第6話 とても人間のやることとは思えない

 俺は若干放心状態で、リルンの話を聞いていた。

 そんなことは気にせず、リルンは男の方へ詰め寄る。


「なあ、あたしが怖い? 怖いだろ? ジェイド団は今、ちょっとばかし村を離れてるけど、すぐに戻って来ると思うぜ?」

「も、もう村を荒らすのはやめてください……」

「だったらまず、金目のものをここに出しな。まだあんだろ? 隠してる分、全部寄越せ」

「ストップストップストーップ!」


 耐えきれず、俺はリルンの前へ飛び出した。

 さっきから聞いてりゃ、一体何を話しているんだ? これじゃまるで……


「リルン! 何言ってんだよ! こんなのただの脅迫じゃねえか!」

「そうさ。脅しだよ脅し」

「なんでこんなことするんだよ! それにお前とジェイド団はもう……」


 関係無いだろ。そう言おうとしたら、すかさずリルンは静止にかかる。俺は口を塞がれ、男から少し離れた所まで連れて行かれる。


「野暮なこと言うんじゃねえ。どうしてネタばらしするようなことするんだよ?」

「んんんん! んん!」

「あたしが生きてくためには、こうするしかねえんだ。ジェイド団の名前を使うのは、ちょっと気に食わないけど……でもまあ、いい脅しの材料になるからさあ」

「んん!? んんんんんん!」

「余計なことすんじゃねえ。あたしのやり方に口出すな」


 ここでようやく手が口から離れた。ああ苦しかった。ああ見えて、リルンは結構力が強いな? さすが元ジェイド団ってとこか?

 ジェイドに蹴られた時は、本当にか弱そうな感じがしたけど……こいつ、甘く見ちゃいけないな。


 話を聞くと、リルンは当分村に留まるらしい……しかも、憎きジェイド団の一員として。

 生きるために仕方なく、って感じだったけど、こんなやり方許されるはずがない。第一、村の人たちはどうなるんだ。リルンが村を出てくまで、ずっとビクビク怯えながら暮らすことを強いられるのか?


「いやお前……ふざけんのもいい加減にしろよ……」

「は?」

「何考えてんだよお前。お前も結局、あいつらとしてることは変わんねえじゃねえか……」


 そうだ。リルンは元々ジェイド団の一員なんだから、リルンも人道的じゃないことは、明白じゃねえか。

 危ない危ない。忘れるとこだったぜ。


「お前、最低だな」


 昨日もそういうことを言った気がする。

 二日連続で、こんなに最低だと思えることに出会うなんて……全くどうかしてるよな。


「ト、トウマ? 何でそんな怖い顔してるんだよ?」

「どんな危機的状況でも、人の心は絶対忘れちゃいけねえんだ。道徳を忘れたら、人は人で無くなっちまう」

「え? さっきから何怒って……」


 リルンは、自分が悪いことをしようとしている自覚は全く無いらしい。今も、俺が何故怒りに震えているかがわかってない。

 まあ……あんな集団に属していたんだ。倫理観が欠如していてもおかしくはないんだけども。


「お前がしようとしてることは間違ってる! 人にされたら嫌なことくらい、お前にもあるだろ! それをお前は今、人にしようとしている! やっていいことと悪いことくらい区別しろ!」


 それでも見過ごすことは出来ねえ。


 リルンが今からしようとしていることは、貧乏人をさらに貧乏にするものだ。

 ただでさえ、村人たちの生活は苦しそうだ。今までもギリギリでやってきたのだろう。あれ以上苦しめてどうするんだ。

 

 それに村の権力者になってどうする? 村の皆の上に立つ責任も持ってないくせに。ただただ権力にあぐらをかいていたいだけだろう。

 それで損をするのは、いつも貧乏人だ。

 いつもいつもいつも無責任な権力者がやることに被害を受けるのは、貧乏人なんだ。そう、俺たち貧乏人なんだよ。

 それがお前にわかるか? なあ、リルン。


「……なんだよ! なんだよなんだよなんだよ! あたしに説教するな!」


 リルンはキレた。いや、俺もキレてるからお互い様か。


「あんたには関係無いだろ!? どうしてあんた、当事者でもねえのに突っかかって来るんだよ!」

「確かに俺は当事者じゃない! この言い争いも、俺が見過ごせば終わることなんだろうけど! でもさ!」

「なんだよ!」

「こういう弱い者いじめは大っ嫌いなんだよ!」


 俺がやってることは、自己満足かもしれない。そもそも俺、正義の味方ぶるなんて気、更々ねえし。

 じゃあ何のためにリルンを止めようとしているのかと言うと、やっぱりムカつくからだろうな。

 ここの村人の暮らしに同情したのかもしれない。俺も生活苦しいのは一緒だから。ったく俺、人に同情しすぎじゃないか? リルンの時もそうだっただろ。


 俺、損する生き方しかしてねえな。


「うざい……何なんだよ……!」

「それはこっちの台詞だ!」

「あたしの生き方に口出すんじゃねえ! どうしても邪魔するんなら、あんたを斬る!」


 リルンは腰の短剣を手に取った。

 え? マジで? そういう展開になる? 俺、もしかしたら殺されるかもしれないってこと?


「どうだビビったか! あんたは特性持ちだけど丸腰! ここじゃ勝ち目ねえんだよ!」


 勝ち誇ったようにそう宣言するリルン。

 やべ。確かに俺、勝ち目無いかも。いやでも、ここで俺が引いてどうする? 命は助かるけど、胸糞悪い思いするのは間違いない。


「はは……俺、人を助けるために死にに行くのか? そんな賭けはしたくねえな……でも」


 殺気を出すリルンに少し怯む。けど、俺も負けじとリルンを睨んだ。


「ここで黙って引くわけにはいかねえんだよ」


 ジェイドの時と同じだ。全身から力が溢れる感じ。これが特性か。多分、また俺は黒いオーラを纏っているのだろう。

 俺は力を感じながら、リルンの元へゆっくりと歩く。


 そして勢いよく右手を出し、短剣を持つリルンの腕を掴んだ。


「!? あ!」


「剣を捨てろ。このままだとお前の腕を折っちまう」


 嫌な音がする。俺がリルンの腕を圧迫する音。

 全く、俺も少女に手を上げるなんて最低だよな。けど、これは正当防衛ってことにしてほしい。


「早く捨てろ。早く、早く!」


 その瞬間、リルンは短剣を捨てた。捨てた、というより、手を離してしまったというのが適切かもしれない。


 俺はリルンから手を離し、地面に落ちた短剣を足で蹴った。

 村人は何が起きたのかわからないような表情をし、リルンは顔をしかめながら地面を見つめ、俺はその様子を眺めていた。


「……あたし、これからどうすればいいんだよ」


 そうリルンは呟いた。

 恐らく、リルンは真っ当な生き方を知らないんだ。ずっとあんな奴らと過ごしていたんだ、感覚もおかしくなるだろう。

 普通に金を稼いで生きろ、と言ってもリルンにはわからないかもしれない。


「俺に……着いて来い」


 自分でもわからないが、こんな言葉が口から出ていた。

 面倒なことになるのはわかっているのに、どうしてもリルンを放っておけなかった。


「俺が、真っ当な生き方を教えてやる」


 手を差し伸べた俺に、リルンは目を見開いた。

 朝日が俺たちを照らす。映画にありそうな、感動的なシーンじゃないか。俺、もしかしてちょっと格好いい? なんて、自惚れていた矢先。


「……は?」


 リルンにゴミを見るような目で見られた。

 目が言っている。こいつ何言ってんの? 何考えてんの? そういう目だ。

 やめろ! そんな目で俺を見るな!


「あんた何様のつもり? なんでそう上から目線なの? 大して偉くもないくせに」

「そうだけど! 偉くないけども! 自分でもわかってるわそんなん!」

「そんなこと言って恥ずかしくないの?」

「めっっっっちゃ恥ずかしいわボケ! 正直このポーズも恥ずかしいわ! てか手ぇ取るならさっさと取って!? これめちゃくちゃ恥ずかしいから!」

「恥ずかしいことを何でわざわざやるんだよ」

「格好つけたかったの! なんかこういうのって格好いいじゃん!? てかお前そういう感覚はあるんだな! 人の良心はないくせに!」

「は!? それあたしのこと馬鹿にしてんだろ!」


 また口喧嘩が始まってしまった。俺たちは道のど真ん中で一体何をやっているんだろう。ほら、なんか人が集まってきちゃったじゃん。


「あのう……」


 完全に蚊帳の外にいた男が、こちらに恐る恐る話しかけてきた。俺は男を一瞥して、リルンにこういい放つ。


「ほらリルン! この人に謝れ!」

「は!? 何でだよ!?」

「さっき脅してただろ! そのことについてだよ!」

「謝る筋合いねえっつーの!」

「俺もねえよ! むしろこっちが謝ってもらいたいくらいだわ! 黒髪がどうとか言ってさあ! けどお前は、謝らなくちゃいけないことをしたんだよ!」


 このやり取りを見た村人たちは、こそこそ何かを話し始めた。


「あれって昨日の黒髪の奴隷……」

「どういう状況なんだこれ?」

「話を聞く限り、ジェイド団の仲間なのか?」

「でもあの子はあんなに喋ってても平気みたいね。感染とかしないのかしら?」

「もしかして、あの子も悪魔の……」

「え!? それはまずいだろ!」


 ひそひそ話してるつもりなんだろうが、全然ひそひそ喋れてねえぞ。むしろこっちに筒抜けだぞ。


「だああああもう! 俺は悪魔とか奴隷じゃねえ! 昨日から言ってんだろ!」


 怒りの矛先がリルンから村人たちに移ると、村人たちは震え上がった。


「怒った! 怒ったぞ! 悪魔が怒った!」

「うわああやめろ! 感染は嫌だ!」

「呪わないでください!」


 駄目だ。昨日も思ったけど、話にならん。

 どんなに俺が弁解しても、この人たちにとって俺は忌むべき存在なのだろう。

 交渉の余地無し、か。


「ああもういい! こんなとこ、いつまでも居てたまるか! 行くぞリルン!」

「ちょ、引っ張るなよ! てか、勝手に決めんな! あたしは一緒に行くなんて一言も」

「俺は護衛なんだろ!? お前を守る役なんだろ!? だったらこんな所で俺と別れるんじゃなくて、ちゃんと連れて行け! 護衛に任命したんだから、最後までその責任持てよ!」

「護衛ってのはこの村に来るまでの話で……!」

「とにかく行くぞ! ここから出る!」

「人の話を聞け! 離せ! はーなーせー!」


 俺たちは今度こそ村を出た。

 少女を引きずりながら歩くのは、もうこれで終わりにしたい。

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