第11話 混乱中

 おはようございます。今、朝何時ですか。そうだ、この世界に時計は無いんだっけ。

 俺は少し硬いベッドから起き上がり、窓を開けた。うーん、太陽が眩しい。


 俺とリルンは、なんと住み込みで働くことになった。たかが一食でそんな長期間働かなくてはいけないのか……? と思ったが、何しろここは物の価値観が全く違うのだ。

 俺の持ち合わせている常識が通用しない世界……8ランスがどれほどの値段か知らないが、ここまで大事になるということは、相当高い金額に違いない。


 身支度を整え、部屋を出ようとする。すると、横からにゅっと腕が伸びてきて、俺を阻んだ。


「トウマ……朝、早くない……?」

「何言ってんだよ。もう太陽は昇ってるんだぞ」


 腕の主は、ネトムである。ドアを挟んだ右側にネトムのベッドがあり、そこから這い出ていた。

 そう、俺はネトムと同室だった。正直こいつと一緒の部屋なんて、ごめん被りたいところだったが仕方ない。

 シシグマさんには逆らえないのだ。


「ふあぁ……あー、眠い。昨日は、誰かさんのいびきで眠れなかったからね」

「え? 俺、いびきしてたの?」

「してたしてた。もう本当にうるさかったよ。そんなに疲れてたの?」

「まあ……な。こんなベッドで寝るとか初めてだし」

「今までどういう生活してたの、それ」


 仕方ねえだろ、貧乏なんだから。

 一昨日は野宿だし、元の世界に居た時もベッドなんて贅沢品はなかった。普通に床で寝てたしな。

 まあ、ネトムにこれを言ってもしょうがない。


 俺とネトムは階段を降りて、カウンターにいるシシグマさんに挨拶をした。

 シシグマさんは朝早く起きて、料理の仕込みをしていたらしい。


「お前らもっと早く起きてこい」


 ……すみません。あまりにもベッドが気持ちよくて、寝すぎてしまいました。

 シシグマさんに謝り、カウンターの中に入る。厨房と言うのだろうか、こういうとこ。

 ここは思っていたよりも狭い。男三人は窮屈だ。ここにはおもに調理器具、いくつかの野菜が置いてあった。


「トウマ、お前には食材調達をしてもらう。昨日やったみたいに、モンスターを狩って来てもらいたい」

「え!? 昨日みたいな奴とまた戦うんですか!?」

「文句は受け付けない」


 そんな風に凄まれてしまうと、反論する気も失せてしまう。この圧力、何処から出るんだろう。

 ていうか、俺よりシシグマさんがやった方が早いと思う。絶対この人、俺より強いもん。


「この辺の地理には詳しくないだろう。だから、狩る時はネトムに付き添ってもらうといい」

「え。い、いや、昨日行った所ですよね? それなら道わかりますし、俺一人でも……」

「遠慮しないでよ、親方がそう言ってるんだしさ。俺が案内するよ」


 お前信用出来ないんだよ。なんか胡散臭いし。 

 しかし、シシグマさんには逆らえない。俺が文句を言う筋合いは無いのだ。こっちにはタダ飯という負い目がある。俺は了承せざるを得なかった。


 あれ? そういえばリルンは? まだ寝てるのか?


「あー、朝はやっぱりきついなあ……」


 呑気なことを言いながら、リルンは階段を降りてきた。

 お前、よく寝坊とか出来るよな!? 立場考えろよ! 神経疑うわ! いや、俺も厳密に言えば寝坊してたな!?


「リルン、起きるのが遅い。もう少し早く起きてこい」

「だってえ……」


 シシグマさんに睨まれても、目を擦りながら物怖じしないリルン。お前はすごいよ……その度胸羨ましいわ……


「そうだな……お前は確か、上等な武器を持っていたな。なら、トウマと一緒にモンスターを狩ってこい」

「うん……」


 お前、ほんとに話聞いてる? 今にも寝そうだなお前。立ったまま寝るとか器用すぎる芸当だけど、今のお前なら出来そうだ。


 シシグマさんはそれ以上何も言わず、俺たちは街に繰り出すことになった。

 ああ、これから不安だな……



 街は人で賑わっており、俺たち三人ははぐれないように必死だった。

 特にリルンは目を離すとすぐ何処かに行ってしまうので、俺が手を引いている。ぎゃんぎゃんうるさい。


「トウマ! 離せよ!」

「お前、すぐどっか行くだろ。迷子になったら困るんだよ」

「あたしを子供扱いするんじゃねえ!」

「俺の手に噛みつこうとするんじゃねえ!」


 どうやら眠気は既に吹き飛んでいるらしく、いつもの元気が戻っている。やかましい。リルンは、俺の手を思いっきり振りほどいた。

 ここは街の中心部にあたる所らしく、様々な出店が開かれていた。うん、ザ・市場って感じだな。

 今日はモンスターを狩りに行く前に、ここで色々買うらしい。店を出る前、ネトムがシシグマさんから指示を受けていた。

 まあ、ここでは俺は荷物持ちのようなものだから、特に気を張る必要は無いだろう。


「ねえ、トウマ。君のことについて聞きたいんだけど、ちょっといいかな?」


 籠を持ち先頭を歩くネトムが、後ろを振り返る。


「別に……いいけども」

「そんな警戒しないでよ。あれ? 俺、もしかして嫌われてる?」

「嫌ってはないけど、多分……性格が合わない」

「あはは、俺としては仲良くしたいんだけどなあ」


 こいつは信用ならないと、全身が訴えている。この軽い感じ、真意が見えない感じ、何処をとってもやはり胡散臭い。

 しかしネトムは、俺の勘繰るような視線を全く気にしていないようだ。


「トウマってさ、特性持ち?」

「え? ま、まあ……」

「それってさ、どんな感じなの?」

「どうって……なんか、力が出る感じのやつだけど」

「曖昧だなあ、自分の特性なのにあんまり把握してないの?」

「しょうがないだろ。特性が発現したのは、ついこの間のことなんだから」


 言ってから後悔する。しまった、喋りすぎた。

 俺には一つ、心に決めておいたことがある。それは俺が何者かを、出来る限り伏せることだ。俺の素性を知ったら、きっとドストー村みたいなことになる。

 ましてや、自分でも「召喚」なんて未だに信じられないのに……


 だから俺の身に起きたことを話すのは、自分の身を危険に晒すことと同様である。特にネトムのような得体の知れない人間に話すのは、自殺行為に等しい。


(やばいやばい。あまり喋りすぎないようにしないと……)


 そんな俺の心境なんてつゆ知らず、ネトムは興味津々で俺に突っかかってくる。


「ついこの間発現? それはとても興味深いなあ。なんで発現したの? 何か条件を満たすと発現するの? 俺、特性持ってないからすごく気になるなあ」

「よ、寄るな寄るな! なんだよお前!」

「気になるだけだよ。純粋な好奇心。他意は無いよ」


 そう言って手を見せるネトム。ほんとなんだよこいつ。気持ち悪い。

 俺は少しネトムと距離をとって、リルンとこそこそ話をする。


「なあリルン……助けてくれ」

「はあ?」

「お前があいつの相手してくれ……俺には耐えられない」

「あたしだってやだっつの! 昨日は散々あいつに質問攻めされたんだぜ? 今日はやっとそれに解放されたってのに!」

「俺は、あいつに素性を話すわけにはいかねえんだよ! でもあいつと喋ってると変なペースに持っていかれて、うっかり喋っちまいそうだ……」

「知らねえよ! そんなん、自分が気を付ければいい話だろ?」

「ほんと! 頼むから! 俺は無理!」


 端から見れば、変な二人組である。

 現に、すれ違う人にじろじろ見られた。目立たないようにしないといけないのに、逆に目立ってるってどういうことだよ。俺がうるさいから? いや、うるさくさせてるのはあいつだろ!

 ネトムは買い物をしながら、俺たちの様子をニヤニヤしながら見ていた。なんなんだよ本当に。



 俺たちは昨日の広原に来ていた。

 ネトムの話によると、時間によって現れるモンスターが違うらしい。昨日の奴は夜にしか現れないと言う。


「どんな奴を狩ればいいんだ?」

「親方が言うには、植物系の……あ」


 ネトムが立ち止まる。

 俺とリルンが前に出ると、そこには。


「きゃあああああ!」


 叫び声を上げる、一人の女がいた。

 何やら杖を持った女が、巨体の植物系モンスターから必死で逃げている。モンスターは自身の葉を自在に操り、彼女を捕らえようと追いかけていた。


「あれって!」

「うん。まさにあれが今日の獲物だよ」

「そんなことより! あの人! 危ない!」


 俺はいつの間にかモンスターに突っ込んでいた。

 女がよろけた瞬間、モンスターは女を捕らえる。大きな葉に捕らえられ、女はさらに涙を落とす。


「でやあああ!」


 俺は二本の短剣で、拘束を斬る。葉を付け根の部分から斬り落とし、俺はモンスターに突進する。


(植物なら……根本に近い茎の部分を斬れば……!)


 俺はモンスターが生えている所に走る。

 そして、思いっきり短剣を振った。振ったのに。


(き、斬れない……!?)


 固い。全然斬れない。力を入れてるのに、なんで。

 あたふたしていると、モンスターは葉で俺を捕らえようと向かってくる。

 駄目だ。逃げ……


「うわあああ!」


 遅かった。

 俺は足をモンスターに捕らえられ、逆さまの宙吊り状態になる。遊園地にこんなアトラクション無かったっけ? なんだっけ? 確かバンジージャンプとかいうやつが、こんな感じだったような。


「ああああごめんなさいごめんなさいごめんなさい揺らさないで揺らさないで! 怖い! 怖いから!」


 ぶんぶん振り回される。必死で俺も剣を振るが、モンスターには当たらない。てか、ここで斬っちゃ駄目だろ。この高さから落ちたら確実に死ぬ!


 モンスターは花の部分から大きな口を現す。食虫植物っていうの? こういうの。俺が知ってるものと全然違うけど。え? まさか俺を食うつもりなのか?


 俺は死を覚悟した。


「おらあああああ!」


 下を見ると、さっき襲われていた彼女が叫びながらこっちに向かってくる。

 そして手に持っていた杖で、モンスターの根本を攻撃した。すると茎が折れる。え? 折れる?

 何が起きたのかわからないうちに、俺は急降下する。待って待って待って俺死ぬ死ぬ死ぬ!


「あああああああ!」


 そして地面に直撃……とはいかなかった。女が俺を受け止めたのである。

 え……? 俺、もしかして俗に言うお姫様だっこされてる?


「大丈夫か?」


 はい……

 ところで貴女、逞しすぎませんか……?

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