番外編 少女の一幕

 ――やったやった! あいつ、チョロいもんだぜ。


 特性持ちとかすげーけど、敵になるのはマジ勘弁だな。使える奴かと思ったけど、すっげえめんどくせえ!

 あいつとずっと一緒にいるとか、マジで無理だわ!


(てかあいつ、騙されやすくね?)


 あんなこと信じるなんてさ、ほんと馬鹿なんじゃねえの?

 馬鹿はトウマ、あんたの方だっつーの。


 あたしは街を駆け抜ける。ようやく自由になれた。それがすごく嬉しくて。解放感半端なくて。

 気付けば街の中心地にでも来ていたのか、どんどん人が増えていた。ここは……市場か?


(へえ? 結構色々売ってるんだな)


 食べ物から雑貨まで。色々な出店があった。あたしは練り歩きながら、ある露店で立ち止まる。


「なあ……おっちゃん、これなんだよ?」


 その店は、他の店とは少し離れた場所にあった。あたしの前に並べられている商品は、どれもよくわからないものばかり。

 変な液体が入ってる小瓶や、変な匂いがする袋、禍々しい装飾品……こんな所で売るもんじゃねえだろ。

 売ってるおっちゃんもおっちゃんだ。フードで完全に顔が隠れて、見えているのは口元だけだ。ひげがある……ってことは、おっちゃんだよな?


「ここにあるのは全て、最高級品でございます。この店に興味をお持ちになるとは、なかなかお目が高い……」

「……そりゃどーも」


 なんだこいつ。怪しさ満点だ。雰囲気といい、話し方といい、やばい奴だってことを隠しもしねえ。

 なんなんだ、この潔さは。逆に怖い。


「貴女は……悪魔の力に興味はありますか?」

「悪魔? あたしは悪魔とか信じてねえ」

「左様ですか。まあ、そう言う人もいらっしゃるでしょうね……ははは、なんとまあ……世の中は変わりましたねえ」

「……なんだよそれ? 何がおかしいんだよ?」

「いえいえ、お気になさらず。不快だとお思いになられたのなら、謝ります。ただ……そういった考えでいられるのも、今のうちですよ」

「どういうことだ」


 あたしが苛立った声を出すと、そいつは立ち上がった。

 そうして手を広げ、こんなことを言い出した。


「世界は! 必ず! 悪魔が支配する! その時や、必ず貴女は後悔するであろう! 圧倒的な悪魔の力に、為す術もなく! ただ! 頭を垂れて跪くのだ!」


 こいつ、本当に頭がどうかしてるのか? 何言ってんのか全然わかんねえ。

 てか声がうるさい。さっきのトウマみたいだな。こうやってわけのわからないことをたくさん言って、人の話を聞かない。トウマそっくりだ。

 まあ、雰囲気は全然似てねーけど。


「私は悪魔の力に魅せられました……あの時の衝撃といったらもう……」

「……そんじゃ、そーゆーことで」

「おおおちょっとお待ちください!」

「そういう話、興味無いんで」

「そんなこと仰らず……! あ、これなんかどうです? 貴女によくお似合いですよ?」

「いらねーよそんなもん。なんだこの変な物は」

「これは悪魔の杯で……」


 長い長い話が始まってしまった。

 あたしが行こうとすると、腕を掴んで離さない。こいつ、意地でもあたしに何か買わせるつもりだな。


 短剣でやっちまってもいいけど……何しろ人目が多い。

 ドストー村の人はあたしを恐れてたけど、この街ではそうもいかないかもな。ガタイのいい奴に押さえ付けられたら、それこそ終わりだ。


 あたしはイライラしながら、どうやってここから立ち去ることが出来るのか、ずっと考えていた。


「……でこれは……」

「ああもうわかったから、わかった。すげーのはわかったからさ。もう行くわ」

「お待ちください! そうですね……今までの物がお気に召さないのであれば……えーっと、これとかどうです?」

「はあ? 棒じゃねえか」

「ただの棒ではございません。こうやって振ると……ほっ!」

「わ!」


 店から少し離れた場所でその黒い棒を振ると、鎌になった。しかも、めちゃくちゃでかい鎌だ。あたしの身長よりでかい。

 こんなもん持てるなんて……こいつ、もしかしてただ者じゃなかったりするのか?


「これは……すげーな……」

「そうでしょう、そうでしょう。この鎌はすごいんですよ」

「おっちゃん! これいくら? 金はあるだけ出す!」

「ほう、結構な額をお持ちで……ではこれでいいでしょう」


 そいつは、あたしが持っていた全財産を出すと満足そうに頷いた。

 金を使い果たすのはもったいねーけど……この鎌にはそれぐらいの価値がある。だからあたしは後悔しなかった。


「でもこれ、めちゃくちゃでっけえな。使いこなせるのに時間がかかりそうだ」

「これは見た目よりも、案外軽いんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。慣れるのに時間がかかるかもしれませんが……いつか……その鎌を使いこなせるようになりますよ」

「ほんとか?」


 あたしがこの鎌を使いこなす。その姿を想像しただけで、すげーわくわくする。だってイカすだろ?


「その鎌は『特別』なんですよ」

「特別?」

「はい。その鎌は持ち主によって、性能が変化する優れものでございます」

「へー! どういう原理か知らねえけど、すっげえな!」

「そうでしょう、そうでしょう。何せこの鎌は……」

「おっちゃん! ありがとよ! いい買い物させてもらったぜ!」


 あたしは足早にそこを立ち去った。まずいまずい、また長話されるとこだった。


 鎌を買ったのはいいけど、これからどうしようかな。金ねえし。ま、適当に金かっさらって行くか……

 市場から離れ、あたしは近くの裏路地に入る。うん、ここなら騒いでも誰も来そうにないな。


(お? さっそくカモが……)


 前方を歩くのは、小さいガキだった。あの服装は、もしかして貴族か? 貴族じゃなくても、相当な金持ちに違いない。

 あたしはニヤリとして、そのガキに近付いた。


「おいあんた。あたしに有り金、全部寄越せ」


 ガキが振り返る。へえ? 結構な顔立ちだな。売ったら高く売れそうだ。

 よく見ると左手に本を持っている。本を持ってるとか、ガチの金持ちじゃん。


「あたしに逆らうと怖いぜ? ほら、痛い目遭いたくなかったら、このリルン様に金を寄越しな」


 威嚇しているのに、ガキは物怖じせずあたしをじっと見つめた。なんだこいつ。そんなにじろじろ見やがって。

 あたしが怒鳴ろうとしたら、そのガキは本を開き、右手にペンを持った。


 そして、そのペンで自らの左腕を切った。


 そいつの腕からは血が流れる。そしてその血で、本に何か書き始めた。

 あたしは目の前で起きていることに理解が追い付かなくて、思わず怯んでしまう。死のうとした? いや、だったら首を切るか心臓に刺すはず……じゃあ今のは一体?

 動揺しているあたしに向かって、そのガキは変なことを言い出した。


「お尋ね者のリルンは、サジェスが金を持っていないとわかると、元来た道を引き返す」


 こいつ何を……!

 そう言おうとした瞬間、ガキは本を閉じる。


「見ての通り、僕はお金を持っていません。ほら、この服に隠せる場所なんて無いでしょう。ほら、ね?」


 ガキは服を引っ張ったり、飛んだりして見せた……うん、確かに金は持ってなさそうだな?

 だったらこいつに用は無い。あたしは引き返そうとした。


「いや? 待てよ……また会ったら面倒ですね……それなら、いっそのこと、この街から追い出してしまいましょうか……?」


 何をぶつぶつ言っているんだ? あたしがガキを振り返ろうとすると、そいつは、


「リルンは、近くのカロールの店に入り強盗をしようとするが、店主カロールによってこの街を追い出されてしまう」


 そう言った。



 一体あいつ、なんだったんだ?

 でもまあいいか。それよりも、金をどっかから調達しねえと。

 あたしは大通りに入り、そこで一軒の店に目をつけた。


(せっかくいい鎌持ってんだ、使わない手は無いな)


 あたしは棒を鎌にして、その店に乗り込んだ。


「あーっはっは! この店はあたしが乗っ取った! 痛い目遭いたくねえなら、大人しく金を寄越せえ!」


 店には何人かの客がいて、皆あたしを恐れていた。

 そりゃそうだよな? いきなり鎌持った奴が乗り込むとか、怖くて怖くてしょうがねえよな?

 あたしはカウンターにいる、いかつい店主っぽい奴に鎌を突き付ける。


「さあ、あたしに首取られたくないなら大人しく……」


 すると、店主はあたしの首を引っ掴んだ。え? 掴む?


「よくもまあ、うちの店に乗り込む度胸あったなあ。その度胸だけは認めたるが……覚悟しいや」



 あたしは簡単に街から追い出されてしまった。

 それはもう簡単に。あたしは軽々と担がれて、こうして街の外に捨てられた。


(……あたし、何やってんだろ)


 下調べも無く、店を襲いに行くなんてどうかしてる。冷静に考えれば、あたしはとんでもないことをしてた。それこそ、無謀の。


(これから……どうすっかな)


 追い出されたが、また入ろうと思えば街には入れる。

 けど入ったって、同じことの繰り返しなんじゃ……?


(あ)


 あたしは近くに荷馬車があるのに気付いた。あれは商人のものか? ご丁寧に、布で荷物を隠してやがる。


(そうだ! あそこを襲って……)


 そう思った時、ふとトウマの言葉を思い出した。


 ――お前も結局、あいつらとしてることは変わんねえじゃねえか……


 ――お前、最低だな。


 どうしてこんな時にあいつの言葉が。あいつのことなんて知らない、どうでもいい。そんな奴から説教されたって……


(でも……ここで襲ったら、ジェイドたちと一緒なんだよな……)


 仲間を裏切った、あいつらと。


 そうだよ。あたしはずっとジェイド団にいた。だから、それ以外の生き方を知らない。ずっとあいつらなりの生き方で、生きてきたんだから。


 弱い奴から奪い、逆らう奴は力でねじ伏せて、そうして生きてきた。

 でもトウマはその生き方を否定した。けどさ、他にどうやって生きろって言うんだよ?

 あたしがしてきたことは、「間違ってた」って言うのか? じゃあ、あたしがこうやって生きていることも「間違い」なのか?


(わかんねえよ……そんなの)


 わかんねえ。わかんない、けど。


(裏切ったあいつらと……一緒にしてほしくない)


 あたしのしてることは、あいつらと一緒だったとしても、それでも一緒にされたくない。

 こんなの、筋が通ってないってのはわかってるけど。


 あたしはその場を後にしようとした。ふと立ち止まり、荷馬車を目にやる。


(もうこれで終わりにするから……今回だけ。今回だけだから。だから)


 許して。


 あたしは荷馬車にかかっていた布を剥ぎ取った。そうして森の中へ。

 あいつ、あたしを見てどんな顔するんだろうな。

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