第2話 誰か助けて

「リルン様……これは、その……」

「『あれ』はどっかから連れてきたの? それともまさか、この村に『召喚者』が居たってこと?」


 リルンと呼ばれた少女は、村人を一瞥し俺に目を向けた。

 この少女の格好は、昔クラスメイトがやってたゲームの中で見たことがある。あーる、ぴー、じー。そう、RPGと呼ばれるゲームに出てきた勇者みたいな格好だ。


 赤を基調とした服装は、その少女の性格をそのまま表しているようだった。村人とは違うミニスカートが、やけに挑発的な雰囲気を醸し出している。腰には二本の短剣を装備していた。


(それよりも、さっきから悪魔とか召喚者って?)


 悪魔はわかる。けど、俺が悪魔に間違えられていたとするなら心外だ。初対面で悪魔呼ばわりとか、悲しすぎる。

 召喚者……っていうのはあれか? 儀式とかをして、変な奴を呼び出すっていう……


 あ。もうなんかこれ、考えれば考えるほどわけわかんねえな。


 俺は考えることを止め、思い切って質問することにした。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って言うだろ?


「……あの、ここが何処なのか、それとどういう状況なのか教えてくだ」

「其奴は儂が呼び出したのでございます」


 えっ!?

 後ろを振り替えると、さっきまで小屋にいた老人が立っていた。俺の話を遮ったその声は、先程の威勢を感じさせない、弱々しいものだった。


「へえ? あんたが呼び出したんだ。『召喚』を使える人、初めて見た」

「左様でございます」

「なんのために『あれ』を?」

「リルン様御一行は、便利な奴隷をお探しとのこと。ですので、ふさわしい奴隷を召喚したまででございます」

「あっはは! つまり、あたしたちのためってこと? それはご苦労様!」


 少女は笑う。しかしそれも束の間。


「でもさあ、あたしたちがこんな穢れた奴隷、喜ぶと思う?」


 一瞬で笑みを消した少女は、それこそ「悪魔」のような顔をしていた。


 老人は怯み、村人たちも少女から距離をとる。少女から感じるのは、禍々しい殺気。この場全てを掌握してしまうようなーー……一体どんな生き方したら、あんな少女から恐ろしいオーラが出るんだ?


 しかし話を聞く限り、俺は奴隷として呼び出されたってことだろうか? 「誘拐」ではなく、「召喚」……召喚だなんて、ちょっとニュアンスが格好いい。


 けど言い方はどうであれ、俺が自分の意思に反してここにいるってことに違いはない。


「え、えーっと、あの……お取り込み中すみません。ちょっとよろしいでしょうか?」

「は? てか思ったけどあんた、奴隷のくせに喋れるんだ」

「え……喋れますよ普通に……」

「驚いた。奴隷は口が聞けないって聞いてたからさ。じゃああんたって、奴隷の中でも結構レアな存在だったりする?」

「いや、そもそも俺は奴隷じゃなくて」


 弁解する俺に、少女は首を傾げる。


「何言ってんの? どっからどう見ても奴隷っしょ? その黒髪がその証拠。しらばっくれようとしても、無駄だから」


 黒髪だから、奴隷。


 そういえば、この村に黒髪の人物はいない。皆、おかしな髪色をしている。それこそ学校だったら、一発で校則に引っかかるような。


 じゃあ、ここでは「黒い髪」をしていたら、奴隷扱いされるってことか?


(いやいやいや、冗談じゃねえよ。こんな理不尽なこと……)


 いきなりわけのわからない場所に連れてこられて? その上、俺が奴隷だって? ふざけんじゃねえ。何故俺がこんな仕打ち受けなきゃいけねえんだ。


(……でもこいつら、話が通じそうにねえ)


 俺を訝しむ視線。ここに俺の味方はいねえ。ならば俺が取るべき最善の方法は一つ。


 ――逃げよ、今すぐに。


 俺は横に居た村人に向かって突進した。村人は驚いて、俺を咄嗟に避ける。道が開いた。何処でもいい、とにかくこいつらから逃げよう。敵前逃亡が格好悪いなんて、誰が言った。


(無理無理無理無理まずあの視線が耐えられない、それに意味不明なことばっか言ってるし、俺は奴隷扱いだし、もうなんか駄目だこれ、とりあえずこいつらから距離をとって身を隠して……)


 どん。


 何かにぶつかってしまったようだ。見るとそこには巨体。恰幅が良く、肌が焼けた大男。


「あ! ジェイドー!」


 後ろから聞こえる少女の声。その声は心なしか、嬉しそうだった。つまり? この大男は少女の仲間――


「粋がいいなあ、この奴隷は」


 そちらこそ、よく頭が光ってますね。


 なんて、死んでも言えなかった。





 俺はあっさり捕まってしまった。縄で両手両足拘束され、木製の荷台に積み込まれる。痛い。そんなぞんざいに扱わないでくれ……あ、もうこんなに暗くなっていたのか。荷台から見た星空は綺麗だった。


 少女と大男、そして数人の屈強な男たち。遠くでさっきの老人と話しているが、何を話しているんだ? 俺は全神経を耳に集中させた。


「……てわけなんだよ、ジェイドー。こいつ、あの奴隷を召喚したんだって」

「ほう? 大方、村の住人を差し出す代わりに、あの奴隷を差し出したってことだろうな」

「ま! 村人でも奴隷でも、あたしら的にはどっちでもいいんだけどさ!」


 村人の代わりに……俺を差し出した?


 じゃああの老人は、村人を守るために俺を召喚して、俺をあいつらに差し出そうとした……ってことかよ?


(俺にとっちゃ、たまったもんじゃねえよ……)


 その訴えは届かない。


「あのう……先程あの奴隷を素手で触ってましたが、感染の方は……」

「は? あたしたちは悪魔とか信じてないし。悪魔と契約したせいで黒髪になるとか、黒髪の奴に触ったら悪魔になるとか、そんなん信じちゃねーの」

「……というわけだ。心配には及ばねえ」


 老人の問いに、少女と大男はそう答える。

 ……やっぱりここでは、黒髪はとんでもない存在らしい。


 それにしても、まずいことになってしまった。ここからどうする、高山冬真。何か切り抜ける方法はないか? くそ、せめてこの縄さえなんとかなれば……


 俺が身動ぎしていると、大男は周りに向かって声を張り上げた。


「おい! 野郎共! 今日はここで一晩明かす! 明日は太陽が昇ると共に出発するぞ!」


 おおー!

 そんな声があちこちから聞こえる。俺の荷台の後ろから、馬に乗った男たちが次々と下馬する。

 その様子を見て、老人はかなり動揺していた。


「奴隷を引き渡せば、村からは手を引くという約束では……?」

「あ? そんなこと一言も言ってねえよ、村長さんよお。ま、一日世話になるぜ」


 老人は項垂れ、大男は村の中へ入っていく。少女や他の男たちも、大男に続いて村へ入っていった。え? 俺は?


(俺って置いてけぼりだったりする?)


 いや、これはチャンスかもしれない。周りに誰もいなくなった今こそ、逃げるいい機会じゃないか。よし、こうなったら縄を……


(どんだけ頑丈に縛ったんだよ!?)


 びくともしない。どういう縛り方すればこうなるんだ、これ。

 仕方ない。縄は諦めよう。とりあえず、立つことが出来れば……


「ぐっ!」


 立てない。でも荷台からは脱出出来た。落ちただけだけど。結構痛いな!? でも血は出てないみたいだ。

 俺は必死に身体をよじって、立とうとする。まず上体を起こして……あれ、上手く出来ない。ほっ……腹筋鍛えとけばよかったな。

 どうにか上体を起こし、足に力を込める。上手く出来ない。あれ、あれ? どうやったらこの体制から立てるんだ?


「……何やってんの」


「へ!?」


 頭上から声が降ってきた。見上げると、そこにいたのはさっきの少女だった。


「あんた、さっきから変な動きして何やってんの」

「え!? あ、えーっとこれは、その、あー」


 まずい。やばい。逃げようとしてたってバレたら殺される? 俺は頭をフル回転させ、この状況の打開策を考える。えーっと、ええっと、えっと。


「なんでもいいや。あんたもちょっと着いてきてよ」

「は? 着いてきてって……」

「あたしと一緒に逃げるよ」

「逃げ……え?」


 少女は腰の短剣を取り、縛っていた縄を切る。

 え? 逃げるってどういう風の吹き回し? 俺、こいつらに拘束されたんだよな?


「いいから早く。時間が無い」


 少女は俺に質問させる気は無いらしい。

 俺の手を引き、村とは反対方向に走り出す。


「ちょっと待てよ! なんなんだよいきなり! 人のこと縛っておいて、そんで逃げようとか! 意図が全く読めねえ! お前の目的はなんだ!」

「……」

「聞いてんのかチビ!」

「チビとか呼ばないでくれる!? 腹立つんだけど! あたしの名前はリルン!」

「……リルン! 納得のいく説明しろよ!」

「……あいつら、あたしのことも売るつもりだったんだ!」


 走りながら、リルンはそう話す。とても悔しそうな目で。よく見ると赤い瞳に、涙が溢れんとばかりに溜まっている。


「あたしはいらないんだって。あたし、足手まといなんだって。だから、今度の奴隷市場であんたと一緒に売るって……」

「仲間……割れか?」

「ずっと、ずっと信じてたのに。本当の家族だと思ってたのに。なんで、なんでだよ……ジェイド……」


 ジェイド。

 消え入りそうな声で、あの大男の名前を呼んだ。リルンにとって、あいつはどういう存在だったのだろう。家族、そう言った。とても大事な人だったに違いない。


 まだ全然状況を飲み込めてないが、この涙が嘘じゃないことは俺にもわかる。これがもし全部演技だとしたら、どっかの主演女優賞くらい簡単に獲れるだろう。


 こいつ、人間らしいとこあるじゃん。殺気を出してた奴とは思えねえ。


「……それで、なんで……俺を助けたんだ?」

「……あんたは、『ジェイド団』の大事な商品。その『商品』が消えたら、あいつらだって困るだろ」


 ちょっとした復讐だよ。


 そう答えたリルンは、迷うことなく真っ直ぐ走り続ける。

 うーん……やっぱり強かだ。

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