僻んだ俺の、歪みまくった異世界生活。

小花井こなつ

劇的スタートダッシュ

第1話 俺はただの貧乏だ

 貧乏で何が悪い。


 明日の分の米が無くて何が悪い、携帯を持ってなくて何が悪い、靴がボロボロで何が悪い、テレビが無くて何が悪い、バイトして何が悪い、金を稼いで何が悪い、勉強出来なくて何が悪い、金が無くて何が悪い、何が悪い、何が悪い、何が、何が、何が、何が。


 俺の何が悪い?


 はっきり言って、俺は超貧乏だ。前述の通り、無い無い尽くしの暮らしをしている。

 そのせいで学校では肩身の狭い思いをしていて、修学旅行には参加出来ない、クラスで財布が無くなったら真っ先に俺が疑われる、友達もいない、不潔呼ばわりされる、皆からは見下される、味方なんていない、理不尽極まりない生活を強いられている。


 全くさ~~~~冗談じゃねえよ!


 金がねえのはしょうがねえだろ! けどいくら金に困ってるからって、泥棒とかはしねえよ!? 万引きとか一回もしたことねえよ!? ていうか、俺一応毎日風呂入ってるし! ちゃんとそこには気を遣ってるし! 清潔感溢れる貧乏なので! そこんところ、誤解しないで頂きたい!


 いつか、俺を馬鹿にした奴を見返すぐらいの金持ちになってやる――それが俺の野望だった。


 さあ今日も学校に行くか。一応親に学費を払ってもらってるわけだし、高校くらいはちゃんと卒業しないと。

 そう思いながら玄関を出た矢先、俺は浮いた。え? 浮いた?


 上を見ると、俺の目に映ったのは空ではなかった。空ではなく、魔方陣。昔アニメで見たような、紫色の魔方陣だ。俺はそれに吸い込まれて、十八年の生涯に幕を閉じた。




「いや、俺死んでる場合じゃねえんだけど!?」




 目を覚ますと、知らない場所にいた。起き上がって見てみると、何かの部屋っぽい。全てが木で出来ているようだ。

 そういや俺が寝ていたところも、木製の机だ。辺りは散乱としていて、瓶やらガラクタやらが転がっている。


 白髪の老人と目が合った。

 老人は俺が起きたことに驚いたようで、腰を抜かしている。ドアの周りには、数人の男が訝しげにこちらを見ていた。皆服がボロボロで、髪色も瞳もカラフルだ。


「……え? 何? ここ? え? それにどちら様ですか?」


 しかし、一番驚きを隠せないのは俺である。状況を整理しよう。俺は登校しようと家を出た。それで? いきなり? 目を覚ましたら別の場所にいた?


 そんなことあるか!


「あの、すみません……これはドッキリか何かですか? 何かのテレビだったりします? ええと、俺は高山冬真というんですけど、そちらのお名前とこの状況をお教えして頂きたく……」


 こういう時に必要なのは、下手に出ること。相手を刺激しないように、なるべく丁寧な言葉遣いをするのだ。それが世渡りの秘訣である。


 しかし。


「しゃ、喋ったああああああああ!」


 相手の反応は、こちらが思っていたものとは全く違うものだった。

 老人は目を見開き、信じられないようなものを見るような目で俺を見る。え? 俺何かした? てか「喋った」って……俺は喋らない無機物だと思われていたのか?


「おい! どういうことじゃ! 何故こいつは人語を喋る! 黒髪の奴隷は喋ることが出来ないのではなかったか!」

「わ、わかりません……しかし、古文書にはそう書かれてあったのですが……」


 周囲の人間は、皆慌てていた。俺だって突然のことに慌てている。けど周囲の慌て方は、俺の慌てぶりを凌駕するものだった。


「もしや突然変異!? そうなるとこの奴隷は危険です!」

「なんじゃと!? 早くなんとかせねば!」

「え、ええと! じゃ、じゃあこれでも食らえ!」

「い!?」


 男は床に落ちていた瓶を手に取り、俺にかけた。

 うわっ冷て! 目に入ったし! これ目に入れて大丈夫か? なんか紫色してるし……視力無くなったりするんじゃねえの!? これ!


(いや……ちょっと目に違和感あるけど、別に平気だな……)


 何なんだよもうこれは!


「ま、まだ動けるのか!? なんだこいつ……!」

「もうよい! 儀式は成功したんじゃ。喋ろうが喋るまいが関係無い。あとはこいつを引き渡せばいいだけじゃ。おい」

「は、はい……」


 老人と男の会話は、そこで途切れる。そして、ドアの近くにいた男の一人が縄を持ってきた。待てよおい、それで何をするつもりだ?

 俺の服を掴み、震えながら縄で拘束しようとする。ちょちょちょ、待て待て待て。


「ちょっと待てよ!」

「ひい!」


 俺が声を荒げると、肩を震わせ男の動きが止まる。


「いきなりそれはないだろ! 俺何かしました!? ていうか、誰かこの状況説明してもらえます!? いくら俺でも黙って縛られる筋合い無いんですけど!」

「ああああ! つ、唾! 唾飛んだ!」

「いや唾も飛ぶわこんな仕打ち受けてさ! てか俺は、こんなところで縛られてる場合じゃ無いんだって! 学校行かなきゃなんだって!」

「感染した! 感染した! 絶対感染した! 悪魔になんかなりたくない!」

「俺さ、皆勤賞狙ってたの! わかる!? 皆勤賞って図書カードもらえんだぜ!? 2000円分! そのために今まで我慢して学校通ってたのにさ!」

「た、助けて! 誰か、薬を、薬を!」

「あああこれ絶対学校遅刻だよ! ちょっと今すぐ俺を学校まで送ってってもらえます!? そんぐらいしたっていいだろ! ていうかそうしろ! ってお前、俺の話全く聞いてねえな!?」


 話は一方通行である。どれだけ俺が声を荒げようが、掴みかかろうが、男はこちらの話を一切聞いてくれない。それどころか、感染だの悪魔だの騒ぎ立てている。

 俺と男のやり取りを見て周囲は動揺し、慌てふためいていた。

 そのうち、誰かが斧を持ってきた。ん? 斧?


「でりゃあああああああ!」

「うわああああああああ!」


 あろうことか男の一人が、斧をこちらに振りかざした。俺は咄嗟に避け、机から立ち上がる。斧は机に深く突き刺さり、男は斧を抜くのに苦労していた。


(マジかよ……なんの前触れもなく攻撃しやがった……)


 物騒にもほどがある。いきなり斧をこちらに向けるか? いや、そもそも相手は話の通じない人なのかもしれない。じゃなきゃ俺を誘拐したり、拘束しようとしたりしないだろ。

 ていうか、俺を誘拐しても身代金は期待出来ないと思うが……


 斧を机から抜いた男は、先程俺が掴みかかった男に刃を向ける。


「許せ……!」

「え……なんでですか、やめてください! ジャグラさ……」


 びしゃり。

 男の静止も虚しく、辺りは血の海となった。

 目の前の光景が信じられない。血塗れになった男は、そのまま俺の足元に転がった。

 なんで? どうして? 何故男を殺した? 仲間割れか? そんな兆候あったか? 疑問はたくさん浮かぶのに、全く声が出ない。後ろからは、男たちのすすり泣く声が聞こえてくる。


「仕方……なかったんだ……許してくれ……感染者はこうするしか……」


 斧を持った男は、そのまま崩れ落ちる。血は男の涙で洗い流れていった。


 どういうことだ、おい。誰か説明してくれ。


 俺はすっかり震え上がり、ドアへ向かって飛び出した。ドアの前にいた男たちは俺に驚き、避ける。俺はすんなり部屋から出られたことに不信感を覚えたが、そんなことはどうでもいい。まずはここから出なくては。


(やばい。とにかくここは、やばい)


 部屋を飛び出し外に出る。なんだこれ。俺の目の前にあるのは一本の道。道は舗装されておらず、踏み心地が悪い。辺りが木に囲まれているのを見て、初めてここが森の中にあったという事実に気付く。


(俺は何処にいるんだ?)


 景色に呆気にとられてた俺の後ろで、老人が何やら叫んだ。「あいつを早く捕らえろ」とか、そんなことだった気がする。

 老人の号令で男たちは動き、俺の方に向かってくる。その手には武器。あ、やべ。これ捕まったら殺される。


 制服ってのは、どうしてこうも走りづらいのだろう。おまけに俺は、この辺の地理に詳しくない。つまり俺は、圧倒的に不利なのだ。


(早く逃げねえと……早く、早く、早く! 全く、なんで俺が狙われなくちゃならねえんだ!)


 考え事をしている場合じゃない。怖くてビビってる場合じゃない。あいつらに捕まったら終わりだ。俺の人生、ゲームオーバーだ。

 こんなとこで人生終わらせてたまるか!


 一本道を抜けると、そこには小さな集落がたくさんあった。村だろうか? 畑もあるし、井戸もある。


 周りの様子が、俺の知っている世界とは全く異なっている。少なくとも、俺が住んでいた所はこんな田舎じみた所ではない。


(俺はこんな田舎に連れ去られたってことか!? ここは何処なんだろう、田舎……田舎……東北とか? 四国とか? その辺にまで連れ去られたってことか!?)


 自分で思っておいてあれだが、それは東北や四国の人たちに失礼だろう。

 そんな考えを打ち消し、村の中に入ってみると、やっぱり髪色がおかしい人がたくさんいた。

 赤、青、黄色……いや、それ信号機じゃん。ここってコスプレ会場の穴場だったりする? でもコスプレにしては、やけに服がボロいし質素な感じが……


 俺が目を丸くしていると、赤髪の男がこちらを見て悲鳴を上げた。


「黒髪だ! 黒髪がいるぞ!」


 その声で他の人々も俺を見て、悲鳴を上げる。


「どうしてこんなところに悪魔の手下が!?」

「おしまいだ……この村もおしまいだあ!」

「殺せ! 殺せ! 殺される前に殺せ!」


 老若男女、誰彼構わず、俺を見て叫び声を上げる。俺が化け物か何かに見えるらしい。

 俺が村人の反応に狼狽えていると、後ろからは追っ手がやってきた。


(後ろにも横にも前にも……絶対絶命……ってやつ?)


 気付けば俺は囲まれており、完全に逃げ場を失った。恐れ、憎しみ、嫌悪……様々な視線が俺に降り注ぐ。授業でやった、四面楚歌という言葉が今の状況にぴったりだ。

 その時、


「これ、なんの騒ぎ? お祭りって今日だった?」


 喧騒の中から、凛としてはっきりした声が聞こえた。その声は幼く、生意気な感じが否めない。


 村人たちはその声を聞き、咄嗟に身を寄せあった。

 声の主はゆっくりこちらに向かって歩み、真っ直ぐ俺を見つめた。村人の態度とは明らかに違う、勇ましさと傲慢さがその態度から溢れ出ていた。


「ねえ、これってなんの騒ぎ? それに、どうして『悪魔と契約したとされる』、黒髪の奴隷がいるわけ?」


 誰か説明してくれる? 橙色のボブヘアーをした少女は、そう言って周りを見渡す。


 ……いや、説明してほしいのはこっちなんですけど。

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