七 すずしろ × 小学校の先生

春・すずしろ待つ春

 サクッ、サクッ。スコップが土に入る音がする。

 じぶんの身の回りを覆っていた土が離れていくので、スズシロの身体に風が直接吹き付ける。

 しかし、スズシロたちが暮らすうねの周りを、大勢の子どもたちが取り囲んでいるため、覚悟していたほど寒くはない。


 子どもたちの間を歩く、大きな女性が声を上げる。

「じゃあみんな、準備はいいかな。土遊びをしている人も、いったんスコップを置いてください」

 おしゃべりを楽しんでいた子どもたちは少しずつ話すのを止めて、女性を見上げる。

「これから、みんなが育てていたダイコンを収穫します。班ごとに、一本のダイコンの前に集まってください。みんな、収穫するダイコンはあるかな?自分が取る大根を指さしてください!わからないひとは、手をあげて。……わからないひとは、卯沢うざわ先生が教えてくれます」

 何人か、手をあげている子どもがいる。女性よりもさらに背が高い男性が、子どもたちのもとへと向かう。

「ここに一本、余ってるから、まだ自分が取る大根が見つかっていない班はこっちに来てください」


 女性も少し場所を移し、子どもに囲まれていないスズシロの前で手を上げる。3人で組まれた班の子どもたちが、そちらに向かって歩みを進める。

「はい、移動する人がいるから、みんな立って道を開けてあげてね。……これでみんな揃ったかな。まだ自分のダイコンが無い人!」

「「ありまーす」」

 何人かから返答の声が上がる。どこからも手が挙がらないことを確認して、女性はまた声をあげる。

「では、これから収穫をします。班ごとに、みんなで茎をもって引っ張ってください。抜けない時は、ダイコンの周りの土をスコップで柔らかくすると抜けやすいよ。逆に、スコップで土を叩いてしまうと地面が固くなって、抜けにくくなるから注意してください。さっきスコップで遊んでいた人は、周りの土が固まってないか確認してからやりましょう。

 ダイコンが抜けたら、班の名前を書いたネームプレートを、茎の根元につけてください。葉っぱの緑の部分と、土の中にある白い部分の境目に結び付けるようにつけてください……あと、卯沢先生何かありますか」

 話を振られた男性……卯沢先生は、女性に向かって頷いてから大きく手を振る。


「はい、みんなちゅうもーく!ここで抜いたダイコンはリヤカーに積んで調理室に持っていくから、ネームプレートが取れると誰のかわからなくなるからな。茎がもげないくらいの強さで、しっかり縛っておいたほうがいい。ほかにわからないことがあったら、先生と酉井とりい先生がぐるぐる回っているから、声をかけてな。僕からは以上です!」

 卯沢先生が女性……酉井先生に向かって大きく手で丸印をつくる。酉井先生は小さく苦笑いをしてから、子どもたちに向き直る。

「では、先生たちからは以上です。みんな、収穫をはじめてください」


 子どもたちが一斉に動き出す。さっそく3人一組になって抜こうとする班、慎重にスコップで周りの土をどける班、抜く人とスコップを持つ人で役割分担をしている班などなど、やりかたは様々だ。あっさり抜いた班は、自分たちのクラスと班が書かれた紙製のタグをスズシロに巻きつける。卯沢先生が忠告したためか、かなりきつめに巻く子どもが多い。スズシロたちは茎がもげないか冷や冷やしながら、子どもたちにされるがままになっていた。中々抜けない班も、ふたりの大人の助けを借りて次々に抜いていく。


 抜かれ、タグを付けられたスズシロたちは、畑のすぐ脇に停められていたリヤカーに積みこまれてゆく。初めて接する仲間が次々に上に乗ってくる。

 ――じぶんは何の抵抗もなく、すっぽんと外に出たわ。ちょっとすっきりした――

 ――いいなぁ。じぶんは先が少し曲がってたから、抜けなくて結局先っぽまでシャベルで掘ってもらったよ。じわじわ空気に触れていく感じがじれったかったし、バランスを崩して倒れそうで怖かった――

 ――石だか岩だか、固いものが埋まっている所なかった? それを避けるために曲がったら、最後抜けなくなったんだよ。子どもがちょっと泣きそうになってて申し訳なかった――

 スズシロたちが抜き取られた際のエピソードを披露しあっている間に、子どもたちの収穫作業は終わったらしい。子どもたちははじめと同じように畝の間にしゃがみ、二人の大人を見上げる。酉井先生が子どもたちを見渡してから、話し始めた。


「みんな、収穫できたね。これから、先生たちが収穫したダイコンを調理室に運びます。二人で運ぶとバランスを崩すかもしれないから、何人かに手伝ってほしいのだけど、手伝ってくれる人!」

「ちなみに、手伝わない人はここで畑の土ならしと片付けな」

 卯沢先生がそう付け足した瞬間、何人かがハイハイと勢いよく手を上げる。酉井先生は卯沢先生と子どもたちを交互に見ながら、苦笑いだ。


「うーん。そしたら、前の2班にお願いしようかな。ここと、ここね。ほかの子たちは卯沢先生が言った通り、畑の土を平らに戻してください。畑からグラウンドにこぼれてる土もなるべく戻してね。それが終わったらシャベルを片付けて、手を洗って教室に戻ってください。もうお昼休みになると思うから、チャイムが鳴ったら先生たちが戻っていなくてもお弁当を食べ始めてください」

「午後は大根の調理タイムだからな。1組は昼休みの後すぐ、2組は1組と入れ替わりになる。特に1組の人は早くやらないと2組の帰りが遅くなるから、さくさく動いてな。ここまでわかったか?」

「「はーい」」

「じゃあ、質問が無ければ、行動開始!」

 卯沢先生の言葉で、子どもたちがいっせいに動き出した。


                ・・・


「一応、手順を確認しておきますか」

 調理室の横にリヤカーを停めた卯沢先生が、酉井先生に話しかける。酉井先生は頷いた。


「そうですね。まず、各班にテーブルについてもらい、ダイコンを配ります。先に調理する1組のぶんは、予め調理台に並べておきます。葉っぱは切り落として洗い、細かく刻んでタッパに入れる。身の部分は好きな形に切り、班の名前を書いたザルに入れて教室のベランダに干す」

「身を切るときは、薄い方がいいんですよね」

「ええ。厚いと水分が飛びませんから。包丁の扱いに慣れていない子は手を切らないように、注意しましょう。最初に包丁の使い方をしっかり説明しないといけません」

「はい。補助の先生方にもしっかり見ていただくようにします」

 卯沢先生は神妙な顔で頷いてから、突然表情を崩す。


「いやー、それにしても小学校で切り干し大根作るなんて、面白いですね。僕が前いた学校では無かったですよ」

「私も、この学校に赴任してきて初めて体験しました。もっとも、始まったのはここ2~3年ですけどね。冬休み明けに、子どもたちが学校に来るのが楽しみになるようにって、校長先生が発案されたようです」

「ああ、確かに冬休みは家で楽しむイベントごとが多いから、学校が始まるのを憂鬱に感じる子が多いですよね。寒いと気分も塞ぎがちになりますし。休み前にダイコンを収穫して、干す。休み明けには干した切り干し大根が食べられるようになる。家に持ち帰れば会話のネタにもなるし、正月にぜいたく品ばっかり食べた食卓を健康的にするきっかけにもなる」

「それに、ダイコンは春の七草でもあります。これを機に、日本の食文化も考えてもらえたらいい、ということが企画書に書いてありましたよ」

「そうですよねぇ。包丁使わせるのが怖いこと以外は、なかなかいい企画だと思いますよ、これ」

 卯沢先生の言葉に、酉井先生も少し表情を崩して、頷く。


「ええ。私もこの企画は良いと思っています。ですから、来年以降もこの企画ができるように、今日けが人を出さないように努めることです」

「そう、ですね。緊張するなぁ」

 二人の先生は気を引き締めながらも笑顔で、スズシロ調理の準備に取り掛かるのだった。

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