第5話 俺の決意
朝日が昇る。結局野宿してしまった。しかも制服のままで。
制服は上から下まで揃えると、結構な値段になる。まあ三年間着ることを考えると、妥当な値段なのかもしれないが、それでも貧乏人にとってはかなりの痛手である。
(だいぶ制服汚しちまったな……)
なんせ野宿だ。木に凭れかかって夜を過ごした。さすがに地面に寝転ぶことはしなかったが、やはり汚れは避けられなかったか。
(まあ……元々汚れてたとこもあるし、別にいいか)
清潔感は大事だが、今はそれどころではない。まずはあの村に戻らないと。
「リルン。おい、朝だぞ」
「うーん……」
「村に行くんだろ。なあ、おい、起きろ」
リルンは俺と少し離れた場所で寝ていた。仮にも目の前に男がいるんだぞ? もう少し、危機感っていうものを持った方がいいんじゃないか?
揺さぶってみるが、全く起きる気配が無い。そもそも起きる気あるのか?
「お前が起きないと、俺出発出来ねえんだけど」
「待てよお……」
「なんなら、置いてってもいいんだぞ? ほら、置いてかれたくねえならさっさと起きろ」
「……うう、なんだよ。こんなに朝早く行かなくてもいいだろ?」
「善は急げって言うだろ? ほら、とっとと行くぞ」
大きな欠伸をしながら、リルンは起き上がる。
全く、呑気な奴だなあ。昨日あんなことがあったあとだってのに。切り替えが早いのか、それともただ単に馬鹿なのか……
「なんだよお……あたしは朝に弱いんだよ」
「つべこべ言わず、さっさと行くぞ」
「待てって……たく、せっかちな奴だなあ……」
俺はリルンの手を引き、森の中を歩き始めた。
昨日俺が倒した木をよじ登り、向こう側へ。ジェイドたちと鉢合わせなければいいんだが……でも、あいつらが居るか居ないかは馬の有無でわかる。馬が居たら、引き返せばいいだけだ。
そうして、俺たちはドストー村へ戻ってきた。
ジェイドたちがいない村は、異様に静かだった。
朝早いからだろうか? それにしても静かすぎるような気もするが……あ、ジェイドたちが居たからか。あいつらが居たから、ビビって身を隠しているのかも。
「誰も……いないな」
「……」
「不気味っていうか……そうだ、村長は何処だ?」
「……あっちの家。昨日、あそこの家でちょっと世話になった」
「そうか」
リルンに案内され、一軒の家に辿り着いた。他の家と比べ、ここの家は少し綺麗だ。さすが、村の権力者……ってところだな。
「ちょっといいですか? 朝早くにすみませーん」
ドアをノックするが、反応は無い。まだ寝てるのか? さすがに朝早すぎたか? って……向こうの事情なんか気にしてる場合じゃない。
一刻も早く、元の世界に戻らねえと。
「……トウマ、ここのドア……開いてる」
「え? ほんとだ……全く不用心な……まあいいや、お邪魔しま……」
ドアを開き、中の様子を見る。そこにはおぞましい光景が広がっていた。
家具は散乱し、辺りに血が飛び散り、異臭を放つ。そこには数人の人が倒れていた。いや、死んでいた……
血塗れで動かないということは、死んでるという認識であっているはずだ。いや、眠っているという可能性も捨てきれないか?
「死んでるよ、そいつら」
「え?」
「死んでる……多分、ジェイドたちがやったんだ」
リルンは俯きながらそう答えた。
俺はこの惨状を見て混乱しているのに、リルンは顔色一つ変えない。
リルンに少し恐怖を覚えたが、打ち消した。今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「は……?」
椅子の裏に潜むように、その人物は倒れていた。俺を召喚した、張本人。この村を治める老人である、その人はそこに倒れていた。
「嘘だろ……え、し、死んでるのか?」
「ああ。ここにいる全員、息してねえよ」
「じ、じゃあ……俺は……俺は、元の世界に……」
戻れない?
「戻れない? 戻れないのか? え? ええ? 俺、こんなとこでこんなことしてる場合じゃねえんだよ……俺は、元の世界に帰って……帰って……」
あれ?
俺、元の世界に帰ってどうするんだ?
(俺には……俺には家族がいて……貧しくてもまあ、なんとかやっていけてて……俺もバイトとかしてるし、だから俺も大事な稼ぎ頭で……)
元の世界に帰らなくちゃいけないんだ。俺は、帰って金を稼がないと……
(でも俺、なんのために生きてるんだ?)
金を稼ぐため? それは誰のためだ? 自分とはっきり言えるのか? いや違う。俺は……家族のために金を稼いでいた。
勉強は出来なかったけど、ちゃんと学校に行って……それで放課後バイトして……でもそれは、自分のためじゃなく、誰かのためにやっていたようなものだ。
いつだって自分のことは後回しで。誰かのために行動していて。たくさん我慢して、たくさん気を遣って……
なんか俺、自分のために生きてるって言えないな?
その事実に気付いてしまった時、なんだか全てがどうでもよく思えた。
元の世界に帰れなくても、この世界に留まり続けなきゃいけなくても、それでもいいやって思ってしまった。
だって俺、元の世界に帰ってもいいことないしさ。
貧乏貧乏って、周りから馬鹿にされる毎日。でもこの世界だと、俺はなんかすごい奴みたいだしさ。特性だっけ? あれ持ってるとすごいんだってな。
この世界じゃ、俺は賞賛される存在なんだ。
じゃあさ、俺……こっちの世界に居た方が幸せなのかな。
(……元の世界に帰っても、どうせ一生人から馬鹿にされる日々を過ごすんだ。だったら、こっちに留まって自分の能力発揮して、人からすごいすごいって言われる日々を過ごす方がよっぽどいいじゃんか)
微動だにしなくなった俺を、リルンが覗き込む。
「おい……トウマ? 大丈夫か?」
「…………ああ」
「これからどうするんだよ」
「俺は……」
意を決した。
「こっちで特性生かしまくって、そんで金持ちになってやる。誰も俺を見下せないくらいの、すげえ金持ちに」
もう元の世界には戻らない。
リルンと一緒に家を出て、村を散策することになった。
正直もうこの村には用は無いのだが……これから何をするかも決めてないし、成り行きでリルンに着いていくことになったのだ。
「なあリルン……さっきのは、本当にジェイドたちがやったのか?」
「多分。あたしたちは色んなとこに行って、そこで仕入れをしてたんだ。仕入れのあとは大体そこに留まって、一晩過ごす。そこであたしたちの待遇が悪かったりすると、見せしめに殺すんだ。殺されたくなかったら、手厚くもてなせってな」
「やってることが外道そのものだな……人を殺すことを、なんとも思わないのか?」
「この世界では、特に変なことじゃねえよ。殺したり殺されたりって話は、よく聞くんだ」
「え……怖」
想像以上にこの世界の治安は悪いな。じゃあ俺たちが野宿したのも、本当はめちゃくちゃ危ないことだったってこと? それを知ってながら、リルンは……
「おま……この世界がめちゃくちゃ危険って知っておきながら、野宿したり俺に着いてこうとしたのか? 信じらんねえ……」
「トウマは絶対安全だって、あたしの勘が言ってたんだ!」
「だからなあ……って、もしかしてお前も人殺しだったりする? え? いや、それ十分ありえるじゃん! なんで今まで気付かなかった? なんで今まで平然としていられたんだ俺は! こいつが俺を騙してるって線も十分あるじゃないか!」
「トウマ?」
「俺をすっかり信用させたところで、剣でぶすっと……いやいやいや、でも俺を殺すメリットが見つからないな? 俺金持ってねえし。ああでも、ただなんとなく殺したかったっていうサイコパス的な発想で殺され」
「うるっせええええ! なんなんだよさっきから一人で! 気持ち悪いな!」
「元はと言えば、お前がなあ!」
道端でリルンと喧嘩になっていたところに、一人の男が姿を現した。今日初めて見る、生きた村人である。
「え? おま……昨日の黒髪の……! それにお前はあいつらの仲間……!」
びくびく怯えるそいつに、俺は見覚えがあった。間違いない。あの時、俺に変な液体を浴びせた奴だ……!
「おおおおまええええええ!」
「ひええ!」
俺はリルンを置いて、そいつに詰め寄った。
「ふざけんじゃねえぞおい! 散々俺に酷い仕打ちを!」
「ひいいいごめんなさいごめんなさい! 触らないでください俺を悪魔にしないでくださいいい!」
「知らねえよそんなの! 悪魔とかわけわかんねえ! 大体触ったくらいで悪魔になんかなんねええよ! 俺悪魔じゃねえし!?」
俺と男が言い争っていると、リルンが横から割り込んできた。
「ねえあんた、この村の住人でしょ? ちょうどよかった。あたしをしばらくの間、ここに置いてくれない?」
「は、はあ!? な、何を」
「ここの村長? 死んでたよ。あれ、あたしの仲間がやったんだよね」
「え!? そんな、殺した……?」
「そそ。だからあんな風になりたくなかったらさ、ちょっとあたしの言うこと聞いてよ」
なんてことない顔で、そう言うリルン。
え? お前何言ってんの?
「なあリルン。さっきから何を」
「いやー、ほんとありがとねトウマ。もうここまででいいよ。色々助かった」
「は?」
「あたしはここに残るから。トウマは村から出るんだろ? じゃあここでお別れだな」
「ちょ、待てよリルン……」
リルンは男の方に向き直り、笑った。
「今日からあたしが村長だ。前の村長は死んだんだよ、死、ん、だ! だから忘れなよ。そんな昔のことさ! 痛い目に遭いたくないなら、あたしに従え。なんてったってあたしの後ろには、ジェイド団がいるからね」
それ、本気で言ってんのかよ、リルン。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます