第4話 奇妙な関係

「い、行ったのか……?」


 何も聞こえなくなるまでの時間は、ほんの数秒だ。しかし、その数秒が何分にも何時間にも感じられた。


「あ~~~~……終わっ……た」


 俺はそのまま崩れ落ちる。今までの疲れが一気に噴き出したようだ。ここまで本当に長かった。今日一日で色んなことがありすぎた。


 俺が倒れ伏しっていると、リルンが寄って来た。


「さっきのすっげーじゃん! あれ、あんたの特性? ああいうこと出来るなら、早くやれよ!」


 先程とはうって変わって、すごく嬉しそうだ。ああ、笑うとちゃんと少女だな。


「いやー、もう駄目かと思ったけど、あんたのおかげで助かった! ありがとよ! あのジェイドたちの泡食った顔……くくっ……ざまーみろっての!」


 さっきまでの怒りと涙は何処へ行ってしまったのか、すっかり元気である。けど、その元気に俺は安心した。


(うん、安心した。よかったよかった……って)


 それで納得するわけないだろう。


「いや! あの! 俺全然よくない! マジで! 今も何が起こったのかわかってねえし! そっちはよかったかもしれないけど、俺は全然よくないから!」

「え? い、いきなりどうした……」

「説明を! 説明を求む! てか、さっきからずっとそれ言ってる! 誰も説明してくんねえの! なんで!?」


 ヒートアップした俺は、リルンに掴みかかる。


「ほんとさ! 皆みんな勝手すぎない!? 俺の言葉通じてないの!? 俺の人権って何!? ここって憲法とかってなかったりするの!?」

「お、落ち着け……」

「人間の人権は永遠不滅じゃなかったのかよ!? そもそもここの人間は日本人じゃない!? ああそうかよ! そりゃ納得だわ! 髪の毛の色とか変だもんな!」

「おい」

「でも日本語だよな喋ってんの! 俺の耳には日本語に聞こえる! でも日本の常識が通用しないのはなんで!? なんなのどういうことなんだよちょっとさあああ!」

「うるせーーーー!」


 リルンに殴られた。地味に痛い。


「うるっせえんだよ! さっきからごちゃごちゃごちゃごちゃ! ちったあ黙れ!」

「いきなり殴ることなくない!? 酷い! 痛えんだけど!」

「やかましいんだよ! 黙るってことを知らないの!?」

「こんな状況で黙っていられるかあ!」

「さっきまで超イカしてたのにさ! 台無しだっつの! あんな特性持っときながら!」

「そもそも、その特性ってのはなんなんだよ!」


 特性特性……確か、ジェイドも言ってたな。あの時はジェイドから血が出ないことに気をとられて、あんまり深く考えなかったけど。


「……あんた、特性知らないの?」

「普通に特性特性って話に出てきたけど、全っ然わからん!」

「へえ……特性知らない奴初めて見た」


 特性について無知なことが露見した瞬間、リルンの怒りは急に静かになった。

 こいつらにとって、特性は常識みたいなものなのだろうか?


「特性っていうのは、特別な力。例えばジェイドは、ちょっとした衝撃を無効にする。だから斬られても平気なんだ」

「それって、生まれつき持ってるものなのか?」

「まあなー……でも、途中から発現する奴もいる。あたしは特性持ってないんだ」

「他にはどんな特性があるんだ?」

「色々だよ、色々。植物を操るとか、水を操るとか、とにかくすげーの」

「操る系ばっかかよ……」

「他にもあるって! 例えば、あー……特性持ってる奴にあんま会ったことねえから、ぱっと思い付かねえ……」


 そう言ってリルンは頭を掻いた。

 ジェイドの件は納得した。今の話を聞くと、突如俺にその「特性」が発現した……ってことになるよな? 俺、実はすげー奴だったりする?


「俺も……特性あるのか?」

「あるだろ! だってジェイドの手を斬ったんだぜ? 特性に対抗出来るのは、特性だけだ! あんたはジェイドの特性より強いってことだよ!」


 そうか。俺、特性持ちなんだ。

 全然自覚無いけど、それってすげーことじゃね? リルンの話を聞く限り、無い人は無いらしいし。

 へへ。へへへへ。そう考えるとなんか……調子に乗っちゃうよなあ?


「な! 俺の特性ってどんな感じだった?」

「え? うーん……なんか、全体的に黒かったなあ……目から黒い光が出てたし、発光系の特性かと思ったけど……でも雰囲気? がとにかく……怖かったな。マジであの時『こいつ殺るな』って思ったし」


 そ、そんなに? そんなにやばい奴って感じだった?

 怖がらせた自覚は無いんだけど……うーん、特性ってそういうもんなのか?


「そ、そうか……なんか、悪いな……怖がらせるつもりは無かったんだけど」

「はー? なんで謝るんだよ。それにあたしは全然気にしてねーし! てか、あれはすげーから誇りに持つべきだって! あたしだったら自慢するね!」

「誇っていいのか……そ、そうか……俺、実はすごい奴だったんだ……! 貧乏から一気に昇格したな……! へへ、へへへ……そうだよな、あの巨体を追い返したんだしな! 俺すげえ! 全人類、俺に刮目せよ!」

「うざい」

「酷い!」


 調子に乗った自覚はあるけどな。ちょっとくらい浮かれてもいいじゃん? 今までそういうこと無かったんだから。


(でも、俺の特性はなんなんだろう? 黒だから闇……? 闇ってなんだ?)


 駄目だ。特性についてわかってないことが多すぎる。自分のことなのに、まるで何もわからない。何故特性が発現したのか、この特性は一体どんなものなのか……そう考えると、迂闊にこの力を使うべきではないのかも……


「あ! そうだ!」

「い、いきなり何?」

「ここ! ここは何処!?」


 すっかり忘れていたが、俺はここが何処だか知らない。

 危ない危ない……状況に順応することに必死で、重要なことを忘れていた。特性とか、それよりもずっとこっちの方が大事なことじゃないか。


「ここ? ここはドストー村の外れ」

「日本でいうと、何処らへん!? 何県辺り!?」

「にほん? にほんってなんだ?」

「え!? 日本じゃないの!? なんか髪とか顔とか見てそう感じたけど、やっぱり!?」


 薄々感付いてはいた。けど、信じたくなかったのだ。自分が――全くの「別世界」に来てしまったことに。

 ここでは、俺の知っている常識がまるで通用しない。召喚やら悪魔やら特性やら、こんなことを俺の知る日本で話していたら、確実に中二病扱いだ。

 しかしここでは、大の大人がさも常識のようにその用語を使う。まずそこが一点。


 さらにもう一点は、人々の容姿。今の日本じゃ、まずあの髪色はお目にかかれない。あのような髪の毛をしているのは、バンドマンかコスプレイヤーくらいではなかろうか。あっ、これはさすがに失礼?


 ――とにかく、俺は異世界に「召喚」されてしまったのだ。あの老人に。村人の生け贄になるために。


「じゃあ、早く元の世界に戻らないと……」

「あんた、さっきから何言ってんの?」

「なあリルン! ここから、別の世界に行ける方法ってのはないか?」

「は? そんなの知らないって」

「俺は『召喚』されたんだ。『召喚』される前の世界に戻りたい。なあ、俺が元居た世界に帰る方法はないか?」


 今はリルンだけが頼りだ。他に宛が無い。

 すがるような目をした俺に、リルンは少し顔をしかめる、


「召喚のことは、召喚した奴にしかわかんねーよ……」

「じ、じゃあ! さっきの村に戻って、そいつに会ってこねえと!」

「おい! あっちにはジェイドたちが居るぞ!」

「あっ……そうか……」


 そうだった。俺が通路を塞いで、あっちに追い返したんだっけな。


「でも、なんとかしてあの村には一度戻らなくちゃ……」

「じゃあ明日にした方がいい。またジェイドたちに会いたくないから」

「そうだな……もう辺りも暗いし……って、もしかして俺に着いてくるのか?」

「? まあ?」

「『まあ?』じゃなくて! なんでそうなるんだよ!」


 どういう展開だよこれ! 俺に着いてくる必要あるか!?


「あたしも、あの村にちょっと用があるんだ」

「用?」

「そそ。だからちょっとばかし、付き合ってよ」

「一人で行きゃいいだろ……」

「あたしは特性持ってねーの! だから……ジェイドにも勝てなかった。これから先、いつジェイド以上の奴が現れるかわかんねえ。だからつまり……護衛だ護衛! 護衛として付き合ってくれ!」

「はい?」


 何を言ってるんですか貴女は。

 俺は初対面だぞ? こんな見ず知らずの奴を護衛に? どういうつもりだ? 疑問符をどれだけつけても足りないくらいの疑問が湧き上がる。


「なんで俺を護衛にするんだよ?」

「あんたは特性持ってんだろ! それであたしを守ってよ」

「わけわかんねえ、その理屈……」

「あたし、勘はいいんだ! あんたは絶対あたしを裏切らない、それは信じられる!」

「根拠は?」

「それは……」

「無いだろ? 俺がいい奴の保証は何処にも無いんだ。そうやってほいほい人を信じると、痛い目に遭うぞ」


 俺みたいにな。

 信じる人は、きちんと見定めねばならない――いい奴だと思える人ほど、簡単に裏切っていくもんだ。俺の周りは皆そうだった。善人面して、裏で俺を騙し続けていたんだ。

 だから、俺みたいになりたくないのなら、そう簡単に心を許すんじゃねえ。


「でも……あんたは、いい奴だよ」

「言ってんだろ? だからその根拠がなあ……」

 埒が明かない。これ以上話を続けても無意味だ。この世界のことはなんとなくわかったし、あとは明日あの村に戻って元の世界に帰る方法を探るだけだ。

 そう思い、俺はリルンに背を向ける。

 そして、


「あんたは……ジェイドを殺さなかったじゃねえか……」


 リルンはそう言った。


「普通だったら、あそこでやっちまってるはずだろ? あんだけの力を持ってるんだ。殺すことは簡単だったはず。なのに……あんたは殺さなかった。それが、あんたがいい奴だって証拠だよ。あんたがとんでもない『お人好し』だっていう」


 ……お人好しねえ。

 お人好しなんて役に立たねえよ。いいように利用されるだけだっての。


「……あれが、演技だったらどうする」

「え?」

「そこまで考えねえのかよ」

「難しいこと考えるのは苦手なんだ! でもあたしは自分の勘を信じる! そういう難しいことは無しで!」


 なんてことだ。そんな手放しで人を信じていいのか。

 お前、さっき仲間に裏切られたばっかだろ? もうちょっと周りに対して、疑心暗鬼になってもいいんじゃねえか?


「お前……本当に馬鹿だな」


 思わず、俺は笑ってしまった。


「は!? 馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」

「っ……はは、お前は馬鹿だよ。馬鹿そのものだ」

「なんだよそれ! いきなり人を馬鹿呼ばわりして! 大体あんた……」

「あんた、じゃねえよ」

「え?」

「俺は高山冬真だ」


 そういや、まだ名乗ってなかったっけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る