛先がカールしていることから、チャラそうに見える。本当に料理人か?


 俺とリルンは周囲の人を割って、二人の間に入る。


「シシグマさん、どうしたんですか?」

「どうもこうも、こいつが変な言いがかりを……」

「失礼な。私の言い分にケチをつけるつもりかい? これじゃあ、王食祭が思いやられるな」


 やれやれ、と溜め息をつく男。

 王食祭……ってなんの話だ?


「シシグマの店では毒を提供しているのだ! 人を殺す店! 殺人料理店だ!」


 男は大声で、周りにそんなことを吹聴する。周囲の人間は男の声に振り返り、訝しげな視線を送る。

 ちょっと待てよ。それは店への風評被害じゃないか。こんなこと言われてしまったら、店のイメージダウンになってしまう。

 俺は男を睨んだ。


「お前、いい加減にしろよ。なんなんだよ、さっきから」

「なんだね君は」

「この店の従業員だ」

「従業員! はははは、シシグマも得体の知れない奴を雇ったものだ」


 勝手に従業員とか言っちゃったけど、大丈夫だよね?

 冷静に怒っているように見えて、実は内心冷や汗ダラダラである。

 でもそんなことはどうでもいい。まずは、この男を店から遠ざけないと。


「話があるなら、裏でじっくり聞こうじゃねえか」

「君と話すことなんて無いね」

「いや! 俺がある! ちょっとこっちに来い!」

「乱暴な真似はやめたまえ! この店では毒を提供して、人に暴力までも振るうのかい!? 全く野蛮な店だ!」


 俺が男の腕を掴むと、そう反論した。

 周囲の視線が痛い。何かこそこそ言ってる。あれ? 俺、もしかしてまずいことしちゃってるんじゃ……


「トウマ、いい。やめろ」

「でも……!」

「いいから」


 シシグマさんが、俺を諭す。そうして、俺とシシグマさんとリルンは店に入った。


「シシグマさん! いいんですか! あんなこと言われて! どうして俺を止めたんですか!」


 開口一番に発した言葉がそれである。

 男とシシグマさんのやり取りを見て、俺はイライラした。こいつ、ふざけたこと言うんじゃねえって本気で思った。でもシシグマさんは、その男を無理に黙らせようとはしなかった。

 俺が腹を立てた理由はそこにある。


「あれ以上やってたら、お前、あいつのこと殴っただろう」

「それは……! いや、そんなことは……」

「それに、人が結構集まってきていた。あれ以上騒ぎを大きくしたくなかったんだ」

「でも! あんな言われっぱなしで……シシグマさんは悔しくないんですか!?」


 あんなに貶されて。あることないこと言われて。

 俺は怒りと悔しさに震えながら、シシグマさんを見つめる。いくらムカついたからって、シシグマさんにこんな口を利くなんて無鉄砲にもほどがある。

 でも俺はそんなことが考えられないくらい、冷静さを失っていた。


「……悔しくないわけないだろう。俺だって腹が立った。でも、あそこじゃ少し分が悪すぎた。何を言っても、あいつはイチャモンを言い続けていただろう」

「けど……」

「一番避けたなきゃいけないことは、あいつの言ったことを真に受けた客が、この店に寄り付かなくなることだ。だからあそこでは、無視をするしかなかったんだ」


 シシグマさんの目は、少し揺れているように見えた。

 そうだ。シシグマさんだってあいつのこと、ぶん殴ってやりたかったに違いない。でも店のことを思うと、出来なかったのだ。


 店を守るために、拳を使わなかった。どんなに屈辱的でも、耐えてみせた。

 それなのに俺は、感情に任せて動いてしまった。よくよく考えてみれば、シシグマさんの顔に泥を塗るようなことをしようとしてたのだ。

 俺は自分を恥じた。


「……すみません、出過ぎた真似をしてしまって」

「いいんだ、お前の気持ちもわかるからな」

「それと……俺、勝手に従業員って名乗っちゃって……すみません」

「はは、そんなこと気にしていたのか。トウマらしいな。なら、ずっとここで働いててもいいんだぞ?」

「えっ!? それは……」


 笑うシシグマさん。その笑顔がなんだか眩しく思えた。

 シシグマさんが何か言おうとした時、ずっと会話を聞いていたリルンが、シシグマさんを睨むような目付きをする。


「なあ、あたしたちはいつまで働けばいいんだ?」


 リルン、何故今そんなことを。

 でも確かに、それは俺も気になっていたことだ。ここに、いつまでも居座るわけにはいかない。

 でもまあ……「金持ちになる!」と決めたものの、具体的にこれからどうしていくかは全然決まってないんだけどな。


「あたしたち、こんなに働く必要ねえんじゃねえの? なあ、ちゃんと説明してくれよ」


 リルンがシシグマさんに迫る。

 シシグマさんは、一つ溜め息をついた。


「潮時、かもな」

「おいそれどういう……!」

「お前たちには、ちゃんと話さなくてはいけないな」


 シシグマさんはカウンターの席に座った。

 俺とリルンも座るよう促され、シシグマさんの正面にあるテーブル席につく。


「俺は元々モンスター狩りをして、狩ってきたモンスターを売って生活していた。いつも来るあの四人は、その時一緒だった奴等だ」

「ああ……それは、なんとなく知ってます」

「けど俺は自分の店を持ちたかった。だからあいつらと別れて、店を始めたんだ。ネトムは、その時に偶然拾った」

「へえ、じゃあネトムとの付き合いはそんなに長くないんですね」


 師弟関係だから、もっと付き合いが長いものだと思ってたけど……わからないもんだな。


「まあ、本題はそこじゃない。二人で店を切り盛りしてきたが、正直……店の経営が上手くいってなくてな」

「経営……不振?」

「そうだトウマ。ここにはあまり客が入らない。二人もそれに気付いているだろう」


 確かに、この店であまりお客さんは見ない。見るのは、いつものあの四人だけだ。

 俺は店にいるよりもモンスター狩りに出ている時の方が長いから、あまり気にならなかったけど……そうか、やっぱり繁盛してなかったのか。


「このままでは店が潰れてしまう……でも、今度の『王食祭』で国王からそれなりの評価が得られれば、この店を救うことが出来るんだ」

「その……王食祭ってなんですか?」

「王食祭っていうのは、年に一度ここで開かれる祭だ。その祭では王族が直々にこの街へやって来て、様々な露店を回るんだ」

「お、王族が……?」

「ああ。この国の王族は美食家らしくてな。庶民の味にも興味があるということだ」


 王族。俺はその言葉に衝撃を受けていた。

 この国を治める権力者たち。その王族というのは、どんな人たちなのだろう。日本には王制が無いから、余計興味をそそられる。

 でもまあ、きっとろくでもない人たちなんだろうな。そうじゃなきゃ、ドストー村みたいな人たちは生まれないはずだから。


「それで……それと俺たちがここにいることに、どんな関係が?」

「お前たち二人には、この王食祭が終わるまでここに居てもらいたかったんだ」

「それは……なんのために?」

「ネトムから聞いたが……トウマ、お前は特性持ちらしいな。リルンもいい鎌を持っている。それは上等な食材を手に入れるためには、強い武器となる」

「だから……俺たちを?」

「ああ。二人には、モンスターを狩ってきてもらいたかったんだ。この店のために……な」


 シシグマさんの目は真剣だった。これが、料理に人生を捧げる男の目か。

 それだけ本気なのだろう。本気だからこそ、俺たちを……


「何故俺たちに、わけを話してくれなかったんですか?」

「お前たちがこの店に協力する必要は無いんだ。お前たちにとって、利益は無い。だから、真っ当に頼んでも断られると思ったんだ。そこで、お前たちの『タダ飯』につけこんだわけだ」

「そうだったんですね……」

「悪かったな。店のためとはいえ、お前たちを利用しようとしていた。すまない」


 俺はシシグマさんを怒る気にはなれなかった。むしろシシグマさんに同情してしまい、喜んで協力したいと思ってしまった。

 確かにここで俺が協力しても、利益も何も無いが……しかし、利益とかそんなのはどうでもよかった。純粋に、シシグマさんを助けたいと思ったのだ。

 でもリルンはどうやら違うようで。


「ふざけんじゃねえ! あたしたちを便利屋か何かだと思ってたのか!?」


 お前、ほんと良心とかねえのかよ……

 シシグマさんの告白は俺の胸を打つものだったが、リルンには届かなかったようだ。


「じゃあ騙してたのかよ!?」

「……そうなってしまうな」

「許せねえ……! このリルン様をおちょくりやがって……!」

「ちょちょちょちょストップストップストップ! 待てよリルン!」


 すかさず俺は止めに入る。あのままじゃリルンは、シシグマさんを殴っていた。こいつほんと見境ねえな。


「お前! 今のシシグマさんの話聞いて、何も思わなかったのか!?」

「すっげえムカついた!」

「そうじゃなくて! なんかこう! 心苦しいとか! シシグマさんの苦悩を考えると、胸が苦しくなったりしないのか!?」

「そんなのは無い!」

「言い切ったよこいつ! お前は! 外道なのか!? あと何様なんだよお前! お前は! 偉くもなんともねえんだよ! 軽々しく『様』とかつけんなや!」

「はああ!? あんたもあたしのこと言えるほど、偉くねえよ! 調子に乗るんじゃねえ!」


 俺とリルンは半ば取っ組み合いになりながら、喧嘩をしていた。シシグマさんは止めようとしたが、俺たちにその制止の声は届かなかった。


 そこへネトムが姿を現す。


「? シシグマさん、なんの騒ぎっすか?」

「ネトムか、実はな……」


 シシグマさんがネトムに事情を説明している間、俺とリルンはずっと言い争っていた。ここへ来てお互いの不満が爆発したのか、口論はどんどんヒートアップしていった。

 ネトムはしばらく考え込んで何かを思い付いたのか、俺たちに呼びかける。


「トウマ、リルンちゃん。いい儲け話があるんだけど、聞かない?」


 その一言で、俺たちの動きは止まる。自分でも思うが、本当に現金な奴らだ。

 儲け話? なんだそれは? 今まで数々の儲け話に騙されてきた俺だが、耐性は全くついていない。こうやって儲け話と聞くと、ついつい身体が反応してしまう。

 リルンも金には目がないようで、ネトムの方へ振り返った。

 ……俺たち、人間としてちょっとどうなのだろうか? でも金を愛するのって、全人類共通事項だよな?


「儲け話、とは?」

「親方から聞いたけど、王食祭の話で揉めてるんでしょ? でもこの話、二人にとっても悪い話じゃないんだよ?」

「どういうことだよ?」

「王食祭では、王族がこの街のあちこちの店を巡って、採点方式で店のランク付けをしていくんだ。この街で一番の店に選ばれたら、1億ランスの賞金がもらえるんだよ」

「「い、1億!?」」


 俺とリルンは、思わず声を上げてしまう。

 賞金。しかも1億。貧乏人の憧れ、1億。日本円にしてどのくらいになるんだろう? 億が付くのだから、相当な額になるに違いない。


「その賞金の何割か……二人にあげようかと思ってるんだけど、どう?」

「いくらだ! いくらくれるんだ!」

「いくら? うーん……どう? 親方」

「え……そ、そうだな……」


 シシグマさんは少し考え、そしてこう告げた。


「1億の三割……3千万でどうだ?」


 さん、ぜん、まん?

 俺とリルンは互いに顔を見合わせた。


「3千万!? おおおおっしゃあああ! これで一生働かなくても済むぜ! つーかそんぐらいあったら、俺もしかして貴族の仲間入り!? おおおおお! マジかよ! すげえな! 夢に見た大金持ちだぜ!」

「そんな大金があたしのもの! これはもう無敵じゃねえか! 毎日毎日贅沢三昧出来るじゃねえか! すげえ! 王食祭……これは金持ちになる絶好の機会だな!」

「シシグマさん! ありがとうございます! 感謝感激雨アラレです! ほんとにもう、感謝してもし尽くせません!」

「あんた、ケチかと思ったら案外太っ腹だな! 見直したぜ! ありがとよ!」


 俺たちは大騒ぎした。それはもう、かつて無いぐらいに。

 近所迷惑にはならなかっただろうか? 途中から歌を歌い出したり、踊り出したり、酔っ払いの宴会のようになってしまった。

 俺、未成年だから酒とか飲めねえのにな。どうしてこうなってしまったのだろう。


 シシグマさんとネトムは、俺たちの様子を見て何やら話していた。


「ネトム。お前、あんな勝手なこと……」

「いいじゃないっすか。親方も、賞金のいくらかはあの二人にあげるつもりだったんでしょ?」

「それはそうだが……それは『一番になったら』の話だ」

「『一番』じゃなくてもいいんすか?」


「俺は……王食祭でそれなりの順位だったら、それでよかったんだ。そこそこいい順位だったら、客も増えるしな。わかってるのかネトム? 王食祭で『一番にならないと』賞金は出ないんだぞ? もし一番にならなかったらどうするんだ。あの二人を騙すことになるんだぞ?」


「そうならないためにも、全力で一番取りにいくしか無いんすよ。俺たちに残された道は、それしか無いんすよ」

「お前……何を考えているんだ」

「俺も、今あの二人に出て行かれると困るんすよ」

「それは……どういう」


「あの二人……特にトウマには、大事な用がありましてね」


 神妙な顔をした二人は一体、何を話し込んでいたのだろう?

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