第10話 素晴らしい料理には裏がある

 俺とリルンは、目の前にある料理に目を輝かせていた。


「さあ、冷めないうちに食え」


 親方――もとい、シシグマさんはそう言って料理を振る舞ってくれた。

 あのおぞましいモンスターを使って、ここまでの料理にするとは……料理人とは恐ろしい。原材料を考えると、最早詐欺に近いな。


「これは遥か西で採れたジャガイモと、季節の野菜、そして狩ってきたトープの肉に、東洋から輸入した香辛料を加えた一品だ」

「トープ……ってあのモンスターのことですよね?」

「ああ。けどトウマには馴染みが無いだろう」

「そうですね……」

「ま、名前はあるが、怪物は怪物だ。料理の道に行くわけでも無いなら、そんな正式名称覚えなくてもいいと思うけどな」


 シシグマさんはそう言って、カウンターに戻る。

 俺たちの他に客は無く、店の中はがらんとしていた。まるで貸切状態だ。ちょっと贅沢だな。


「トウマ! 早く食おうぜ!」

「そ、そうだな!」


 スプーンを手に取り、手を合わせる。


「いただきます!」


 料理を口にした瞬間、まず肉汁が口いっぱいに広がった。

 焼けた肉は柔らかく、さらにスパイスがその旨味を引き立てる。辛すぎず、しょっぱすぎず、絶妙な味わい。端的に言えば、美味い。草なんかよりも、ずっと美味い。


「うま! あんた、料理の天才だな!」

「気に入ってもらえたのなら、よかった」


 リルンもご満悦だ。よっぽどお腹が空いていたんだろう、皿にてんこ盛りの料理を一心不乱に貪っている。


「これで一週間何も食べなくてもいいな……」


 そう思えるほど、この料理は美味かった。もうこの味を思い出すだけで、しばらく生きていけそうだ。

 俺が感慨に耽っていると、店の入り口からベルが鳴った。ああ、お客さんか。四人の男は、俺たちを見て驚いていた。


「お? 珍しいねえ、『シシ堂』に客がいるなんて」

「ほんとだほんとだ、おいおい……明日は雨なんじゃねえか?」

「おっ!? かわいこちゃんがいるぞ!」

「女の子だと!? この店にか!?」


 常連客、なんだろうか。

 かわいこちゃん……ってのは、リルンのことか? 確かにこいつ、見た目は悪くないけど……

 リルンは、明らかに男たちを軽蔑するような目をしていた。いや……あの四人とジェイド団も似たようなものじゃないか? こう、見た目とかさ……これは言っちゃいけないことなのか?


 シシグマさんは一つ溜め息をついて、その客たちの所へ向かう。


「お前たち……店に喧嘩売るくらいなら、モンスターに喧嘩を売ってこい」

「だってよ~~強えんだよ~~」

「シシグマもやってみろって、マジであれは無理だからよ」

「こんなとこでよお、ずっと食い物とにらめっこしててもしょうがねえだろ」


 結構強面のシシグマさんにそんなこと言うなんて……この人たち、なかなか肝が据わっているな。

 シシグマさんは呆れたように、窓側のテーブルに座った四人を見下ろした。


「じゃあ、お前たちは俺の料理を食わないんだな」

「あー! 食います食います! ちょっと、そりゃあねえだろお」

「昔馴染みなんだからよ。もーちょい優しくてもいいんじゃねえの?」

「全くそういうとこ、俺たちと組んでた時と変わんねえよなあ」


 ゲラゲラ笑う男たち。シシグマさんは「いつものでいいんだよな」と言って、その席を後にした。


「あのう……あの人たちは?」

「あいつらとは、昔つるんでたんだ。俺がこの店を始める前まで、な」

「つれないこと言うなって! 同じモンスター狩りをしてた、仲間なんだからさあ!」


 俺とシシグマさんの会話に、男が割って入ってくる。

 すでに何処かで飲んできていたのか、少々酒臭い。


「すっかり出来上がってるが、お前たち……金はちゃんとあるのか?」

「あるってあるって! な?」

「俺に聞くなよ! お前持ってんだよな?」

「ええ? てっきりこいつが持ってるんだと思ってたんだが?」

「俺? 知らねえよ?」


 四人は口々にそんなことを言い出した。


「……金が無いなら、料理は出せないな」

「えー!? ケチケチすんなよー! お前と俺たちの仲だろー?」

「今日のところは帰ってくれ」

「鬼! 甲斐性無し!」

「どの口が言うんだ」

「へーへー、わぁーったよ。ったく、ちょっとくらいいいじゃんかよ」

「今度はちゃんと、金を持って来てくれ」

「昔と変わんねえよなあ、そういうとこはよお」


 四人の男たちは、帰ってしまった。

 ……なんだったんだ、今の。


「すまない、見苦しいところを見せてしまった」

「あ、いえ……」


 シシグマさんも大変だよなあ。こういう客もいて、さらにネトムの面倒も見てて。

 大変だけどすごいよなあ。俺には絶対出来ないや。


 俺とリルンは皿いっぱいの料理を食べ終え、すっかり満腹になっていた。

 ごちそうさまです。本当に美味しかったです。もう思い残すことは無いです。


「シシグマさん、美味しい料理をありがとうございました」

「マジでよかった! すごい満足だぜ!」


 俺とリルンは、すっかりこの料理に惚れ込んでしまっていた。また食べたいな。機会があれば、是非他の料理も。

 感謝の念を込めて手を合わせていると、シシグマさんは、俺たちにこう言い放つ。


「じゃあ、代金は二人分で8ランスだ」


 え?


「し、シシグマさん? え、お金って……」

「何を言っている。料理を食ったんだ、金は当然払うだろう」


 俺たちはその言葉を聞いて青ざめる。金、金とは? はて、なんのことぞや?

 リルンも同じ気持ちらしく、何かを言いたそうにこちらを見ている。


「え、あの……俺たち、あのトープとかいうモンスターを狩ってきたから、その……てっきりタダなのかと思っていたのですが」

「そんなわけないだろう。金はきちんと払ってもらう」


 その発言は死刑宣告に近かった。

 待て待て待て、俺たち金無いんだけど。無一文の素寒貧ですけど何か? 金無し冒険者的なあれですけど何か!?

 シシグマさんには悪いが、逆ギレしそうである。そんなの聞いてないぞ! と喚き散らしたい。だってほんとにタダだと思ってたんだもの。ほら、モンスター倒してくれたお礼的なさ。


「あれ? もしかして二人とも……お金無い?」


 シシグマさんの後ろから、ネトムが現れた。こちらをからかうような口振りである。心なしか、楽しそうに見えるのは何故だろう。


「本当かそれは」

「あ、え、えーっとですね……あ、はい……お金、無いです」

「なんてことだ!」


 ごまかしてもしょうがない。俺は正直に、シシグマさんに告げた。

 この人怒ると怖そうだな。許しては……くれないかも。でもその時は全力で頭を下げて、皿洗いでもなんでもさせてもらおう。


「お前ら、本当に金が無いのか?」

「はい……実はこっちの馬鹿が、でかい鎌に全財産注ぎ込みまして」

「おい! 馬鹿って何だよ馬鹿って!」

「へえ。あれどっかから買ったものだったのか。興味深いね」


 外野がうるさい。真面目な話をしてるのに、ぶち壊しである。


「……お前らが無一文だというのはわかった。でもそれで納得出来るわけじゃない。こちとら商売なんだ、舐めてもらっては困る」

「で、ですよね~……はは……」


 俺は引きつった笑みを浮かべた。もう笑うしかない。だって、目の前にいるシシグマさんが怖いんだもの。恐ろしいオーラを放ってるんだもの。

 もしかして、シシグマさんも特性持ちだったりする? それは十分有り得るぞ。


 次にシシグマさんから発せられたのは、こんな言葉だった。


「お前たち、ここで働いて金返せ」


 ……まあ、こうなりますよね。指詰めろとか臓器売れとか言われるより全然ましだ……いや、俺ヤクザ映画の見すぎかな? 見すぎるほど見てないと思うけど。大体映画を見に行く金なんて無い。


 案外普通のことだったので、ほっとしている。なんせ、この世界に来てから普通じゃないことが多すぎた。数時間前まで、モンスターと戦ってたんだぜ?

 しかしリルンはシシグマさんの提案に、心底不満そうだ。


「えー!? 働くのかよ!」

「当たり前だろ! こう言って頂けるだけありがたいんだから、文句言わずにやるんだよ!」

「働くとかあたしの性に合ってねえよ!」

「俺、お前に言ったよな? まともな生き方教えてやるって! これが! 働くのが! 真っ当な生き方なんだよ!」

「ふざけんなよ! 働くならトウマだけやれっての!」

「お前も食っただろおおお!」


 こんなやり取りをリルンとしていると、シシグマさんはカウンターを思い切り叩いた。


「いいな?」


「はい」


 その威圧的な視線から逃れられず、俺たちは黙りこくった。シシグマさん、怒ると怖い。

 俺たちの一部始終を見ていたネトムは、シシグマさんの後ろで大爆笑していた。こいつ、一体なんなんだよもう。

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