独善的ディソナンス

第8話 変態との遭遇

 気付いた時には遅かった。リルンの姿は見えなくなり、追いかけてもリルンを見つけることは出来なかった。というより、街の入り口まで来て引き返しただけだけども。


 どのくらい時間が経ったのだろう。時計が無いからわからないが、結構時間が経っているのではないだろうか。

 俺は完全に意気消沈し、地面に伏していた。制服は……もうどうでもいいや。


 完全にやられた。あいつ、俺を置いていく算段だったんだ。考えればすぐ思い付くことじゃないか。あいつは俺を嫌っている。村から強引に連れ出した俺を、嫌っているに違いない。

 今までこうやって着いて来たのも、俺が特性持ちだったからだ。俺の力に恐れ、文句を言いながらも着いて来た。そして、ずっと逃げる機会を伺っていた。それが今だったわけだ。


 人を信用するとこうなるって、俺はずっと前からわかっていたじゃないか。


 何故リルンを信用してしまったのだろう。その悔いが残る。

 あいつはジェイド団に属していた人間だ。現に村人を脅していた。あいつはそういう奴なのだ。生きるためには手段を選ばない――非道な人間だってわかっていたじゃないか。


 それなのに!


(これはリルンに一杯食わされたなあ……そこまで考えが回らなかった。空腹だったせいかな。それとも草食ったせいかな。どっちでもいいや……見事だよリルン)


 リルンとは昨日今日の付き合いである。だからそれほど悲しくはない。辛くもない。だけど。


(……裏切った、というのはどうも許せねえ……)


 俺もリルンをそこまで信用していたわけではなかったが、しかしこの仕打ちはあんまりだ。見知らぬ土地に一人きり。しかも俺を騙した。その騙したことが、一番許せねえ。


(あの野郎……)


 今度会ったら覚えとけ。そんな恨み言を考えていると、


「……あんた、なんでこんな所で寝てんの?」


 空から声が降ってきた。


「え?」

「とうとう死んだか? いや死んでねえな」


 見上げると、そこにはリルンがいた。

 不思議そうな顔をして、俺を見つめる。いや、不思議なのは俺の方なんだが。


「リルン……お前、俺を置いてったんじゃ……」

「……は? トウマ、そんなこと考えてたのかよ」

「だって……お前、遅いし……」

「……ったく、あたしも舐められたもんだよなあ。遅くなったのは、色々トラブルがあったから。別に……トウマを置いてったわけじゃねえよ……」


 リルンは明後日の方向を見ながらそう言った。ほんとかよそれ。

 でもこうして戻ってきたわけだ。その辺りは信用してもいいのかもしれない。俺は起き上がって、リルンの前に立つ。


「そう……か。疑って……悪かったな」

「気にしてねえよ。それよりも、ほらこれ」


 リルンは俺に白い布を差し出した。なんだこれ。随分ボロっちいな。


「これは?」

「布だよ布。これで髪は隠せるだろ? それとほら。こっちのでっかい布は、その服を隠す用。その服何処で手に入れたのか知らねえけど、目立つから隠しといた方がいい」

「随分と汚れているし、ボロボロなんですが……」

「仕方ねえだろ。それしか無かったんだからよ」


 まあ贅沢は言うまい。とにかく俺の格好をなんとかすればいいだけなのだから。

 俺はリルンから布を受け取り、身に付ける。大きい布はローブのように纏い、制服を覆い隠した。制服のズボンは完全に隠せなかったが、特に問題はないだろう。

 小さい布は、頭に巻き付けた。髪の毛を全部隠してくれたので、これでもう余計な心配は無いわけだ。人から疎まれることも無い。


「どう……かな。変じゃない?」

「まあいいんじゃね? 特に変なところはねえし」


 微妙な反応ありがとう。

 そしてリルンは、思い出したかのように腰に装備していた短剣を取り出した。


「これ、やる」

「え!? 何で?」

「いざという時必要だろ。特性あるから心配はねえのかもしれねえけど、一応持っといた方がいい」

「でもこれはお前の……」

「あたしにはもう、必要無い」


 そうか。これはジェイド団の時に使っていた物だからな。持っていると、色々思い出してしまうのだろう。

 俺はリルンの気持ちを察して、何も言わずに受け取る。

 二本の短剣は、リルンのように腰に装備した。


「それにあたし、新しい武器があるし!」

「え?」

「これだ!」

「武器? ただの棒なんですが……」


 リルンから差し出されたのは、黒い棒。ちょっと格好いいけど、これが武器だとは思えない。


「見てろ? えい!」

「うわ!」


 リルンが棒を振ると、その棒はたちまち伸びて、大きな鎌になった。

 死神とかが持ってそうな、大きい鎌だ。リルンの身長の倍はあるんじゃないか? そんな物、何処で買った?


「リルン、それ」

「いいだろ? めちゃくちゃイカしてるし、持ち運びも便利! 優れもんだぜ!」

「いやそんなもん買ってどうするんだよ!?」

「敵が来た時に、グサッとな!」

「敵て! 何と戦うつもりでいるんだ!」


 リルンは嬉しそうに鎌を振り回している。待て。そんな所で振り回すんじゃねえ。俺に当たったらどうする。


「それ、随分と高そうだけど金は大丈夫だったか?」

「そうそう、これ結構したんだぜ? でも、全財産はたく価値はあるよな!」

「は!? 全財産!?」


 ちょっと待て。


「お前、じゃあ今は一文無しってことか!?」

「? ああ、そうだけど」

「馬鹿! 馬鹿! もうお前すっげえ馬鹿! 今日の宿代と飯は! どうするんだよ!」

「へへへ」

「『へへへ』じゃねえええええ!」


 リルンは結構な浪費家のようだ。しかも考え無しの。目先のことしか考えてない感じの。


「どうすんだよ~~~~マジでこれからどうすんだよ~~~~今日もまた野宿なんてやめてくれよほんと!」

 俺はショックのあまり蹲った。ほんと何してくれちゃってんの、リルン。

「ま、別にどうにかなるんじゃね? 最悪、ここでまたちょっくら金を調達……」

「それは窃盗だろおおおお!」


 そんなやり取りをしているうちに、夜になってしまった。



「リルン……どうするんだよこれ……」

「あたしが知るか」

「元はと言えばお前がなあ!」


 俺たちは無事、街に入ることが出来た。入ることが出来たのはいいのだが、問題はそのあとである。金が無い俺たちに行き着く先は無い。

 だから店に入ることも出来ず、こうして路地裏に潜んでいるのである。まるで疚しいことがあるかのような振る舞いだが、俺は潔白である。リルンは確実にクロだが。


「それよりも見ろよこの鎌! すげえだろ? これさえあれば無敵だな!」

「危ね! こんな狭いとこで振り回すなよ!」


 しかし、こうやってリルンと口喧嘩していても仕方ない。まずは今日の飯と宿を考えないと……


「ねえ、そこで何やってんの?」


 どちら様でしょうか? いきなり男に声をかけられた。

 金髪で黄緑色のバンダナ……腰にしてるのはエプロンか? この人は一体……?


「そんな鎌振り回しちゃってさ。もしかして賊だったりする? 勘弁してよ、物騒だねえ」

「ああえと、違います! 違うんです! 俺たちは怪しい者とかじゃなくてですね! ほらリルン! 早くその鎌をしまえ!」

「えー? 何でだよ!」


 俺は慌ててリルンに鎌をしまわせる。やめてくれよ、誤解されるのはもうこりごりだ。


「それ、いい鎌だね。それどうしたの? いやあ、見るからに怪しい二人組だけど、そんな鎌見せられたら黙っておけないね。賊が使うにしちゃあ、随分と大振りの鎌じゃないか」


 男がリルンに寄って来た。鎌持ってる相手に対して、随分と怖いもの知らずだな!?


「なんだよあんた! 気持ち悪い奴だな……あたしの鎌に文句あんのか!」

「違う違う。むしろその鎌を賞賛したいんだよ。鋭いね、ちょっと触れたらすぐ切れちゃいそうだ。ていうか、その鎌重くないの? 重そうだけど、君はそんなに重そうにしてないよね? もしかして案外軽かったりする? ねえ、ちょっとその鎌持たせてよ」

「は!? なんだよこいつ!」


 さっきから男はべらべら喋りっぱなしである。鎌にとても興味があるらしいが、不審者なのは間違いない。初対面でこんなに寄って来る人、初めて見たぞ。


「あの……なんですか貴方」

「ん? 俺? ただのしがない武器愛好家」


 尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。

 完全に不審者じゃん。いや、不審者なのは俺たちの方なのか? 俺たちも端から見れば、結構怪しいからな。


「俺、めちゃくちゃ武器とか好きなんだよね。だからさ、ちょっとその鎌もうちょっと見せて……」

「気持ち悪いな! 離れろ!」


 リルンはそう言って、鎌を元の棒に戻した。

 すると男の目はさらにキラキラ輝く。


「え? そういう感じの武器? 初めて見た……そうやって伸び縮みするのか! いやあ、たまんないねえ。こんな武器作れる人っているんだなあ。すごいすごい。ねえ、それ何処で手に入れたの? そんなすごい武器そんじょそこらじゃ……」

「あああもう! こっち来んな! あっち行け!」


 男はリルンの鎌にさらに興味を持ったらしく、ぐいぐいリルンに言い寄る。

 ええ……こんな人もいるんだな……俺が男を止めようとした時、


「おい、何処で油売ってるんだ」


 男の後ろから声がした。

 声の主は色黒の大柄で、いかにも貫禄がある感じの風貌をしていた。タンクトップ姿なので、腕の筋肉がよく見える。ジェイド……とはまた違う感じだ。いや、この人もちょっと怖いけど。


「げ。親方」

「『げ』じゃなくてだな。で、目当てのものは手に入ったのか?」

「それがですねえ、ちょっと無理だったんすよ。何しろあのトープ強くて強くて。俺一人じゃ無理っすね」

「にしても、食材調達に行って手ぶらで帰ってくる奴がいるか」


 親方と呼ばれた人は、呆れているようだった。

 食材調達って何のことだ? この人たちは一体……?


「すまない。こっちのネトムが迷惑かけなかったか」

「あ、いえ……そんな」

「俺たちはこの辺りで食堂を営んでいる者だ。ったく……うちの若いのは、どうもこういうところがあって困る……悪かったな」

「いえいえ……って、食堂やってるんですか」

「まあな。ただ、今は食材が足りなくて店はやってないが」

「そうそう。最近はほんとに世知辛くて」


 ネトムという男が話に入ってきた。へえ、何処も苦労してるんだな。

 ぐうううう。

 その瞬間、俺の腹が鳴る。


「もしや、腹が減ってるのか」

「ま、まあ……」


 草しか食べてないしな。腹が鳴るのも当然か……


「そうだ。ねえお二人さん。この街の外れに、トープっていう食用のモンスターがいるんだ。そこでお願いなんだけど、そのモンスター狩ってきてよ。俺は弱いから狩れなかったけど、二人なら出来るんじゃない?」


 ネトムが俺たちにそう提案した。

 え? 食用のモンスターとかいるの? ていうか、そもそも何で俺たちに頼むんだ?


「おいネトム。何自分の仕事を人に任せようとしてるんだ」

「いいじゃないすか、親方ぁ。二人があれを狩ってきてくれたら、俺たちは食材が手に入る。そして、その食材を使って、二人に料理を出してやれる。まさに双方の利害が一致してる状況。これを生かさないわけにはいかないっすよ」

「だからお前はいつまでも見習いのままなんだぞ……」


 俺たちがそのモンスターを狩ってきたら、飯にありつける……ってことか?

 いやいやいや、でもそんな上手い話が……


「やろうぜトウマ! まともな飯が食えるんだ! これを逃さない手はねえ!」

「は!? 俺はやるなんて一言も……第一モンスターだぞ? 危険すぎる!」

「あたしはやるぜ! この鎌を試す絶好の機会でもあるんだからな! なあ、そのモンスターは何処にいるんだ?」

「西の外れだよ。あ、何なら案内しようか? 俺もその鎌の力、見たいしさ」


 リルンとネトムは勝手に話を進めていく。待て待て待て。俺を置いて話を進めるな。

 俺は親方の方をちらりと見る。


「まあ……なんだ。手伝ってくれるのなら、相応の料理は出すぞ」


 止めてくれないんですか、親方さん……

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