第12話 やばい奴

 俺の命の恩人は、凛々しい人だった。

 だって俺をお姫様だっこするような人だぜ? その事実だけで、相当この人に力があることが察せられる。

 ていうか、ここまで腕力があるのなら、普通にあれを倒せたのでは? さっき泣きながら走ってた人はもしかして、別人だったとか?

 考えが追い付かないまま、その人は優しく俺を下ろす。


 そして、倒れた。


「え!? 大丈夫ですか!? どうしたんですかいきなり! そんなに俺が重かったですか!?」


 いや、多分そうじゃない。俺は混乱しながら、倒れた命の恩人を揺さぶる。


「トウマ! 何やってんだよ! せっかくの恩人に手を上げるなんて、正気とは思えないぜ」

「いや! 俺何もしてないから! 潔白だから! てかリルン! 鎌持ってるなら助けに来いや!」

「行こうとしたっつの! でもこいつが……」


 リルンはすぐ横に居たネトムを睨む。


「こいつが離してくんなかったんだよ!」

「はあ?」


 思わず素っ頓狂な声が出てしまう。リルンをネトムが止めた? なんのために? どういうことだ?


「ごめんごめん。あれぐらい、トウマならなんとか出来るんじゃないかなって思って、リルンちゃんを止めたんだ」

「おま……俺を殺す気だったのか?」

「違うって、人聞きの悪い。それに、助かったんだからいいんじゃない?」

「そういうことじゃなくてだな……!」


 今までのこともあり、俺はネトムに思わず掴みかかった。一発殴ってやりたい気分だ。

 でもきっとここで俺が暴力を振るったら、俺が悪いことになってしまう。それは悔しい。俺は殴りたくても殴れない怒りに震えながら、ネトムに強い視線を送る。


 すると、さっき倒れた彼女はゆっくり目を覚ました。


「え? あ、あれ? 私何を……」


 おどおどして、先程の威勢を感じさせない。雰囲気が全く違う。

 彼女は何処か怯えたような視線を俺たちに送り、こう尋ねた。


「あの……さっきの怪物ってどうなりました?」


 え? 俺は思わずその質問に首を傾げてしまう。

 それはリルンもネトムも同じようで、互いに顔を見合わせていた。


「どうって……貴女が倒したんですよ?」

 俺がそう言うと、非常に驚いた声を上げる。

「ええ!? 私がですか? そんな、まさか……」

「そう言われましても……本当にその通りで……ほら、貴女の持ってる杖で、あのモンスターの茎を折ったんですよ」


 俺たちは幻覚でも見せられていたのだろうか? そう思ってしまうほど、彼女の反応は変だった。

 女は何やら考え込んだが、すぐ首を横に振る。


「そんなこと……私が出来るはずありません。それにこの杖に、あのモンスターを倒すほどの威力はありません」

「この杖は一体……?」

「これは回復用の杖です。決して攻撃に使うものではありません」


 回復用? 俺が疑問に思っていると、後ろからネトムが口を挟んできた。


「うーん、つまり……お姉さん、回復の特性持ってたりするってこと?」

「は、はい……一応……微力ですけど」


 回復の特性なんてあるのか。初めて知った。それはどういう時に使うのだろう? 怪我や病気をした時に便利そうだな。

 ネトムは感心したように頷く。


「へえ。他に特性持ってたりするの?」

「いえ……そんなことは」


 ふうん。ネトムは何か悟ったのか、それ以上質問することは無かった。

 その時、ふと誰かのお腹が鳴る。


「リルン?」

「違えよ。トウマじゃねえのかよ」

「じゃあお前かネトム?」

「いやいや」


 俺たち三人は顔を見合わせる。そこでおずおずと、「四人目」が手を挙げた。


「すみません……私です……」



 彼女の名前はヒールというらしい。

 ヒールさんはシシグマさんの店に来てから、それはそれはもう……よく食べた。

 食べたものは、あの小柄な身体の何処に蓄えられているのだろう。俺は一心不乱に料理を貪るヒールさんを見て、少し疑問に思う。


 青い髪に長めのスカートは、奥ゆかしさを醸し出している。全体的に青い服装で、おっとりとした印象だ。


「すみません、おかわり頂けますか?」


 食いっぷりは全く奥ゆかしくないが。


 その様子を見た他の客たちが、ヒールさんに突っかかって来ていた。俺とリルンが初めてこの店に来た時も居た、あの四人である。


「お嬢ちゃん、よく食うねえ。俺たちですら、一品目で腹一杯だってのに。これで何品目だい?」

「え? ええと……十品目くらい、でしょうか?」

「十品!? よく食うなあ……」

「へえ、そいつは大したもんだ。お腹とか苦しくならないのか?」

「と、特にそんなことは……」

「シシグマの料理は量が多いからな。それに、どれもお腹にたまる物ばっかりだ。腹壊さねえように、気を付けな」

「は、はい……」


 確かにあの食いっぷりは、逆に心配になるよな……

 そこで皿を片付けようとしたシシグマさんが、客を睨んだ。


「お前たち、客に突っかかるな。全く、女の客が来るとすぐこれだ……」

「おー怖。でもよお、俺たちからすれば女って宝石並に価値があるんだぜ?」

「そうそう! 滅多に女になんか会えねえからな!」

「シシグマ、お前はいいじゃねえか。従業員に女がいるんだからよお……」

「リルンちゃんだったか!? 羨ましいぜおい!」

「品の無い話はここじゃ無しだ。お前たち、もうちょっと場を弁えろ」


 シシグマさんは呆れながら、ヒールさんに料理を出していく。俺は黙々とテーブルを拭きながら、その様子を見ていた。


「ったく、あいつがたくさん食うせいで、あたしたちの仕事が増えるじゃんか」


 リルンお前、ここ店の中。

 その呟きに反応して、さっきの客がリルンに寄って来た。


「リルンちゃ~~ん、どうして君はこんなゴツい男の元で働いているんだい?」

「他にもっと仕事あっただろうに」

「うっさい! あたしだって、好きで働いてるわけじゃねえ!」

「リルンちゃん、俺のところへ永久就職しない?」

「気持ち悪! 無理!」


 下品な笑いが店中に響き渡る。あの人たちは昼間から飲んでいるのか。

 ていうか、シシグマさんの店ってこういう客ばっかりだな……


「ごちそうさまでした」


 ヒールさんは俺たちにいい食べっぷりを披露して、店を後にしていった。



 俺とリルンはその後、ずっと皿洗いをしていた。水道が無いので、皿を洗うのも一苦労である。

 近くの井戸水を汲んで来て、その水で洗う。正直これは……かなりきつい。

 ネトムは厨房の奥の部屋で、様々な小瓶と葛藤していた。シシグマさんに言われて、スパイスを調節しているようである。


 俺は皿洗いの手を止め、ネトムを訪ねた。


「ん? どうしたの、トウマ?」

「お前……ヒールさんのこと、何か知ってるのか?」

「なんで?」

「何か知ってそうな顔をしてたから」


 ネトムはスパイス調合の手を止めて、俺を見る。

 特性について詳しいことを知ってるなら、是非聞きたい。リルンはあまりそういうことに詳しくないらしいし、今尋ねられる相手はこいつしかいないのだ。

 しかも、今ならごく自然にそういった話が出来る。

 この世界に馴染むためにも、必要な知識だ。あまり気が進まないが、こいつの知識を頼るしかない。


「まあ……あくまで俺の予想だけどね」


 ネトムは何処か遠くを見つめながら、語り始める。


「多分あの人、回復の特性の他にも、追い詰められたりすると発動する特性も持ってる。その特性であのモンスターを倒したってとこかな」

「二つ……特性持ってることってあるのか?」

「さあ? 俺も初めて見たからよくわからないけどね……でも」


 ネトムは立ち上がり、俺の方へ向かってきた。


「あの人は、自分が二つ特性を持っていることに気付いてない。モンスターを倒した時の彼女は、恐らく『別人格』の彼女だね」

「別人格? 言われてみれば……確かに襲われてる時と、モンスターを倒した時、雰囲気が全然違ったな……」

「あれは特性の副作用か何かなのかな……? どういう経緯で発現したのかはわからないけど、とても興味深いよね」


 ネトムもよく知らないのだろうか……? いやこいつのことだから、知っていても知らないふりをしているのか?

 駄目だ、考えてもわからない。


「ところで……俺はトウマの特性について気になっているんだけど」

「な、なんだよ……別に俺のことなんて、どうでもいいだろう」


 ネトムに壁に追いやられる。おいおいおいなんだよこの状況。笑えねえよマジで。


「気になるんだよ……君の特性。ついさっきは発動してなかったよね? あれはわざと? それとも発動したくても、発動『出来なかった』の?」

「お……お前に教えるわけないだろ!」

「そもそもその特性は、どうして発現したの?」

「いや……し、知らないって!」

「発現する前、何か変わったこととかなかった? 兆候はなかったの?」

「知らん知らん!」

「本当に? 何か見落としてるだけじゃないの?」


 なんなんだよ! 顔を近付けるんじゃねえ! 気色わりい! ほんと無理こいつ!


(誰か助けてくれ……!)


 そう思いながら、目を瞑ると。


「あんたら……何やって……」


 ドアにリルンが立っていた。それはもう、蔑むような顔をして。

 そういや、ドアって閉めてなかったっけ。

 俺はネトムを突き飛ばし、リルンに駆け寄る。


「聞いてくれ! 俺は被害者なんだよ!」

「あんたらさあ……何やってんのほんと」

「いや、お前はきっと誤解してる! 俺はあいつのペースに乗せられてな……」

「男同士であんな密着するか? 普通……てか、嫌だったらぶん殴ればよかったじゃねえか」

「マジで俺もそう思ってる! ぶん殴ればよかったって! でもなんか、そのあとが怖くて無理だった! あいつ、すげえ不気味だろ! あとで何するかわかんねえじゃねえか、ああいうタイプってさ!」

「あたしには手を上げるくせに、あいつは例外なのかよ……」

「違うんだって! その前に大事な話をしていてだな!」

「引くわ」

「俺の話を聞けえええ!」


 するとネトムが、横から入ってくる。


「リルンちゃん。君はこういう関係、引いちゃうタイプ?」

「おいおいおいおい誤解を生むような発言をするんじゃねえ!」

「誤解? 誤解ってなんのこと?」

「とぼけんじゃねええええええ! つーかその笑顔気持ち悪いんだよおおお!」


 俺とネトムがこんなやり取りをしているうちに、リルンはそっとドアから消えていた。

 今日わかったのは二つ。世の中には二つ特性を持つ人がいるってこと。そして、ネトムはとんでもなくやばい奴だってことだ。

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