二 おばな × 老夫婦とその息子夫婦

秋・おばな望む東屋

 さらさら、さらさら

 オバナ同士がふれあう音が、空へと響く。風がふくとかなりの強さでの仲間で隣の仲間にぶつかるが、柔らかい穂に護られて痛くはない。しかし、隣同士でぶつかるのは、じぶんだけではない。辺り一帯、膨大なオバナたちがふれあい、大きな音となる。だから、人間たちの気配に気付いたのは、彼らが目の前まで来てからのことだった。


「みごとだねぇ」

「ああ。凄い数だ」

 年老いた人間が二人、オバナの前に立っていた。ふたりはそれぞれ、細い杖を二本両手に持ち、揃ってオバナを見上げる。

「山の途中にこんなススキ畑があるなんて、いいねぇ」

「上から見下ろすまで、ススキの群生には気付かなかったな。みごとなものだ。上から見るのもよかったが、近くで見るとまた迫力がある」

「ええ。ススキは、近くだとこんなにも背が高いのね」

 二人はオバナの脇を歩く。左を向いた女性が、並んで歩く男性に声をかける。

「ここ、休憩所になってるみたいよ」

 女性が杖で指し示す先には、簡素な東屋が建っていた。

「少し休んでいきませんか」

「そうだな」

 黒い木製の椅子を手で払い、二人は順に腰掛けた。


 ・・・


「ここで、お月見ができたら綺麗でしょうね」

 女性は波打つオバナを見ながら、まったりと呟く。

「そうだな。ここまでのぼってから見る月は、格別だろうな。周りに何も建物が無いから、空の光がよく見えるだろう。夜に登山ができないのが残念だな」

「ええ。夜の8時には閉まってしまうから、実際にはできないわね。でも、もうすこし簡単に登れる山で、こうしたススキ野原があれば行ってみたいわ。夜空に月だけがくっきりと浮かび上がって、きっとすてきな情景が見られるわ」

「ああ。帰ったら調べてみるか。たまには外で、月見をするのも悪くないからな」

「ええ、是非」

 二人が口を閉じると、風になびくオバナの音がさらさらと響く。


「わたしが小さい頃は、よく近所の野原にススキをとりに行ってたわ」

「ススキがり、か」

 相づちを打つ男性に、女性が頷く。

「たくさんススキを刈って、家に持ちかえると、近所の職人さんが状態のいいものを買い取ってくれたんです。それで、職人の方はススキでフクロウを作って、お祭りで売っていました。わたしも一度作っているのを横で見ていて、見よう見まねで作ろうとしたのだけれど、どうしても身体の丸い部分がうまく作れなかったわ」

「ススキのフクロウか。俺の妹も手先が器用で、たまに作ってたな。小さいけれど、ふっくらした形が鳥そっくりで、よくできたものだった」

「妹さんが遺されたモノが、貴方の実家にはたくさんありますものね」

「そうだ。さすがにフクロウは残っていないかもしれないが、日によって穂の部分が膨らんだり、縮んだりして見えるのが不思議だったのを覚えている」

 男性の言葉に、女性は大きく頷いた。

「そうなんです。ススキでフクロウを作ると、ススキも生き物ですから、気温によって穂が開いたり閉じたりするのよ。穂が開いているとふわふわの、閉じているとつるつるの羽根のフクロウになるわ。それが本当に、冬毛と夏毛のようで可愛らしかったわね」

「ああ。やはり植物で作る品は、人工物で作るのとは違う味があるな」

「そうね。これだけススキがあったら、作ってみたくなってしまうわ」

「ここのは、まずいだろう。県の持ち物なんじゃないのか」

「ええ。……県に許可を取らないと伐採はできないわね。残念だわ。最近、ここまで大きいススキ畑を見ることが無いから」

「そうだな。今まで自治体が守ってきたから、これだけの群生を残せたんだろう。あまり目立つ位置でもないから、過度な観光地化もされていないしな」

「実際に来ているの、私たちだけですものね」

「この山に登っている人は、もっといたはずだけどな。やはり、正規の下山ルートから少し外れるから、元々知っている人か俺たちのようにたまたま見つけた人しか辿り着けないようになっているのだろうな」

「そうね。隠れた秘密基地のようで、わくわくするわ」

「この中には、入れないだろうな。一本、持ちかえりたいくらいだが」

「ええ。でも、止めておきましょう。高さがあるから、目立ってしまうわ。もし家の近くで見つけたら、花瓶にさして楽しみましょう」


 女性はそういうと、男性の目を見た。

「花瓶で思い出しましたのだけれど。仏壇にお供えするお花、ご近所の方から菊を分けて頂けることにのなったのででそちらを飾ることにしているわ。あなたのほうでもし、何かお供えしたいものがあれば、来週までに買ってきて頂けますか」

 男性も頷く。

「うちの花瓶だとそう多くの花は挿せないから、花は菊だけでいいんじゃないか。俺は、そうだな……」

 男性は少し考える素振りを見せる。

「何か、民芸品のようなものがあれば供えておきたいな。木彫りの置物か、女性が使う装飾品か。倉庫から妹がつくったものを出してきてもいいが、最近作られた、今どきの民芸品を見せてやりたい」

「いいじゃないですか。でも、妹さんが作られたものも一緒にお供えしましょう。じぶんが昔作ったものって、何年か経ってから見返すと懐かしい気持ちになれますから」

「おまえは、よくそういうよな。俺は自分が昔作ったモノは恥ずかしくて見返せないが」

「恥ずかしいことなんてないわ。当時のじぶんが、一生懸命つくったものだもの。それに妹さんの作品は、独学とは思えないほど細かくて、どれもみごとなものだわ。わたしがお供えする時に、仏さまの前できちんとそのお話をするわね。妹さんがあなたと同じ感性の持ち主かもわからないから」

「ああ。そのほうがいいだろうな。たぶん、妹は恥ずかしがるタイプだ」

 男性がしんみりと頷くと、女性は微笑んだ。

「そうと決まったら、一緒にお供えする『今どきの民芸品』を探さなくてはならないわね。この近くにも、売っているかしら。帰りがけに買えれば良いのだけれど」

「山の麓の売店に、土産物の区画があった。あそこにもしかしたら、少しあるかもしれない」

「わかったわ。降りてから見てみましょう。もしここで買うことができれば、最近作られた作品を見せるだけではなく、わたしたちの思い出の報告もできるものね。土産話も一緒にできるわ」

「お前は、もしモノが見つからなくても報告しそうだけどな」

「もちろんよ。久しぶりにあなたと二人で山登りに行ったこと。上からの景色がすばらしかったこと。あなたが展望台の横から、ススキの群生を見つけたこと。山を下りがてら探したら、素敵なススキ畑を間近にみることができたこと。どれも、妹さんにお話ししなくちゃね」


 男性はオバナの群生を見つめ、ぼそっと呟く。

「そういえば、妹はススキのこと、オバナって呼んでたな」

「あら、そうなの?」

「動物の尾っぽに見えるからだと。妹がそう呼んでるだけかと思ったら、正式な名称であるらしい。秋の七草では、オバナとしてススキを紹介しているくらいだからな」

「へえ。確かに、ふさふさした動物のしっぽに見えるわね。でも、ススキって呼ばないのは珍しいんじゃないかしら」

「俺もそう思う。でも、妹は頑にオバナと呼び続けていた。変に頑固なところがあったから、たぶん万葉集を読んでいて、オバナと書かれていたからそっちの方が正しいと頑に考えていたんだろう。万葉集は、妹の愛読書だったから」

「愛読書が万葉集なんて、すてきね。本当に妹さんは、才能のある方だったのね」

「その才能を外で発揮する前に、命が尽きてしまったけどな」

「ほんとうに、惜しいわ。わたしもお会いしてみたかった」

「おまえとはかなり性格が違うぞ。妹が心を開いてくれるか」

「いいえ、絶対に仲良くできるわ」

 女性は言い切って、男性を見つめる。

「だって、貴方とだって仲良くできたのだもの。貴方の妹だって、きっと仲良くできるわ。今だって、仏壇の前でよくお話ししているわ。きっと会えたら、すてきな日々を過ごせるとおもうの」

「妹のところに行く前に、たくさん土産話を用意しなくちゃならないな」

「ええ、だから長生きするわよ。わたしたち」

「そうだな」


 二人の男女は連れ立って、東屋を去って行く。

 人間たちの人生に、幸あらんことを。

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